第44話:盗賊稼業の身の上話
「で、事情を聞きましょうか」
巨大な土壁に包まれた朽ちた砦。
その門前で、縛られた盗賊達を前にリリアンヌは腕を組んだ。
盗賊達は一様に諦めたような表情だ。リリアンヌに対し敵意の視線を向ける者も僅かにいるが、その表情に力はない。
やはりこうなったか、とでも言わんばかりだ。
「私を攫った報いは受けて貰いますわよ!」
汚れたドレスを身に纏ったティアーヌは気炎を上げるが、リリアンヌは冷ややかな視線を向ける。
「そもそも貴女の不注意が呼んだ事態ですよ、ティアーヌ・テルン殿」
「何故!?」
むしろこっちが何故理解出来ないのか聞きたい。とんだ箱入り娘だ。
意識を取り戻した盗賊の頭領に問い掛ける。
「それで、貴方達は何故この箱入り娘を攫ったのですか?」
「身代金目的だ」
ことここに至って隠す必要も無いと思ったか、正直に話す。
「金持ちの馬車が一台だけ急いで走ってたから攫えると思った。案の定護衛はろくについてねえし、お嬢が派手な服着て乗ってた」
攫ってくれと言わんばかりの状況だ。
「彼女が此処を通ることを知っていたわけではないと?」
「知らなかった。俺達はつい先日ここを根城にしたばかりで、盗みも今回が初めてだ。
お嬢様の情報なんざ一欠片も持ってねえ。テルンの娘ってのも、このお嬢が自分で口走ったんだ」
「ほんと何やってんですか貴女」
「だって私をあんな雑に扱うんですのよ。私が何者か知らないに決まってます!」
知ってても人質を尊重する理由は無いのだが。
まあ、彼女を攫った理由は分かった。別の問いに移る。
「で、何故こんなところで盗賊の真似事などしてるんです。貴方達、元兵士が混ざってますね?」
「……どうしてそう思う」
「格好を見れば誰でも気付きます」
旗揚げしたばかりの盗賊団にしては統制が取れている。武器は王国軍の末端兵が使う安価な剣や槍。これで分からぬわけもない。
本格的に見透かされていることを知り、盗賊の頭領も覚悟を決めたらしい。
「お察しの通り、俺達は全員が元兵士だ」
「全員と来ましたか。同じ隊で?」
「そう。つっても隊長は正規の軍人がやってて、俺達は只の志願兵だが。俺が頭をやってるのは単なる流れだ」
知恵も口も回るし必要以上の粗暴さもない。人望を集めるのは不思議ではない。
リリアンヌは話を促す。
「先の戦争に参加するべく志願した者ですね」
「ああ。帝国のバケモンが暴れてるってんで、長く食っていけるかと思ったんだがな」
その帝国の勇者はリリアンヌの手によって討ち取られた。
もしあそこで倒し切れなければ、彼に掻き回された戦争が長引いたであろうことは想像に難くない。
しかして実際はそうならなかった。故に救われた命があり―――
「食い詰めて、盗賊に身を窶したと」
「いんや。元々全員食い詰め者さ。兵士として死ぬか路地で死ぬかならどっち選ぶかって話でな。
……いきなり戦争が終わって、手元に武器があるんだ。それ持って逃げて何が悪い?」
「それを罪とするのが私の仕事ですので」
「……ま、結果がコレなら世話もない」
縛られたまま肩を竦める。
随分な胆力だと思っていたが、なるほど元々死が近い立場ならば処刑など怖くはなかろう。
本当に、これが初犯で良かった。リリアンヌは安堵の溜め息を吐いた。
「事情は分かりました。……結果的に被害は最小限とはいえ、貴方達が人を攫い脅迫を行ったのは事実です。これは罪であり、償いが必要になります」
「そりゃそうだよなあ。で、どうなるんだ」
縛り首か斬首かね、と軽い口調で語る。
領内での犯罪行為は基本的に領主の権限で裁かれる。しかしそれは問題が完全に領内で完結する場合の話だ。
振り向き、後ろで唸っていた令嬢に問い掛ける。
「貴女はどう思います?」
「もちろん処刑すべきですわ」
「ふむ、被害に遭った当人がそう言うなら仕方ない」
想像通りの返答に、うんうんと大仰に頷き。
「ではまずは貴女の御父上に報告しなければなりませんね」
「――――――はい?」
「いやあ、あまり大事にするのも困り物なのですが、当事者がそう訴えるのであれば仕方がありません。
まずは親族に事態の顛末をお伝えして、その上で正式に裁判を行いませんと」
今回の事件の被害者はティアーヌ・テルン。テルン商会長の息女だ。
当然その本拠はル・ブルトン領ではなく、遠く離れた王都である。
王都の民がル・ブルトン領に来る途中で攫われたとなれば、これはリリアンヌの一存では解決できない。
正式な文書で報告し、正当な裁判を踏んで定められた刑罰を与えなければいけない。
領内で大切な息女を危険に晒されたとなれば、これはリリアンヌも謝罪しなければなるまい。治安維持は領主の仕事だ。
「お、お待ち下さい。…………その、父様に伝えるのですか?」
「それはもう。御息女が一時とはいえ行方不明になったのです。私は領主として精一杯陳謝しませんと。
彼らの裁判もしなければならないので、事件の全貌を包み隠さず伝える義務がありますし」
事件の全貌とは、つまりティアーヌの一挙手一投足も含む。
彼女が父親の目を盗んで勝手に遠出し、誘拐され、ル・ブルトン男爵の手で救出されたことをありのままに伝えなければならない。
裁判での偽証は罪だ。嘘を吐いては領主権限を剥奪されかねない。
それを懇切丁寧に説明すると、みるみるうちにティアーヌの顔が青くなった。
「え、ええとその……私のことは話さなくてもいいのではなくて……?」
「報告から除いても構いませんが、裁判官は問うてくるでしょう。問われたら偽り無く答えるのが王国民の義務であります」
「うぅ、どうすれば隠せますの……?」
「ほうティアーヌ様は事件を隠蔽せよと仰る」
「そうなりますの?」
「それ以外にありませんね」
予想通りの展開に、内心彼女のことが本当に心配になる。大丈夫なのかこのポンコツ娘。
そしてリリアンヌの思うがままに彼女はその言葉を口走った。
「で、では……彼らを許すというのはどうでしょう……」
「なんと、許すと仰る!」
「うううう~、その、結果として私はこうして無事なわけですし……?」
「いやはや誘拐されたが無事だったから許してやろうと、なんと寛大な。―――貴方達は許されると言ったらどうします?」
突然話題を振られた盗賊団の面々は、面食らいつつも口々に受諾する。
「いやまあ許してくれるってんなら……?」
「神様女神様テルン様」
「次は誰を攫うかなあ」
「次やったらその場で斬り捨てますからね」
「「「ひぃっ」」」
調子に乗った輩を威圧すると震えて黙り込んだ。
彼らが落ち着いてから、頭領がゆっくりと口を開く。
「許してくれるってんなら有り難く」
「そうですか。……さて困りましたね。当事者同士が和解したなら裁判の必要が無くなってしまいました」
飄々と言い放つと、頭領が何かに気付いたようにリリアンヌを見た。その眼はまさしく悪人を見る目だった。
その視線に気付きつつ、しかし無視したリリアンヌは。
「さて、これで無罪放免となったわけですが……貴方達、これからどうします?」
「どうしますつってもな」
頭領は縛られた身体をもぞもぞと揺らして。
「俺らは食い詰めもんだ。この辺を耕して畑にでもするか、街に行って乞食の真似事でもするか……」
「故郷に帰っても仕事ねえしなあ」
「そもそも追い出されたわ俺」
悲観的な将来を口にする面々に対してリリアンヌは笑顔で問う。
「そんな貴方達に仕事を差し上げる、と言ったらどうします?」
驚きの視線を集めながら。
「今、少々人手が必要でして。しかし領民は皆忙しいですし他所からの移住も少ない立地だしで困っていたのですよ」
簡単に言えば労役です、と説明する。
「私の指示通りに働いて下さい。期間中、食っていけるだけの報酬は支払いますし、刑期を終えれば自由の身です。望むなら正規に雇用しても構いません」
盗賊達の瞳に希望の光が灯る。彼らからすれば願ってもない好条件だ。
頭領も表情を明るくし、しかし訝しげに問う。
「美味い話にも程があんだろ。何をやれってんだ?」
「簡単なことです」
にっこりと笑って告げる。
「宿場の管理ですよ」
▽リリアンヌは どれい をてにいれた。
ニア つかう
ころす
すてる




