第52話:決行当日
異世界転移/転生ジャンルのファンタジー部門にて、日間ランキング57位にランクインしました。わぁい。
皆様の応援のお陰です。今後ともよろしくお願い致します。
そんなこんなで、準備は順調に進み。
テルン商会を始めとする各商会も参入して活気づいた領内を全力で駆け回り。
仕事を求めてきた他領からの移住者を受け入れて、新たな畑を開墾したり村を作ったりしつつ。
ついに式典当日を迎えたのだった。
「動きにくい……」
貴族女性にあるまじき言葉を呟きつつ、着飾ったリリアンヌは空を見上げる。
雲ひとつない快晴。風も穏やか。
数日前より雨は降っておらず、地面も堅く乾いている。
絶好の催事日和だ。
しかしてリリアンヌの心は曇り模様である。
リリアンヌは、率直に言えば式典や宴席が苦手だ。
礼儀作法や相手の立場を考えた物言いは身に染み付いており、今更不格好を見せることはない。それでも堅い場というものが苦手なのは、やはり根が小市民だからなのだろうか。
前世の人生と今世の半生は、最早さほど年数の違いはない。
ともすれば人格も大きく変わりそうであり、実際それなりに変化はしているのだろうが……根っこにあるものは前世と同じなのが自分でも不思議だ。
人格形成が一度為されれば、人生をやり直してもそう変わらないということなのだろうか。
……考えたところで、記憶を持ち越しての転生などそうそう無さそうである。意味はない。
そんな益体もないことをぼんやりと考えていると、ふと視線を感じた。
気配を探ってみると、隠れているつもりはないのか堂々とこちらを見ている。
しかし一つや二つではない。というかこれは全周から見られているのでは?
ゆるりと周りを見回してみる。
「む……?」
気付かれたことを悟ったか、こちらを見ていた幾つもの視線の主は一斉に顔を逸らした。しかし素人だ。誤魔化せていない。
はて刺客かスパイか。それにしては不慣れな。
気付かれたからと逃げる様子もないし、武器を持っている様子もない。
とはいえそれはこちらも同じ。ドレスに剣を提げるわけにもいかず、二本の愛剣は屋敷に置いてきている。
動きにくい服装での格闘戦は避けたいなあ、このドレス高いんだよなあ、と考えつつ軽く魔力を励起して―――
「こんにちは、お嬢さん。お一人かな?」
「はい?」
視線の主の一人が堂々と進み出て、一声かけてきた。
長身痩躯の優男風。しかし華奢なレオナルドと違い引き締まった細さだ。肉が付いてないというより余分な筋肉が無いのだろう。
人好きのする笑顔を浮かべた顔はなかなか整っている。
オーランド公のパーティで、こういう顔をした子息がお嬢様達にきゃあきゃあ言われていたのを思い出す。
身体に合わせて仕立てられたであろう正装は、リリアンヌの素人目に見ても結構な高級感だ。これより高そうな服は、それこそ国王陛下やオーランド公のものくらいしか見たことがない。
一目で高い家柄と分かる優男は、にこやかに話し掛けてくる。
「物憂げな顔があまりに美しくて、思わず声をかけてしまったよ」
「はあ」
歯が浮きそうな台詞をするりと言い放つ様はまさにナンパ男だ。巷の女子はこういう物言いにくらりと来るのだろうか。
しかし装いを見るに、恐らくは式典の参加者であろう。ひとまずはこちらもにこやかに対応する。
「こんにちは。良い日和ですね。……どこか名のある家の方でいらっしゃるようですが、お会いしたことがありましたかしら?」
「ああ、これは失礼。僕はトワ。トワ・カメルと言う。お初にお目にかかる、マドモアゼル」
カメル家。聞き覚えのない家名だ。
リリアンヌは国内の主要な貴族は一通り覚えているし、パーティで面識のある王国西部の貴人は特にそうだ。しかしカメル家という家も、トワという名前も聞き覚えがない。
しかし彼が名乗ったのだから、こちらもまずは名乗らねばならない。
「お初にお目に掛かります。私はリリアンヌ。リリアンヌ・ル・ブルトンと申します」
「リリアンヌ。可愛らしい名だ……」
「は、はあ……?」
一層距離を詰めてきたのでこちらも下がる。
ル・ブルトン家の名に反応しないのが不思議だ。男爵位ではあるがそれなりに有名であるはずなのだが。
特に、先の戦争では戦場となったために余計に名が売れている。
しかし今はそんなことより。
「式典が始まるまでまだ少し時間がある。宜しければ暇潰しにお茶でも如何かな。良い茶葉があるんだ」
「いえ、その……私はこれから……」
「遠慮することはない。僕も一人でお茶を啜るのは寂しいと思っていてね。君みたいな女の子と話せたらとても嬉しい」
ぐいぐい来る優男から後退る。
なんだこの男。こんな場所でお茶の誘いなどされても行けるわけあるまいに。
助けを求めて周囲を伺えば、皆は遠巻きにこちらを観察している。誰か助けてくれ、という視線を送ると目を逸らされた。おのれ。
こちらが押しに弱いと感じてか、更に一歩押し込んで。
「さあ、こっちだよ」
ぐっ、と手首を掴まれた。
知らない相手に触れられる不快感。思わず手首を回して逆に相手の手首を掴み、そのまま捻り上げる。
「こ、困ります。そんな強引な!」
「いだだだだっ! い、痛い! 何!?」
何が起こったのかと目を白黒させながら、腕に走る激痛に悶絶するトワ。
「あっ、すみません。怖かったのでつい……」
「こっちが怖いよ! いいから離して!」
いきなり離すと筋と傷めやすいので、正しい方向にゆるりと戻してから手を離す。
幸いにも目立った手応えはない。今は少し痛むだろうが、怪我にはなってないはずだ。
流石にやり過ぎたかな、と先んじて頭を下げる。
「失礼、いきなり掴まれたのでびっくりしてしまいまして」
「びっくりしたのはこちらの方だ! ……くそっ、もういい。可愛いから助けてやろうと思ったがもう知らん!」
憤慨した様子で吐き捨てて、トワ・カメルは去っていった。
残されたのは絡まれた側のリリアンヌと、野次馬の人々。
「何だったんだ……あ、皆様、お騒がせ致しました」
どちらかと言えば被害者であるが、リリアンヌが代わって頭を下げる。それを見て野次馬も散り始めた。
結局、彼は単なるナンパ男だったのだろうか。こちらが不慣れと見て、案内しつつ関係を結ぼうという下心か。
自分本位だが善意も混じっていたように思える。
もう少し、上手くあしらえればよかったのだがなあ、と僅かに後悔するのであった。
「くそっ、あの女……この僕に恥を……」
式典会場の西側天幕で、トワ・カメルはぷりぷり怒っていた。
中々着いてこないのは別に構わない。渋る女性を口説き落とすのがナンパの醍醐味というもの。彼女はまさしく高嶺の花である。
しかしまさか腕を捻り上げられるとは思ってもみなかった。一瞬で極められたあたり護身術でも学んでいるのだろうか。
人前で女に痛めつけられるなど、恥ずかしくてかなわない。
「あんなやつ、巻き込まれてしまえば―――」
「トワ。何処に行っていた?」
愚痴愚痴と呟いていたトワの背筋が、その一言でしゃんと伸びた。
堅い動きで振り返る。
「会場の下見です、父上」
「ふむ。言い訳でもそう言えるなら大丈夫だな」
欠片も信じてない口調でじろりとトワを見るのは、トワの実父にしてカメル家の当主であるゴート・カメルだ。
巌のような顔付きに、氷の如き冷たい視線。それで見られる度、トワは背中に氷柱を突っ込まれたような気分になる。
「分かっているな、トワ。お前の仕事は―――」
「ええ。合図を待って――――――です」
事前の打ち合わせ通りの内容を口にする。
それに間違いがないことに、ゴートは大きく頷いた。
「ぬかるなよ。今日この日の為に準備をしてきたのだ」
「はい、解っております」
極力無表情を作り、トワは言う。
「全ては―――帝国の誇りのために」




