第46話:大商会のぽんこつ娘
投稿が遅くなりました。申し訳ありません。
「ただいま戻りました……」
大きな背嚢を背負ったリリアンヌは、疲れ切った表情で屋敷の正面扉を開けた。
ふう、と一息吐いて。
「男爵さまぁ、お帰りなさいませぇ~――――へぶらっ」
襲い掛かってきた長身の令嬢を躱して玄関を潜る。
気配を悟っていたのか、セバスが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。お食事の準備が出来ておりますが……後に致しますか?」
「ただいまです、じいや。……ええ、そうですね。先に身体を清めてきます」
腹は減っているが、それよりも泥に汚れた身体を洗いたい。
その前に、とセバスに中身の詰まった背嚢を預ける。
「これを倉庫に入れておいて下さい。盗人の心配はないと思いますが、奥の方へ」
「お預かりします。……ほう、これは……」
中身を確認したセバスが僅かに眼を見開く。
背嚢一杯に詰まっていたのは、長く鋭い動物の牙や爪だ。
非常に硬い上に軽く、衝撃に強い。獣の身体は日常の道具としてよく使われるが、その中でもこれは最高の品質であろう。
「ちょっと”知り合い”に貰ってきました。テルン商会への土産にします」
「これは、これは。テルンの者も喜ぶでしょう」
背嚢をしっかりと締めたセバスはその足で倉庫へ。
リリアンヌも風呂へと直行しようとして―――
「な、なんで無視するんですの……」
「貴女が此処にいるのがおかしいからですよ、ティアーヌ嬢」
死霊の如く足元にへばりついてきたティアーヌを鬱陶しげに見下ろす。
先日の誘拐騒ぎ以降、ずっとこの調子でリリアンヌに付き纏ってくるのだ。
最初の頃はテルン商会の要人ということで機嫌も取っていたが、単に懐いているだけと理解してからは雑に扱って飽きるのを待っている。
一向に諦める様子がないあたり、暴走癖は筋金入りのようだ。
思えばル・ブルトン領への来訪も独断であった。元々こういう性質なのだろう。
「誘拐事件も片付いて、盗賊―――元盗賊達は私の管轄下です。私との面会も終わったことですしさっさとお帰り下さいませ」
「ああんクールな対応ですわ男爵様ぁ」
ずっとこの調子だ。
縛り上げて王都まで運ぶべきか、と真剣に検討してしまう。
「私は忙しいのです。疲れているのです。貴女と遊んでいる暇はありません」
「そんなこと言わずにぃ~」
「ええい重い、離れなさいぃー」
腰にしがみつかれ、ずるずると引き摺りながら風呂場へと向かう。
「私はこれからお風呂で身体と心を癒すのです。貴女の相手をしている暇はないのですよ」
ずーるずーる。
「あの竜の牙を取ってきてお疲れなのですね、私がお背中流しますぅ~」
「結構、一人で入れま―――」
今、なんと言った?
「……あれが何故竜の牙だと?」
「違いました?」
「いえ……しかし一目で分かるものではないでしょう」
大型魔獣のものであれば似たような外見をしている。
サイズはともかく質感はさほど変わらない。
それを、わざわざ日頃縁のない竜種のものだと断定できたのは何故なのか。
「分かりますわ。竜種の素材は一通り見たことがありますもの」
さらりと言ってのけるが、素材の鑑定というのはそこまで簡単なものではない。
判定法の知識がある人間であっても、一般的な魔獣の素材と竜種の牙を見分けるには、実際に手に取って性質を確かめるのが普通だ。
それを単に見ただけで断定するというのは尋常な技能ではない。
「実家の隠し倉庫にありましたの」
「その機密は聞かなかったことにしましょう」
流石は王国一の大商会、なんでもある。胸の内に留めておこう。
思わぬ才覚を見せ付けた残念お嬢様を改めて見下ろして。
「あのですね。私が疲れているのは貴女のせいでもあるのです」
「何かしましたでしょうか?」
きょとんとしてるのは本気なのだろうか。本気で気付いてないのだろうか。
こうして纏わりつかれるだけでも気疲れするというのに、彼女はテルン商会の娘なのだ。
「あのですね」
腰にしがみつかれたまま説明する。
「貴女、無断で家を出てここまで来ましたよね」
「ええそうですわね」
「その後、あちらに連絡は取っておりませんね」
「そうですわねえ」
とぼけた表情に向かって、深く息を吸い。
「こちらに商会の捜索が来たので貴女がいると伝えたんですよ?」
「…………へ?」
意味が分からないという顔だ。
「何故もうここまで追手が?」
「何故と言われましても」
本当に分からないのだろうかこのポンコツ娘。
「貴女、どうやってここまで来ました?」
「どうと申されましても、普通に馬車で」
「何処を通って?」
「普通に街道を走ってですが」
意味がわからないという返答に、呆れた声で言い放つ。
「貴女専用の馬車が、正規ルートで堂々と走ってたら、目立つに決まってるでしょうが」
「…………ああっ!」
言われてやっと気付いたらしい。
「つまり先日の約束は無意味じゃありませんの!」
「それは覚えてたんですね」
テルン商会長に報告はしない、と確かに言った。
言ったが……天下のテルン商会がこんな堂々とした遠出を捕捉できないわけもなく。
昨日、街道を歩いていたリリアンヌに声をかけてきた商会の者に事情は伝えた。
彼らはティアーヌの無事に安堵し、リリアンヌが保護していることを確認するとすぐさま蜻蛉返り。
あの速さならもう商会長の耳に入っているかもしれない。
「これに懲りて、今後は勝手な遠出はやめることです」
消沈するティアーヌに言い捨てて、リリアンヌは風呂場へと踏み込む。
いつものように魔法で風呂の準備を済ませ、脱衣所で汚れた服を籠に放り込み、温かな湯で身体を流して………
「って、何故貴女も脱いでるんですか」
「うう……実家に連れ戻される前に、せめてお背中だけでも」
「意味が分かりません。―――ちょっと、そんな強引な―――ああっ」
この後しばらく全身を丁寧に洗われたリリアンヌは火照った顔で風呂場を後にした。
ティアーヌ・テルンは幸せそうな顔で浴槽にぷかぷか浮かんでいたとか……
風呂回はまた書きます。




