第53話:幕開け
この大陸には、ウェストシクル帝国とイーストエッジ王国という二つの国しかない。
当然その二国の間には長い国境線がある。
では何故帝国がル・ブルトン領を経由しての侵攻ルートを主とし、王国側もそれを考慮していたかと言えば……そこ以外はろくに人が通れないのだ。
ルプス山脈は、この大陸を中央で二分する大山脈である。
その大半が壁の如き断崖絶壁。登るとなれば専用の装備を用意してチームで挑むしかなく、それでも数多の行方不明者を生み出してきたまさに難攻不落の天然要塞である。
唯一中央部に谷間があり、ここならば歩いてでも反対側へ行ける。ここだけが纏まった数の兵を送り込める要地なのである。
その中間地点。帝国と王国、国境のド真ん中で、二国共同で式典が執り行われる。これは歴史に残る出来事である。
歴史に残る、出来事であるのだが……
―――退屈。
リリアンヌは退屈していた。今座っているのは式典の壇上を挟んで東側。王国側の来賓席である。
壇上では両国の代表者が、この日が如何に大事で喜ばしいかを滔々と語っている。
先の戦争は悲しいものであったが此度の為ならば、などと美辞麗句を並べて。
それ自体は別に構わないし、それ以外に言いようがないのも理解している。
リリアンヌは要人であるが爵位は低いため、軽くコメントをしただけで長いスピーチなどは求められていない。
だからおっさん爺さん揃いの来賓席の中で紅一点の飾り花となって座っている。
式典における役割はそれだけである。暇を持て余して、しかし離席は出来ず、寛いだ様子を見せるなど論外。静かに、にこやかに座っているだけ。
リリアンヌの目的は式典前の王国要人との会話、そして式典後に帝国の人間とも話すことだ。
別に式典の内容がどうであろうと知ったことではない。
早く終われ、と念じながら、暇潰しに参列者席を眺めるだけだ。
見慣れた王国貴族や軍人もいれば、顔つきからして少々見慣れぬ、恐らく帝国側と思しき貴人もいる。
こうして見ると僅かに体格も違うのだなあ、となんとなく新鮮だ。帝国の人間は比較的小柄に思える。
ふとその中に見覚えのある顔があった。
整った優男風、この中にあって一際高級そうな正装。先程ナンパされたトワ・カメルだ。
今の今まで気付かなかったのは、意識をこちらに向けていないからであろう。視線はじっと壇上に向いており、先程の軽い雰囲気は鳴りを潜めている。
ああやって凛々しい顔をしていれば、なるほどモテそうにも思える。勿体無いな、とリリアンヌはぼんやりと考えながら。
「―――次は、ゴート・カメル様よりお言葉を頂きます」
「………ん?」
司会進行の台詞が耳に引っかかる。
視線を向ければ、名前を呼ばれて来賓席から壇上へと上がるのは、巌のような中年の男であった。
揺るぎない足取りと堂々とした姿勢が印象的だ。上に立つ者としての自覚と実績があるのだろう。
しかしリリアンヌの耳に引っ掛かったのは名前の方だ。
ゴート・カメル。先程のナンパ男のトワ・カメルと同じ家名。要人の間で派手に苗字が被ってない限り、彼の親族であろう。
そちらの方に視線を向けてみれば。
「おや?」
トワ・カメルは硬い表情で壇上を見上げていた。家族へ向ける目ではない。まるで教師か上官でも見るような目つきだ。厳しい家柄なのであろうか。
トワに意識を向けている間に、ゴートのスピーチが始まった。
「………我らウェストシクルと、彼らイーストエッジは、長い長い対立の中で生きてきた」
低い、しかしよく通る声。思わず背筋が伸びる、民衆の前で話し慣れた者の声だ。
「帝国は農地を求め、王国は鉱石を求め、幾度となく争った。その歴史は此処に居る方々ならば誰もが知っていると思う。私の一族もそれに大きく関わってきた」
武門か、政治か。どちらにせよ長く帝政に関わってきた自負があるのだろう。
「そして今回、ついに我々は手を結ぶこととなった。王国は麦を出し、帝国は石を出し、人と物が自由に行き来する……そんな平和な関係が始まる」
そこでゴートは口を止めた。
溜めるように、周囲を見回して。観衆が自分の言葉を呑み込んだことを確認して。
口を開く。
「受け入れ難いことだ」
拒絶。
この場において出る筈のないその言葉が人々に理解されるより早く、ゴートはすっと手を挙げる。
瞬間、リリアンヌは椅子を蹴飛ばして叫んだ。
「伏せろッ!」
会場の皆が驚いてリリアンヌの方を向き――――
直後、式典会場が爆炎に包まれた。




