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その元・男、現・貴族令嬢にて  作者: 伊賀月陰
第二章:夢見がちな来訪者
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第55話:新たな戦い





「………通商の開始は延期となった」


 式典会場、王国側の来賓用天幕。

 そこでは王国の重鎮達が厳しい顔を突き合わせていた。


「延期すればそれこそ奴らの思う壺ではありませんか。会場近くにいた実行犯は全員取り押さえたのでしょう?」


「それで関係者が全員ならいいが、そうとは思えぬ」


 内務卿の訴えをオーランド公が一蹴する。


「曲りなりにも両国の要人が揃っていて、この付近にも当然軍の者を配置してある。それをすり抜けての凶行だ」


「……内通者がいる、ということですね」


 リリアンヌもその意見に同意する。


「それも、王国側にだ。根が深いぞこれは」


 オーランド公は嫌そうに呟くが、リリアンヌはそれどころではないと確信を持って考える。

 それはリリアンヌの前世がテロリストの跋扈する現代である故の思考だ。


 事件の手引をした者がいるのであれば、その者を捕まえて処罰すればいい。しかしこの事件はそれでは終わるまい。

 なにせ、発端は元敵国との貿易への反発だ。潜在的な不満は考えたくもないほど根深い。

 かく言うリリアンヌも帝国との戦争で両親を殺されており、何も思わぬわけではない。未だに憎悪が燻っているのは自覚している。


 否定は容易である。『復讐は何も生まない』『殺したのは兵士であって民じゃない』と理屈は幾らでも付けられる。

 だがそれで止まれないからこそ彼らは声を挙げたのだ。

 我々は許さない、と。


「王国側にも帝国側にも、協力者がおりましょう。それが一通りの解決を見せるまで交易は出来ぬかと。

 ……今回は我々を標的としましたが、手段を選ばぬ奴らが商人を襲わぬとも限りません」


「再び両国の睨み合いに持っていくのが彼らの目的だろう。商隊に襲い掛かるくらいはするであろうな」


「ぐぬう……たしかに、それは……」


「決まりだな。……私は王都に向かい、直接陛下に報告を行う。すぐに動き出せるよう兵の準備と、身辺の安全確保に努めて欲しい」


 オーランド公は厳しい顔で立ち上がり……ふと思い出したように。


「ル・ブルトン男爵、今回はお手柄だった」


「恐縮です。……敵も大変に周到でしたので、間に合ったのは単なる幸運です」


「助かったのは事実だとも。これで我らか彼らの一人でも欠けていたら、強硬路線も視野に入っていた」


 強硬路線とはつまり。


「帝国の占領ですか」


「出来る限りやりたくないことだがな。一部ならともかく帝国全土を制圧、統治は考えるだけでぞっとする」


 まあ最後の手段だが、と苦笑して。


「この件は陛下にも報告しておこう。吉報を待っていてくれ」


 そう言い残して、オーランド公は天幕より出ていった。

 間もなくして馬の嘶き。少数の護衛だけを率いて急行するのだろう。

 それを聞いて、他の者もぱらぱらと去っていく。

 それらを見送りながら、リリアンヌは心中で嘆息する。


 目下の問題は、オーランド公が言外に示した一つの疑念。

 則ち―――身内に内通者がいる可能性である。


 式典に集まった者は、役割の違いこそあれど国内に一定の地位を持つ要人達だ。一人で何百、何千の人を動かせる者ばかりである。

 リリアンヌもそこまでは出来ずとも十人二十人を雇って働かせるくらいは容易だ。

 それは、その身内でも同じこと。

 例えばオーランド公の末子であるレオナルドでも、立場と銭を使って人を雇ったり袖の下を忍ばせたりは出来るのだ。

 やるやらぬは別にして、出来るのである。オーランド公に伺いを立てなくともだ。

 家族を疑えなどと……あのオーランド公は言いたくなかろう。


「さて、どうしたものか……」


 今回の事件が恐らく最大級の仕込みだろう。

 こういったテロ攻撃は目立ったら即座に対応されるものだ。これだけ要人が集まり、かつ警備に隙がある催事はそうそうない。バレた


今なら尚更厳しい。

 ならば次はもっと小さな目標を狙うのではないだろうか?


 例えば商人。例えば市民。例えば―――貴族個人。


 そして最も狙われそうなのは誰か。

 一人の命で大きく政治が変わりそうなのは幾らでもいるが、そういう場所は警備が厳しい。暗殺は難しい。

 かといって無意味に殺しても反発を招くだけである。

 しかしてテロ攻撃というのは報復もよくある。逆らったらこうなるぞ、という見せしめだ。これは政治的立場よりも実際何をしたかが


大きい。

 彼らが標的にしそう、あるいは彼らが恨んでいそうな個人と言えば―――


「……………………私では?」


 最悪の発想に至ったリリアンヌは、呆然と漏らした。






 これはどうしたものか、と悩みつつ天幕を出ると、王国の紋章を着けた騎士が話し掛けてきた。


「―――失礼。ル・ブルトン男爵でよろしいか」


「? はい、私がリリアンヌ・ル・ブルトンですが」


 騎士は兜を外し、軽く頭を垂れる。


「伝言を預かっております。お伝えに参りました」


「はて心当たりはありませんが……どなたから?」


「トワ・カメルからで御座います」


 その名前に僅かに驚く。 

 トワと言えば、先程騎士団に連行された実行犯の一人ではないか。


「良いのですか。貴方には立場というものが……」


「処罰を受ける覚悟は出来ております。ですが、伝えねばと思い参じました」


 お伝え致します、と一言置いて。


「『ありがとう』。そしてこれは伝えよと頼まれておりませんが『一度お茶がしたかった』と」


「……………」


「確かに、お伝え致しました」


「……御苦労様でした。確かに、受け取りました」


 リリアンヌがそう返すと、騎士は静かに去っていった。

 ゆるりと空を見上げて物想う。

 トワ・カメルはきっと、父を恨んではいないのだ。

 誰に対して恨み言を言うでもなく、ただ止めてくれたリリアンヌに礼を言うだけ。

 なんとも悲しい話ではなかろうか。


「―――ええ、一度お茶をしましょうね」


 小さく呟いて、リリアンヌは帰路を急いだ。






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