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その元・男、現・貴族令嬢にて  作者: 伊賀月陰
第二章:夢見がちな来訪者
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第54話:尽きぬは人の心なれば





「伏せろッ!」


 叫びながら、リリアンヌは最大出力で魔力を練り上げる。


 ゴート・カメルが手を挙げた時、この会場内に強い魔力を感じた。

 参列者席に一つか二つ。そしてこの会場を囲むように複数。

 彼らが何をするのかはマナの動きで即座に理解できた。それはリリアンヌがよく使う系統の魔法であったからだ。

 その防ぎ方も分かっているが。



 ―――間に合うか!?



 一瞬で出せるだけの魔力を絞り出し、その全てを風のマナの操作に突っ込む。


「『風よ、来い』!」


 こちらの魔法より早く、会場に緩く風が巻き始める。

 僅かに感じる呼吸の不快感。魔法か持ち込んだかは分からないが、可燃性のガスを流しているのだ。

 拡散しないよう会場に渦巻かせ、そこに周囲から火の魔法を叩き込めば……


「間に合ええええええ―――ッ!」


 リリアンヌの魔力により、莫大な大気が空から降ってくる。

 大気を動かせば、元あった大気は外へと押し出される。炎は燃えやすい方へと流れていくものだ。可燃性ガスさえ除けてしまえば会場


の中心部に被害は及ばない。

 しかしそれが間に合うかどうかは賭けであり、リリアンヌにそれ以外の対処法は思いつかず。


「………………っはぁ………はぁ………」


 間に合ったのは、まさに奇跡と言えるだろう。


「なん……とか……なった……?」


 強烈な身体の違和感に、思わず膝をつく。

 急速な魔力捻出の反動だ。窒息のような、身体に何かが足りないような嫌な感覚がある。

 しかしこれだけは言わねばならぬ、と声を挙げた。


「っ、周りにゴートの手勢が居る! この中にもだ!」


「な、なんだと!?」


「とりあえずゴートだ! あいつを捕まえろ!」


 各人の連れてきていた護衛や軍関係者が下手人の捕縛に走り出す。

 ゴート・カメルは逃げようと走り出したが、逃げ切れず抑え込まれた。頭だけを上げて憎々しげな表情でリリアンヌを睨みつける。


「おのれ、貴様……!」


「大人しくしろッ!」


「カメルの奴らを捕まえろ! それ以外の者も動くな!」


 流石に要人警護、動き出せば迅速だ。リリアンヌは安堵の溜め息を吐いた。

 魔力も身体に回り始め、なんとか立ち上がる。

 この中に加担者が何人いるかは分からないが、ひとまずゴートと、もう一人は明白だ。会場内で魔力を昂らせたのを感知した。


「話を聞かせてもらいましょうか。―――トワ・カメルさん」








 軽傷三名、体調不良十五名。


 今回の事件の被害者がこれだけで済んだのは、偏にリリアンヌの功績と言えよう。

 警護の人員も魔力が感知された時点で行動開始していたが、魔法発動には僅かに間に合わなかった。

 それだけ計画が周到だったと言えよう。

 風と火の複合魔法を常用しているからいち早く気付き、単身で多量の魔力を扱えるからこそ防げた。

 それでも間一髪であり、魔法の発動そのものを防げたわけではないので外縁部に被害が出ている。


「この一件はゴート・カメル氏が首謀者ですね」


 縛られたトワ・カメルは、尋問担当の騎士の問い掛けに首肯を返した。


「少なくとも僕と……あと数人は父上から指示を受けてる。僕は風を用意する担当で、それ以外のことは何も聞かされてない」


「目的も?」


「……聞いてないよ。でも恨み言はよく言ってた」



 もう終わりと察してか、騎士の質問に対してトワはすらすらと答える。


「恨み言? 誰に、どんな内容で?」


「『こんな終わり方でいいわけがあるか』『敵の麦を食えと言うのか』…………いつもそう言ってた」


 その言葉を聞いて、その場にいた皆が黙り込んだ。


 否定は容易だ。

 ゴートの言い分は単なる感情論。勇者を失った帝国が戦っても勝てないことは王国・帝国双方の共通認識であった。

 通商を持ちかけたのは勝者側の王国であり、帝国はそれを跳ね除けられる立場でなかったことは事実である。

 それが両者にとって益のあることなのは、ゴートも理解していただろう。


 それでも割り切れないからこその感情であることも……誰もが理解出来ることだ。


 理解は出来るが許されぬ。そう呑み込んで、騎士は言葉を続けた。


「……分かった。他に知っていることはあるか」


「何も……ああ、そうだ。一つだけ言いたいことが」


 頭を振ったトワだったが、ふと視線を上げた。


「僕の魔法を凄い魔力で掻き消した人がいたろう。彼女に伝えて欲しい」


「内容次第だ」


「『ありがとう』と」


 数秒の沈黙の後、騎士は剣の柄に手を置いて応えた。


「私の権限で必ず伝えよう。我が誇りにかけて」


「感謝する。……ああ、お茶したかったなあ。でもやっぱ拒否されるかなあ」


 トワ・カメルは僅かに後悔を覗かせて、そう呟いた。




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