第50話:支店担当者、来る
PVが急激にゴリっと増えてビビりました。
サイトの名称は控えますが、取り上げて頂きました。ありがとうございます。
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皆様の御愛顧のお陰です。今後とも宜しくお願い致します。
「と、言うわけで……テルン商会ル・ブルトン領支店―――ああこれは仮名ですが。その支配人となるのがこちらの者です」
「はいっ、支配人になりましたティアーヌ・テルンですっ!」
数週間ぶりの元気な名乗りを受けたリリアンヌは、無言で執務机に突っ伏した。
帝国との通商開始が公示され、執務嫌いのリリアンヌもこの頃はデスクワーク漬け。
その最中に、テルン商会の支店責任者が挨拶に来るというので期待してみれば……これである。
「お久しぶりで御座います、男爵様ぁー!」
「帰って下さい駄犬」
「ああん冷たい」
今にも飛び付いてきそうなティアーヌを執務机越しに牽制しつつ、ジト目でもう一人の来客に問う。
「それで、貴方が実質的な責任者ということで宜しいですか?」
「主に実務統括をさせて頂きます、副支配人のボルドーです。お初にお目に掛かります、ル・ブルトン男爵」
「リリアンヌ、あるいは役職で構いませんよ。ボルドーさん。これからやり取りすることも多くなるでしょう」
「はいリリアンヌ様!」
「貴女には言ってませんポンコツ」
「お、落ち着いて……男爵との連携や対外折衝に関してはティアーヌ嬢に担当して頂く予定となっております。私は内務に集中せよと、商会長からの指示でして」
くらりと目眩がした。
今後ずっとコレとやり取りをするのか。大丈夫なのかテルン商会。
その危惧が表情に出ていたのか、副支配人も微苦笑をしつつ。
「ティアーヌ嬢は少々……奔放なところが御座いますが、大局観は優れていらっしゃいます。親しみやすい人柄と併せて、そこまでおかしな人事でもないかと」
あの鷹の目のことだからきちんと能力面も考えているだろうが、一番は実娘の実績作り、二番目にリリアンヌへの嫌がらせであろう。根拠はないがそう思う。
はあ、と深い溜め息を挟み。
「了解致しました。元よりそちらの人事に口を挟むつもりは御座いません。今の無礼については謝罪します」
「いえ、いえ。ティアーヌ嬢も砕けた対応に喜んでおいでです」
半ば以上に罵倒だったが、傷ついた様子もないあたりが謎だ。虐げられて喜ぶ趣味でないといいのだが。
「こちら、今回の支店設置に関する書類です」
「拝見します」
ボルドーから書類の束を渡される。
広げてざっと目を通してみれば、正式な申請書類が一揃い。そして支店の設置場所や各地に営業所を置く計画、現在予定している主要取引物品のリスト等が事細かに記載されている。
ひとまず必要な書類に不備がないことを確認して、それを抜き取り専用の保管棚へ。
そして一緒にされていた経営計画をきちんと読み込みつつ。
「良いのですか。ここまで詳細に記載されなくとも宜しいのですが?」
「男爵には詳細に伝えよ、という指示を受けております。
……またこれは私の判断ですが、知られて損のある相手ではないと感じました」
「買い被りですとも。単なる素人です」
本音混じりの謙遜を返す。
経営計画を読めるのは素直に有り難い。
商業の内実に関しては、興味はあれどなかなか良い資料が無かったのだ。
王国一の商会が作る経営計画書など、金貨を山と積み上げてでも読みたい者は多かろう。
当然売る気は無かろうし、リリアンヌも他へ漏らさないと誓う。
「これを読ませて頂けただけでも、テルンにお願いした甲斐があったというものです。
……しかし手元に置いておくのは少々怖い。そちらで預かっていては貰えませんか?」
「はは、男爵がおられる屋敷に強盗なぞ入りますまい。竜でも尻尾を巻くでしょう」
「本当にどんな噂が立ってるんですか私は……!?」
知りたいような、怖いような。
あと流石に竜が来たらこっちが逃げるしかない。全力で打ち込んでも浅く傷をつけるのがせいぜいである。
「ではこちらの資料室に収めましょう。いつでも読みに来て下さって構いませんので」
「ええ、そうして下さいませ。……それで、支店の設置場所に関してですが」
書類をぺらりぺらりと捲り。
「国境沿いの村、ではないのですか?」
地図に指定された場所は国境から少し距離がある。これでは些か不便ではないだろうか。
そう問うと、副支配人は予想していたのだろう。淀み無く応える。
「此度は男爵との連携を重視したいということで、この屋敷の近くに構えさせて頂きたく。
領内には小さな営業所を配置する予定となっております」
支店に関する計画の次に、営業所の配置についても書かれている。
なるほど、こちらには国境沿いから他領沿いまで、配置予定箇所がポイントされていた。
些か多い気もするがこれはあくまで予定地であり、この全てに配置するわけではないのだろう。
実際に商売が動いてみなければ分からない部分だ。
「支店の配置に関してはおよそ分かりました」
ここまでは単なる確認。問題はここからだ。
「それで、テルンの方はどの程度までここの流通を握りたいので?」
単刀直入に問う。
テルン商会を第一に置くということは、そこはテルンの縄張りになる。
縄張り争いが過激化しない限りそこに介入するつもりは無いが……テルンならばそんな心配もなく、牛耳ろうと思えば幾らでも牛耳れるだろう。
リリアンヌとしても適度に手綱を着けてくれた方が、いざという時に動きやすい。
その過程でテルン商会が少々私腹を肥やそうが、度が過ぎなければ見過ごすつもりですらいる。
しかし問いに対して、ボルドーは頭を振った。
「我々は独占するつもりはありません。むしろ積極的な他商会の参画を望みます」
「…………その心は?」
「真っ当な商売なら勝てた、などという負け惜しみを許すつもりはありませんので」
笑みさえ浮かべた返答にリリアンヌは喉を震わせた。
「―――っは、ははは! なるほどそれは確かに。
……そのつもりはありませんでしたが、愚弄したと思われたのなら失礼致しました」
「いえいえ。テルンも多少は暗闘もしますとも。ですが今回は真正面からやろうというのが会議の結果でして」
「正面からやり合うのは楽しいものですからな」
「ええ、全くで」
二人して犬歯を覗かせながらくつくつと笑う。
商売の世界はどうにも別世界に感じていたが、彼とは仲良くやれそうだ。
「それでしたら、保留していた他商会へは色良い返事を送るとしましょう。来ているところ全部に」
「それは面白くなりそうですなあ」
「ええ、全く楽しみで」
楽しそうでありながらどこか黒いオーラを発する二人に、ティアーヌはたじろいだように後退った。
「怖いですわ……この世界」




