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その元・男、現・貴族令嬢にて  作者: 伊賀月陰
第二章:夢見がちな来訪者
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第43話:人質交換





 早朝、リリアンヌは屋敷を出立した。


 質素な外套を身に纏い、中には侍従服を着込んでいる。

 少々動きにくいが、立ち回りにさほどの問題はない。

 腰には訓練用に刃を潰した剣を一本提げている。

 形見の宝剣も愛用の短剣も、一侍従が持つには豪勢に過ぎる。

 幸いにして今回の相手は野盗だ。十全の装備でなくともなんとかなるだろう。

 保険として、母の形見である指輪をこっそり持ち込んだ。紐を通して首から提げている。


「ふう……あれか?」


 地図通りに進むと、指定の場所に打ち捨てられた炭焼き小屋が見えた。

 敢えて足音は隠さず近付き、扉を叩く。


「失礼致します。テルンの遣いの者です」


 ぎしり、と床板の軋む音が微かに聞こえた。

 音は一つだ。

 暫しの静寂の後。


『…………入れ』


 低い男の声が促す。言われるがままにボロの扉を開ける。

 無警戒に踏み入りつつ、誰何を送る。


「野盗の方ですか?」


「テルンの娘を預かっている者だ」


 否定も肯定もせず、ただ要件だけを言う。


「金は持ってきたか?」


「ここに」


 懐からパンパンに張った袋を覗かせる。

 男が手を伸ばすが、リリアンヌは逃げるように身を引いた。


「お嬢様の無事を確認させて頂きたく」


「言える立場か?」


 柄に緩く手を置いてみせる。王国軍支給の一般的な長剣だ。

 質は良いとは言い難いが、人ひとりを斬るに支障はない凶器である。

 それに怯えたフリをしながら、リリアンヌは無言を貫く。


 両者の沈黙。


 破ったのは男の嘆息だった。


「まあいい。テルンの娘は此処じゃない。俺らの寝床に匿ってる。………あー、別に何もしてねえから安心しろ」


 着いてきな、と扉に向かう盗賊の男を、身体を回して追いかけようとして。


「ひあっ!?」


「おー、良いケツしてんじゃん」


 ぞわりと悪寒が走った。

 男がすれ違い様に尻を一撫でしたのだ。

 この場で始末してやろうか、と一瞬本気の怒りが湧く。

 しかしそうしたらティアーヌが行方知れずになってしまう。渋々と男に追従する。


「そんなに警戒すんなって」


「どの口が言いますか」


 一足の間合いを保ちながら男を追う。

 炭焼き小屋を離れ、山の中で道なき道を進む。獣道であるが男の足取りは淀みない。

 しばし無言で歩いていたが、退屈凌ぎか男が話し掛けてきた。


「お前さん、何処のもんだ。あの商隊にはテルンの娘以外に女はいなかったはずだが?」


「ル・ブルトン家の者です」


「助けを求めて逃げ込んだか。お前さんはメイドだろう。災難だったな。まだ若ぇのによ」


「お仕事ですから」


「お堅いねえ。ケツは大きくて張りがあるのによ」


「殺しますよ」


「テルンの娘の居場所が分からなくなるぜ」


 この男、一々下品だ。しかし頭は回る。単なるならず者にしては妙に……なんというか、普通の男だ。

 何か訳ありなのだろうか。


「……貴方は、何故野盗などしているのですか」


「んあ、なんだ藪から棒に」


「働き口ならあるでしょうに、と思っただけです」


「その働き口が急に無くなったからやってんのさ」


「どういう――――?」


「っと、着いたぜ」


 不可解な言葉に問い返そうとした時、突如として視界が開けた。

 陽光に目を眇めつつ視界に飛び込んできたものを観察する。


「…………砦?」


「の跡だ」


 それは石造りの大きな建築物であった。

 所々崩れて露出し、無事なところも苔むしたり蔦が絡んだりしているが、なるほどこれは小さな砦だ。

 建物の周りだけ草が刈られた跡が見える。彼らが住処として整備したのだろうか。


「着いてこい」


 盗賊の男に付き従って、正面扉があったであろう空洞に近付く。

 そこには同じような格好の男が、槍を地面に着いて大きな欠伸をしていた。


「おうサボってんじゃねえぞ」


「ふぁ……お、お頭!」


 お頭と呼ばれた男は、門番の頭を平手で引っ叩いた。


「人質交換当日に気ィ抜いてんじゃねーぞ」


「へいっ。……こっちの娘は?」


「身代金を持ってきた女だ。まだ手を出すなよ」


「へいっ、許可待ちで」


 許可しないぞ、と内心悪態を吐きながら盗賊団への認識を改める。

 彼らはただの烏合の衆ではなさそうだ。曲がりなりにも組織・集団として動いている。

 そして、そうやって歯車として動ける人間が何故野盗などしているのかと疑問に思う。


「おい、こっちだ」


「はい」


 盗賊の頭に着いて玄関を潜ると、暗い通路が出迎えた。

 外からの光でかろうじて奥まで見えるが、正直視界が悪い。


「気を付けろよ。暗いからな」


「灯りは無いのですか?」


「無いこたないが昼間に使う余裕はない」


 それは確かにそうだ。

 暗い通路をゆっくりと、しかし確かな足取りで盗賊頭は進む。

 一番奥の扉で、男は足を止めた。

 躊躇なく開く。


「男爵様ッ!?」


 出迎えたのは、手足を縛られた少女だった。

 その呼び掛けにぎくりと肩を強張らせるが、入ってきたのが盗賊頭と外套の女と知った少女は目に見えて落胆した。


「ああ、まだなのですね……男爵様はいつ迎えに来てくださるのでしょう……」


 ぐねぐねと身体を捻りながら妄想を口走る少女を、胡乱げに見下ろす。


 埃に汚れているが、その少女は美しかった。

 艶やかな長髪、くりっとした目つき、細い肩に控えめな胸。腰は浅くくびれて長い脚がしなやかに伸びている。

 ともすれば美人と形容できそうな容姿だが、快活な振る舞いが少女のそれと認識させる。

 身に纏ったドレスは今でこそ汚れているが豪奢なものだ。


「では身代金との交換といこうか」


「はい」


 彼女がティアーヌで間違いないだろう。

 懐から貨幣袋を取り出し、男に手渡す。


「おお、ずっしりだ」


 開いて中身が金貨であることを確認し、男は目を丸くした。


「まさか本当に持ってくるとはなあ」


「この期に及んで疑ってたのですか?」


「お貴族様を信用してないもんで」


 いそいそと懐に仕舞い込み、ティアーヌの拘束を解く。

 立ち上がったティアーヌは全身の埃を叩き落としつつ文句を垂らした。


「囚われのお姫様を助けにくるのは男爵様の役割でなくって!?」


「それを言うなら王子様では」


 そもそも彼女もお姫様ではない。令嬢なのは間違いないが。


「それじゃあ、そうだな」


 盗賊の男は飄々とした様子で、部屋の入口に立った。

 自然な動作で剣を抜き放つ。

 それを見たティアーヌはぽかんと口を開いた。


「はい?」


「金貨も手に入ったし、もうあんたは用無しだな」


「え、え?」


 事態が呑み込めないティアーヌを下がらせつつ、リリアンヌは苦笑する。


「まあそうなりますよね」


「おや、驚かないんだ」


「そりゃあ予想出来ますから。……野盗が、自分達の拠点まで客人を招いて無事で返すとは思いません」


 リリアンヌは剣も抜かず、肩を竦める。

 平然とした様子のリリアンヌを見て、盗賊頭は表情を引き締めた。


「あんた、只のメイドじゃねえなあ。なにもんだ?」


「ま、ここまで来れば隠す必要も無いでしょう」


 外套のフードを下ろしてにっこりと笑ってみせる。


「私の名はリリアンヌ。リリアンヌ・ル・ブルトンです」


「ル・ブルトンってぇと……まさか!?」


「よくも私の領地で好き勝手やってくれましたねえ。お陰で私が出張ることになりました」


 隠蔽していた魔力を解放。魔力炉の励起を開始。

 突如として現出した濃密な魔力の波動に、盗賊頭は後ろに一歩を踏んだ。


「え? …………え?」


 ティアーヌは尻餅を突き、状況がさっぱり分からず混乱している。変に錯乱して動き回るよりは楽でいい。

 悠然と構えるリリアンヌに対して、冷や汗を掻きながら盗賊頭は叫んだ。


「帝国の勇者を倒したっつー武人領主の……『竜殺し』リリアンヌか!」


「誰が竜殺しですかっ!」


 殺してない。牙を貰っただけだ。一体どういう噂が流れているのか。

 そんな知りたくない事実を知りつつ、リリアンヌは魔力を広げる。


「貴方、盗賊業は初犯ですね?」


「…………だったらどうする?」


「今この場で降伏するなら、貴方の部下含めて赦免してもいいですよ」


「降伏しなかったら?」


「少々痛い目を見てもらいます」


 腕を広げて寛容さを示してみせる。

 しかし彼はそれが気に入らなかったらしい。


「だがここで死ねばただの小娘だ!」


 剣を振り被り、突っ込んでくる。

 思ったより堂に入った構えだ。素人ではないらしい。

 しかし。


「”彼”よりは遅いなあ」


 腰の剣を抜き放ち様、盗賊頭の剣の横腹を強かに打つ。

 かつて相対したヨシヒコと比べれば止まって見えるほど遅い。

 体勢を崩して倒れ込む男の動きに合わせて、右膝を置く。


「がっ……!」


 狙い通りに鳩尾に直撃。

 彼自身の体重と踏み締めた脚の力で急所を打ち抜かれた男はもんどりうって倒れた。

 気絶した彼の手元から剣を蹴飛ばしておく。

 その時、どたどたと騒がしい足音が迫ってきた。


「お頭、どうしまし―――がっ」


 剣の柄で下っ端のこめかみを叩き失神させる。


「キリがないな。………よし、準備も整った」


 地面に手を当てる。

 先程から浸透させていた魔力を一気に広げる。指定範囲はこの砦を包んで余りあるほど。


「『土よ、大地よ―――』」


 明確なイメージをもって魔法を発動すれば、その通りに事象が発生する。


「『この地を包み、持ち上がれ』!」


 発動した瞬間、大きな地揺れが一帯を襲った。


「うわわ、うわわわわわ……」


 ティアーヌはもう大混乱だ。強い揺れに立ち上がることも出来ず、ただ腰を抜かしているしか出来ない。

 そして驚愕するのはティアーヌだけではなく、盗賊団員も同様だ。


「な……なんだ、これは……!?」


 門番の男が見たのは、砦を包むように立ち上がっていく土の壁。

 最初は飛び越せるほどだったが、今や男の身長よりも高い。更に伸びて、伸びて……揺れが収まった時には、砦の二階ほどまで達していた。


 ぽかんと見上げる盗賊達を見やりつつ、リリアンヌは疲労の溜め息を落とす。


「ま、これで逃げられんだろう。―――降伏する者は武器を捨てろ!」


 リリアンヌの大喝に、敗北を悟った盗賊達は一様に手持ちの武器を投げ捨てた。


 彼らを正面入口に集めたリリアンヌは満足げに頷き。


「―――これにてめでたしめでたし」


 一仕事終えた気持ちで呟くのだった。






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