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その元・男、現・貴族令嬢にて  作者: 伊賀月陰
第二章:夢見がちな来訪者
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第48話:新人領主、練達の商売人に挑む(前編)




「ル・ブルトン領にテルン商会の支店を置いて頂きたい」


 目の前のまだ年若い女男爵からその言葉を聞いた時、ランドルフは僅かな失望を得た。


 なるほど確かに、現在のル・ブルトン領には目ぼしい商会が無い。

 今後ここが通商の拠点になるにあたって、第一にテルン商会の支店を置くことで、この地の商売をコントロールしたいのだろう。

 多くの商会が鎬を削れば、必然的に非合法の手段を取る輩も増える。

 競争は繁栄を産む。

 しかしそれは管理された枠の中において健全な競争をする場合の話だ。

 ごろつきが増えれば真っ当な商売人は手を引く。対抗出来るのはそれこそ非合法手段にも通じた大商会くらいであろう。


 ル・ブルトン男爵はテルン商会と繋がりを維持したい。それは商会側としても予想していたこと。

 そしてテルン商会側としても、これから大きな商売の機会が来るル・ブルトン領に支店を置きたい。


 だからランドルフはこう応える。


「ええ、それでしたら喜んで。急ぎ支店の用意を致しましょう」


 ―――支店を出す準備などもうとっくに始めている。


 今日の来訪は愛する馬鹿娘を迎えに来ることと男爵への詫びが第一だが、第二に支店の認可を貰う為でもあった。

 一番に支店を出すことでこの地に大きな影響力を持てる。

 テルン商会ほどの規模であれば横取りされることもない。

 だから何らかの対価を差し出してでも約束を取り付けるつもりだったのだが。


 ―――わざわざあちらから差し出してくれるとは!


「いや、それは良かった。では書面の方をお持ち致します。……じいや、頼みます」


 リリアンヌはにやりと笑い、控えた老爺に言付ける。一礼して席を外す隻腕の老爺。

 それを横目にしつつ、ランドルフは笑顔の下に疑念を抱く。


 当初、彼女が未熟故に餌をみすみす差し出したのだと思った。

 元々欲しいものであったから、ランドルフはそれに食いついた。

 それに対してリリアンヌは笑った。

 安堵の笑顔ではない。釣り人が手応えを感じた時の、猟師が足跡を見つけた時の……かかったな、という顔だ。

 察した瞬間、約束を撤回するという考えが頭を過ぎる。しかし、それは出来ない。

 それはこちらも困るのだ。


 ―――彼女は何を企んでいる?


 警戒を強めつつ、ランドルフはにこやかに次の言葉を待った。






 ―――などと考えているのではないかな。


 目つきが鋭くなったランドルフを見やり、表面上は余裕の笑みを浮かべつつリリアンヌは内心嘆息する。

 リリアンヌは腹芸はさほど苦手ではない。

 手の内の読み合いは剣術にも通じるものだ。彼我の手札と状況を鑑みて相手の一手二手を探り合う。それ自体に苦手意識はない。

 しかし商売についての知識はさほど深くないのだ。

 貴族として最低限の通商知識はあるし、前世の記憶からある程度の構造も理解はできている。

 しかし個々の商取引となるとさっぱりな素人でしかない。

 だからこうして牽制したのも、勝ち目の薄い腹芸に挑んだのも、あくまで一つの目的の為。


(ナメられないようにする……!)


 十七年近いこの現世での生活で分かったことだが、貴族において重要なのは教養でも美貌でもない。


 力が強くて面子を保てることだ。


 力も言っても腕力ではなく、領内を統治するパワーと外敵を跳ね除ける軍事力。

 面子とはそのまま、威厳を保つ能力。

 つまるところ、領地領民を守れて他の貴族や要人からナメられなければ良い。

 多少放蕩しようと領地を管理出来ていれば何の問題もない。


 貴族というのは存外にヤクザな仕事なのだ。


 リリアンヌには、帝国の尖兵を追い返したという強力な実績がある。あとはメンツを作ればよい。

 テルン商会にナメられていないという事実が大切なのだ。

 実務はレオナルドの仕事なのでリリアンヌは方針を定めて堂々と立っていればいい。


「商会の支店は領内の何処に置いて下さっても構いません。そちらにも都合がありますでしょう。

 設営前、開店前に報告を送って、あとは真っ当な商売をしてきっちり税を納めてくれればどうとでも」


 せいぜい深読みしてくれればいい、テルン商会長よ。私はそんなに複雑なことを考えていないぞ。





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