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その元・男、現・貴族令嬢にて  作者: 伊賀月陰
第二章:夢見がちな来訪者
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第49話:新人領主、練達の商売人に挑む(後編)




 ―――どうとでも、と来たか。


「それは有り難いことです。今後のル・ブルトン男爵領は通商の要。そこに我らが商会が噛ませて頂けるならそれほど嬉しいことはない」


 喜んだリアクションをしつつ、内心混迷を深める。


 譲歩に次ぐ譲歩。この年若い領主は、現状こちらの得になることしか言っていない。

 ここをそちらの縄張りにしてくれていい。自由に商売をしてくれていい。

 なんと甘美なることか。都合が良すぎる。

 取引に来た筈が、このままではたらふく食わされてしまう。肥え太って手綱まで着けられてしまいそうだ。

 食ってたつもりが気づけば腹の中だった、など冗談にもならない。


「ですが頂いてばかりも申し訳ない」


 手持ちの札を脳裏に並べる。

 テルン商会は巨大組織。手札は無数にある。そこから、現状材料にならないものを弾いていく。

 金に困っていないか。人員は足りているか。物資はどうだ。今この場に無いものであっても十分に取引材料になる。

 商売の基本は相手の欲しいモノを読み取ることにある。




 リリアンヌ・ル・ブルトン。亡き父から男爵位を継いだ少女。


 幼き頃から比類無き属性適性・魔力量を示し、王国有数の剣士である元近衛騎士団副団長ジルベールの薫陶を受けた才女。魔法も剣もそこらの凡骨では相手にならない。

 大型の魔獣すら、彼女にとっては獲物に過ぎないという。

 知識欲も旺盛であり暇さえあれば読書に勤しんでいる。

 先日の戦争で両親を亡くしており、すぐに男爵位を継承した。

 帝国軍侵攻の要であり両親の仇でもある『帝国の勇者』に単身決闘を挑み、これを討伐。その実力は王国でも右に出る者は数えるほどであろう。

 王国西部の中心であるオーランド公爵の末子を婿に取り、オーランド公との関係は良好とのこと。

 竜種の爪や牙のような稀少素材を手に入れる謎のコネも持つ。




 ―――なんだこの怪物は。


 頭を抱えたくなる。天は二物も三物も与えるのか。

 それでも完璧ではないのが人間というもの。

 金銭的には不安がありそうだ。金銭・物資の支援は有効であろう。

 人材は……明らかに足りてなかろう。

 ル・ブルトン領は元々ほぼ農耕のみで成り立っていた。大規模な商業を統制するにはノウハウも人数も足りなさそうだ。

 あとは、コネ。

 彼女は大きなコネを持つが、領主になって日が浅い。領主として広い人間関係を構築するには時間が必要だ。恐らく足りていない。

 彼女自身の能力は傑物という他ないが、彼女の周囲は思ったよりも常識的だ。


 となれば、まず人材の斡旋。連絡役も置いて、テルンとル・ブルトン男爵の結びつきを強めて―――と考えて。


 一つ思い付いた。


 彼女に必要なものであり、また彼女への意趣返しにもなる……そんな面白いアイデアだ。



「―――書類の方をお持ち致しました」


「ありがとう、じいや。……さ、こちらに」


 インクと書類の用意が済み、慣れた手付きで両者がさらさらと署名を行う。これで印を捺して完了だ。

 握手を交わして書類の控えを仕舞い込み、ランドルフはにっこりと笑う。


「では後日、責任者を遣わしますので。詳しいお話はそちらから。此度のお礼も合わせてその時に」


「今後とも末永く宜しくお願いしたいものです。……そこまで仰るなら、有難く頂きましょう」


「それでは失礼致します」


 立場ある者同士、にこやかに別れる。




 ランドルフはその足で屋敷の一室へと。これまでティアーヌが寝泊まりしていた客室だ。


「ティア!」


「お、お父様……」


 開け放たれていた扉を潜り呼び掛ければ、ティアーヌは強張った表情で振り向いた。

 先程きつく叱ったせいか、また何か怒られるのではと恐れているのだろう。

 実際まだ説教したいことはあるが出先でやるようなことではない。


「荷物はもう作り終えたか?」


「え、ええ」


 周りでは商会の者が荷物を運び出している。大した量ではないのでもうすぐにでも終わりそうだ。

 会釈して横を通る部下に道を譲りながら、ランドルフはティアーヌの頭を軽く撫でる。

 触れた瞬間にまたびくりと身体を震わせたが、怒られるわけではないと分かったらすぐに弛緩した。

 いつもこうしてるから甘えた子供のままなのだろうか、と自問するも改める気にはならないのが親馬鹿という哀しき生き物である。


「出る前に、男爵に挨拶をしていきなさい」


「宜しいのですか?」


「世話になったのだから、礼はし過ぎるくらいでいいのだよ」


 此度の一件が大事にならなかったのは、ひとえにル・ブルトン男爵の気遣いあってのことだ。

 ランドルフもそれについては深く感謝している。

 恩には礼を返すのが当然の責務というものだ。


 そして、恐らくは特に深い理由もなくこちらの判断を乱したあの投げ遣りな放任への仕返しもさせてもらう。


「そこでだな、ティア。一つ聞くが……まだ男爵のところに居たいか?」


「はいっ!」


 即答。

 詩人の語る『救国の英雄』に憧れて飛び出した彼女だが、本物と出会っても幻滅したりはしていないらしい。


「しかし、今ここにお前が居座り続けてもただの居候だ。彼女にとっても迷惑となる。それは分かるね?」


「……………はい」


 一転して意気消沈。そこまで分かっているならいい。

 そこでだ、と指を一本立てて。


「お前に一つ仕事を頼もう。受けるならば彼女の近くにいられる。どうだ、やるか?」


「や、やります、なんでもやります!」


 何でもやる。素晴らしい安請け合いだ。


「それじゃあ仕事の準備に入ろう。一度、家に戻るぞ。なあに、簡単な仕事だとも」


「はいっ、頑張りますわお父様!」


「よおし良い子だ」


 そのまま、最後の荷物を抱えた部下を連れて部屋を後にする。

 ティアーヌは先程までの凹み様が嘘のように足取り軽やか。踊るように応接間へと走っていく娘を苦笑で見送る。


 あの立ち直りの早さは長所であろう。上に立つ者がいつまでもウジウジしていては部下に不安を与えてしまう。少々短慮なところはあるが、明るさは強さだ。


 その彼女の初仕事。きっちり頑張って貰うとしよう。

 頭の中で支店の人材をピックアップしながら、ランドルフも足を進めた。



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