第51話:寝耳に水
「記念式典?」
「ああ、両国の要人を招いてな」
執務室に呼び出されたリリアンヌは、ガリガリと書類を片付け続けるレオナルドからそんな台詞を聞かされた。
ちなみに本来の執務室の主はリリアンヌのはずである。このところはレオナルドが籠もりきりとなっているが。
ともあれ、式典の話など初耳だ。
「そのような話は聞かされておりませんが」
「いや、当然やるからだろうそれは。両国の歴史に残る記念すべき日になるんだぞ」
すっぱり言い切られてしまえばぐうの音も出ない。
なるほど確かにそれはそうだ。歴史上数百年、戦争と停戦を繰り返してきた二国の間で通商が始まるのである。行事の一つくらいやるだろう。
リリアンヌはどうしても、そういった形式的なモノに考えが及ばないのが弱点だ。
やるとなれば準備をしなければならないが……
「式典の設営及び進行に関しては、王都から人と予算を出すそうだ。こちらは場所さえ提供すればいい」
「つまり特にやることはないと?」
「そうなる。せいぜい開催地付近の領民に伝えておくくらいのことだ」
立て札でも用意するか、と軽い口調でレオナルドは言う。
宿泊地の確保などが必要ないあたり、少人数での形式的なものなのであろう。
レオナルドの言う通り、領民に触れ回っておけばそれで済む。
「開催場所は国境近くで?」
「ああ。緩衝地帯のド真ん中でやるらしい。本当に、形式的なものになるな」
「設営もやる、司会進行もあちら、宿営地は不要で護衛も当然連れてくるでしょうし……」
「こちらがやることは特に無い。だからリリアンヌも気付かなかったんだろうな」
何らかの準備が進行していれば、書類の確認をしているリリアンヌも流石に勘付いたろう。それが無かったから思い至らなかった。
なら気にすることもないか、と行事の存在だけを頭の片隅に置こうとして。
「国境に面しているル・ブルトン男爵にも出席の要請が来ているから、正装を用意しておいてくれ」
「…………は、私が?」
「他に誰がいる」
今度こそ寝耳に水である。
式典に出席。自分が?
「まさか、スピーチとか……」
「それは聞いていないが、まあ双方の要人と話す機会はあるだろう」
レオナルドは本格的に訝しげな顔をして。
「自覚が無いようだけど、リリアンヌはこの間の戦において最大級の武勲を挙げた英雄なんだぞ」
「お断りします」
「過去の自分に言ってくれ。
……その内実まで詳しく知っている者は少なかろうが、それでも大人物には間違いない。一度話してみたいという者は多いだろう」
良かったな、と欠片も祝福していない口調で言い放つ。
「お偉いさんとのコネを結ぶチャンスだぞ。頑張ってこい」
「何も嬉しくない……!」




