第47話:商会長、鷹の目のランドルフ
回線トラブルで少々間が開きました。申し訳ありません。
今後も暫く投稿間隔が不定になると思われますがなるべく定期的な投稿を心掛けます。
農村の建物が一揃いし、宿場の建設もあとは内装のみとなった頃。
帝国との通商を開くことが決定したと、ル・ブルトン家にも連絡が届いた。
オーランド公からの報告ではない、王国からの正式な通達だ。
公示はもう少し後になるが、これを受けて王国全体が帝国との貿易を考慮に入れて動くこととなる。
ル・ブルトン領は最も影響が大きい為に、リリアンヌ・ル・ブルトンには先駆けて連絡をした―――ということにしてくれたらしい。
その心遣いに感謝しよう。
王国西部の領主達は降って湧いた帝国との貿易準備に奔走し、それを嗅ぎ取った商人達もまたビジネスチャンス到来に我先にと押し寄せた。
―――そう、通商の要となるル・ブルトン領に。
「―――というように、我々シャルティ商会は旅籠経営に高い実績が御座います。提携の暁には必ずや領内の発展を―――」
「街道整備は是非とも当プルトー商会にお話を頂きたく―――」
「すみませんこの契約取れないと潰れるんです本当なんですなんでもしますから―――チッ、空気読めよ田舎者が」
王国全土から商会の代表が押し寄せた。
一秒でも早く他商会に先駆けて認可を受けることで、この地での商売を有利に運ぼうという魂胆であろう。最後の失礼極まる相手は丁重に蹴り出したが。
どの商会もなかなか魅力的だ。宿の経営、街道整備、馬の貸出というインフラ関連から、麦を保管する袋や護衛の斡旋など、得意分野は多岐に渡る。
大商会は当然のこと、中小商会もこの機会に事業を拡大しようと必死だ。
しかし彼らには悪いのだが、最初に手を組む相手はもう決まっている。
「手紙、人伝でのやり取りは幾度か行いましたが直接会うのは初めてですな。
―――改めて御挨拶させて頂きたく。テルン商会の代表を務めております、ランドルフ・テルンと申します」
「此度の来訪、歓迎致します。ル・ブルトン家当主のリリアンヌです」
屋敷内、応接間で笑顔の握手を交わす二人。
穏やかな風貌の壮年、鋭く光る鷹の目。
彼こそが王国最大の商会、テルン商会を纏め上げる商会長のランドルフだ。
先日盗賊より救出したティアーヌ・テルンの実父でもある。
「まず、陳謝を。この度は私の娘が大変な御迷惑をお掛け致しました。
男爵様自ら剣を振るって救出されたと伺いました。
……急な来訪だけでなく危険にまで晒すなどと、どれほど謝っても許して貰えるとは思っておりませぬ。大変申し訳ない」
挨拶を終えて早々に、ランドルフが深々と頭を下げる。
自身の愛娘が他所の貴族に無礼を働いたのだから、父親として謝るのは当然のこと。
彼は真っ先に出してきた謝罪の手紙でそう書いていた。
加えて。
「……ティアーヌの我儘までも聞いて頂くなんて……」
そう。ティアーヌは未だにル・ブルトンの屋敷に滞在しているのである。
今この場には居ない。ランドルフは同席させると言うのだが、話が進まなくなりそうなのでリリアンヌはやんわりと追い出した。
ランドルフは応接間に入る前にティアーヌと面会し、強烈な拳骨を落としていた。
ティアーヌも流石に懲りたのか、今は大人しく与えられた部屋で待機している。
重ねた謝罪に、リリアンヌは苦笑で応える。
「元気な娘さんではありませんか。
この度の事件は、こちらの治安維持の不備でもあります。どうか頭を上げては貰えませんか」
責任の重さで言えば盗賊が第一、ティアーヌが第二だろうが、三番目くらいにはリリアンヌの仕事が来る。
街道を走っていて盗賊に狙われるなど治安の悪さを示しているようなものだ。
事態には即座に対処し、盗賊団も解散済みだ。これに関してリリアンヌを責める者はいないだろうが、ここまで謝られては何処かで手打ちにせざるを得ない。
「……男爵様の懐の深さに感謝致します。
お詫びと言っては何でありますが、僅かながらお礼の品を持って参りました。馬車に積んでおりますので後ほど降ろさせます。こちら、目録です」
頭を下げて目録を受け取り、さっと目を通す。
リリアンヌの笑顔が引き攣った。
「ちょおっと……これ、は……」
「不足でしたか?」
逆だ。多すぎる。
価値の安定している宝石が幾つか。まだこれは分かる。
ティアーヌの命が危なかったのだ。テルンの商会長として、また彼女の父親として、お礼に金品を持ってくるのはなんら不思議ではない。
だがそこに最高級の反物、一揃いの武具、保存の利く高級食材などドカドカと盛られてはさしものリリアンヌも怯えが来る。
比喩抜きで、この屋敷が買えるだけの価値がある。
「その……こんなに受け取るわけには……」
「娘の命を救って頂いたのです。このくらいは」
そう言われては無碍にするわけにもいかない。『貴方の娘の命はこの程度の価値ですよ』と受け取られかねない。
「…………有難く、頂きます」
控えているセバスに目録を渡し、こちらも用意しておいた袋を取り出す。
「此度はわざわざいらっしゃるということで、こちらなりに土産を御用意致しました。
頂いたものに比べれば粗末なものですが、お持ち帰り下さい」
しっかりと編んだ丈夫な袋が二つ。
片方はずしりと重く、もう片方は硬いものが入っているため二重に包んである。
「有難く、頂戴致します」
ランドルフは先に重い方の袋を覗き込む。
「ほう、これは……麦ですかな?」
「当領で採れた麦です」
ル・ブルトン領の名物といえばやはり麦だ。量は言うまでもなく、質も中々のものとリリアンヌは自負している。
土産に麦、というのは悩みどころだったのだが、今後の商売の参考にもなるだろうと包ませてもらった。
「そちらの麦はいつも買わせて頂いております。うちで食べるパンもそうなのですよ」
「おや、それは有り難い。今後とも宜しくお願い致します」
「いえいえ。美味しい麦でこちらも有り難いことです。……それで、こちらは何ですかな」
喜んだ顔でもう一つの袋を覗き込んだランドルフは……ぴしりと凍りついた。
「こ、これは……」
「竜種の牙と爪で御座います。恥ずかしながら粗忽者でして、このようなものしか用意出来ず……」
「これ一本でどれだけすると思っておられるのですか、こちらの御礼の品を買い取って余りある額ですよ!?」
そんなことを言われてもリリアンヌは竜種素材の市場価格を知らない。
気になって調べはしたのだが、そもそも流通が無くて確認が取れなかったのだ。
とりあえず五本ほど入れてみたが、そんなに高価なものだったとは。
「足りなかったら追加せねばと思っておりましたが、多いならそれで良いのです。どうぞお持ち下さい」
微笑んでそう促すと、諦めたような顔で袋を席の横に置く。
「……少し前、竜の牙が王都に持ち込まれたと噂が流れましたが……本当に貴女が?」
「王都の鍛冶屋に持ち込んだのなら恐らく私でしょう。……秘密裏の作戦である筈ですが、まあ目撃者はいますよね」
竜殺し、などという物騒極まる二つ名を付けられていたからもしやと思っていたが、本当に噂になっていたとは。
幸いにしてリリアンヌがシナイの竜と知り合いであることは広まっていないらしい。誰にも言っていないから当然だが。
「先の『帝国の勇者』討伐で必要になったため調達したものです。私が持っていても宝の持ち腐れですので、商会の方で有用にして頂ければと」
「……これのお返しはまた後日お届けしましょう」
「気にしなくても宜しいのに」
「持ち込んだお礼より高価なお返しをされてはこちらも面子が立ちません。……それともこれの代価に何かお求めになると?」
眉間を揉み解しつつ、ちらとこちらに視線を向ける。
にこやかな表情であるが視線は揺るぎない。
先程までの父親の顔ではない。王国随一の規模を誇る大商会の長たる者の瞳。
来たな、と僅かに高揚した気持ちでリリアンヌも腰をかけ直す。
「そうですね。代価というわけではありませんが、お願いしたいことならありました」
「ほう、何ですかな?」
ここからが本番。
笑顔を崩さぬよう気を付けつつ、リリアンヌは願いを言った。
「ル・ブルトン領にテルン商会の支店を置いて頂きたい」




