第45話:まちづくりの、第一歩
投稿時間を若干変更致します。御了承下さい。
こぉーん、こぉーん。
辺境の村に、硬い木材を打ち付ける音が甲高く響く。
心地良いその音を聞きながら、リリアンヌは鍬を振り下ろす。
ざくっ、ざくっ、とこちらもなかなか悪くない音だ。
農作業というのも存外面白いものだ。これを毎日やったら飽きも来るだろうが、たまに土を弄るくらいはやってみようか。
汗を拭い、隣の畑で作業をしていた農夫に声を掛ける。
「すみませーん。こっち終わりました」
「やあ、早いですな!」
そういう彼は、リリアンヌが畑一区画を耕す間に三つは片付けていた。お世辞として受け取っておこう。
周囲を見れば、この辺りの畑は一通りほぐされている。別の作業に移るべきか。
息を整えつつそんなことを考えていると。
「領主様が手伝って下さった畑だ。今年はきっと豊作になりますなあ」
「ははは、そうなるといいのですけどね」
領主と言っても畑仕事に関しては門外漢。
良くなる理屈も無かろうが、こういうものは気分が大事だ。否定することもあるまい。
リリアンヌを転生させた神が豊穣を司っていたりしないだろうか。それならなんとなく良い効能もありそうだ。
「豊作になるには、皆で願って頑張って仕事して……それが一番ですよ」
「ちげえねえです。お天道様にお祈りして雨乞いでもしましょうかね。天にまします神様よ、雨よ雷よ……ってな感じで」
「雷?」
日差しと雨は分かるが、雷と言えば災害のイメージしかない。
雷が多いと何が良いことがあるのか、と聞いてみると、農夫は頭を掻きつつ答える。
「昔っから、それこそジジイのジジイから伝えられてるような話なんですがね。雷が多い年は不思議と豊作になる、って言われてるんですわ」
実際不作だった覚えは無ぇなあ、とあやふやな物言いだ。
そういえば、とリリアンヌも前世の知識を掘り起こす。
雷が降ると大気中の窒素が云々と聞いた記憶が朧げながらある。
化学ではなく国語の授業で言っていた。雷が多いと豊作になるから、稲妻という言葉でも呼ばれるのだと。
しかし水を撒いたり風を起こしたりならともかく、天から雷を降らすとなると流石に容易なことではない。
うーん、と唸る。
「雷を降らすことは出来ませんが、そうですね。願掛けをしましょうか」
農夫に、近付かないようにと言付けて少し距離を取る。
魔力炉を励起。天に掌を掲げて、明確なイメージを元に術式を構築する。
精一杯の願いを篭めてその言葉を叫ぶ。
「『豊作になりますように』ー!」
瞬間。
掲げた手から、僅かな電光が疾った。
「おおっ!?」
農夫は瞠目する。
リリアンヌの手から飛び出した光は、雷とも呼べない小さなものだ。
それでも日常で見られるものではないし、ましてや人間の手から発するものではない。
理屈は単純。生体電気の増幅だ。
掌にも走っている微量の生体電気を、魔法を用いて身体の外側に放ちつつ思い切り増幅しただけ。
素人知識でやったせいかさほどの威力は無く、指先も痺れてしまっているのだが、なんとか成功したようだ。
「神鳴りとはとても呼べない粗末なものですが、私なりの願掛けです。きっとこの畑は豊作になりますよ」
「ああ、もちろんでさあ! 領主様がここまでやって下さったんだ、豊作間違い無しですよ!」
農夫も大変喜んでくれたようだ。気休めであろうと、ここまで喜んでくれたなら頑張った甲斐はあったというもの。
さて、と鍬を掴んで。
「では私は小屋作りの現場を見てきます。畑仕事、頑張って下さいね」
「ええ、もちろんでさ」
元気に返事をしてくれた農夫だが、建築中の小屋の方を遠目に見て僅かに不安げな表情を浮かべる。
「その……彼らは何もんで。いえ、領主様が連れてこられたんでさあ、悪い奴らじゃないんでしょうが」
働き者ですしなあ、とバツの悪そうな顔で。
彼を安心させるようにリリアンヌは優しく笑う。
「大丈夫ですよ。怪しい人たちじゃあありません」
元盗賊なのだが。
安堵する農夫と尻目に小屋作りの現場へと向かう。
「やあ皆の衆、順調かな」
大仰な言い回しで作業中の男達―――元盗賊の面々に声をかけると。
「お疲れ様です姐さん!」
「今、ちょうど柱が入りましたぜ姐さん!」
「もうすぐ外壁が整います姐さん!」
「姐さん呼びはやめてください」
「「「はいっ、姐御!」」」
姐御もやめろ。
胡乱げな顔で頭領―――元頭領の方を見る。
「どうしました姐御」
「貴方もですか」
「冗談ですぜ領主様。……そろそろ基部が終わります。あとは外壁と屋根を作ったら内装に入りますわ」
順調な進捗を聞き、建築現場を見やる。
それは小屋と言うには些か大きい木造の建物だった。
広さは数十人が住めるほどか。今はまだ柱を含め基礎部分が幾らか出来上がっている程度だが、完成すればこの村一番の大きさを誇る建物になるであろう。
幸運にも、元盗賊団に大工の心得を持つ者がいた。その者に設計図を引かせたのだ。
「酒場に、宿ですか」
「分かりますか」
「設計図見ればそりゃあ。……街の酒場と比べりゃちっさいもんですが、ただの農村に作るにゃ派手だ」
それが理解出来るあたり、やはりただの食い詰め者ではない。
教育を受けた者か、あるいは教育も受けてないのにこの頭の冴えか、どちらにしても優秀だ。
手勢として好ましく思う。
思わぬ拾い物をしたものだ。
それを再確認しつつ、リリアンヌは事情を説明する。
「これはまだ公表されてないから内密に。……間もなく、王国と帝国の間で商売が始まります」
「帝国と!?」
「声が大きい」
驚くのも無理はない。帝国とはつい先程まで戦争をしていたのだから。
声を潜めてリリアンヌは語る。
「帝国は現在食糧難に陥っている。これは王国西部の貴族なら概ね知っていることです。当然、商会の人間が知らないわけもありません」
「まずは麦を……か」
「ええ。仕入れは近い方がいい。ル・ブルトン領で麦を仕入れてそのまま帝国へ。儲かるでしょうね。……だから私達も便乗させてもらいます」
通商が開いたら、当面は食糧を運んで鉱物を持ち帰るだけで飛ぶように利益が出るだろう。
その後は帝国と王国の需要を見つつになるが、どちらにせよ国境を渡るにはル・ブルトン領を通るのが一番だ。商隊の馬車で山脈越えは厳しかろう。
ル・ブルトン男爵領は数多の商隊の中継地点になり、つまり停泊するのだ。
物資も宿泊地も莫大な需要が発生する。
「でも領主様が宿場で稼ぐこともないんじゃあないですか?」
「ま、最初だけですね」
リリアンヌはこの地を貿易拠点として盛り立てるつもりだが、それを男爵当人が全て差配できるわけもない。
立場もあるが、根本的に手が足りない。リリアンヌはこの地を治める領主であって商売人ではないのだ。
だからリリアンヌがやるのは最初の一歩だけ。
大規模な商隊は無理だが、少人数の商人達ならば宿泊できる宿場。
宿泊する人々と地元の住民が情報のやり取りをする酒場。
小さくとも流通を始めてしまえば後は自動的だ。
供給が僅かでもあれば需要が割れる。需要が割れれば商売人が食いつく。
後はそれらをコントロールするのが領主の仕事というもの。
「商売のことは商売のプロに任せましょう」
「当てがあるので?」
「ありますとも」
リリアンヌは豊満な胸を張る。
コネならある。―――大商会に大きな貸しが、一つある。




