第39話:勝利の味は
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「が、はっ―――っ!」
衝撃を胸当て越しに受け、酸っぱいものを吐き出しながらリリアンヌが地を転がった。
ヨシヒコが無造作に振った一撃を捌き切れなかったのだ。
マインゴーシュで受け流そうとしたが防ぎ切れず、痺れた手から短剣が吹っ飛ぶ。
「どう、降参する?」
「かはっ……げほっ、げほっ……」
鉄の味がする唾液を吐き捨て、口内をクリアにする。
残った右手の長剣を杖に震える脚でゆっくりと立ち上がる。
視線を持ち上げると、目の前に男が迫っていて。
「よっと」
軽く―――常人にとっては骨が割れるほどの力で―――ヨシヒコの足裏に蹴飛ばされ、再びリリアンヌは土にまみれる。
それでもまた立とうと身体を持ち上げるリリアンヌを見て、ヨシヒコは深く溜め息を吐いた。
「もうやめときなって。さっきみたいに素早く動けるならともかく、もう無理でしょ?」
「ま、だ…………ぺっ」
じゃりじゃりと土を含んだ口が気持ち悪い。
立ち上がろうとしても足に力が入らず、せめてもと片膝を突いて視線を上げる。
呆れたようなヨシヒコの表情が目に入った。
「ほんと、なんでそんなに頑張るのかな……殺さないって言ってるじゃん」
「はー……はー……っ、信用、できると……?」
「そんなこと君に関係ある?」
言外に、リリアンヌに選択権は無いと示す。
まあ状況を見れば明白であろう。
リリアンヌはもはや戦闘不能に等しく、ヨシヒコは疲労の色こそ見られるが再生能力により無傷。戦闘力も保っている。
端から歴然の差があるのだ。万全でないリリアンヌなどヨシヒコにとっては恐るるに足らない。
荒い息を吐き、リリアンヌは言葉を紡ぐ。
「何故……」
「ん?」
「何故、帝国に与している?」
「なんだいきなり、時間稼ぎ?」
「否定は、しないが……稼いで……勝敗が、変わるか……?」
「まあそうだけど……うーん、まあいっか」
当然、時間稼ぎだ。それはそれとして疑問に思っていたことでもある。
ヨシヒコは元日本人であり……見たところ、外付けの『神の加護』こそあれほぼそのままこの世界へと降り立った『転移者』だ。
リリアンヌのように、新たな肉体・新たな人生を送る『転生者』とは異なる。
言動が妙に浮世離れしているのを見るに、転移してからそう長い期間は経っていないのではなかろうか?
所帯を持っているようには見えないし、帝国への忠誠心もまるで感じられない。何故帝国の勇者として振る舞っているのか興味はあった。
「俺がこの世界に来たのは、一年前のことだ」
帝国に勇者が現れた、という情報が流れたのが数ヶ月前。辻褄は合う。
「神様と色々話してから、気付いたら帝都近くの森に立ってた。
最初はもー不審者扱いでさあ。衛兵は斬りかかってくるし大変だったんだぞ」
一体何をしたのかこの男は。
それとも帝国は不審者を見たら斬り捨てる世紀末なのだろうか。
「こっちも死にたくないから、説明しながら殴り倒してさ。
それで、段々と『勇者』じゃないかとか言われ始めて……気付いたら王様に会わされて、帝国を救ってくれとさ」
知ってるかい、とヨシヒコは前置きをする。
「帝国はあんまり食べ物が多くないんだとさ。畑が少ないとかで。
だから隣の王国から領土を分けてもらえば万事解決なんだって」
知っている。
帝国は広大だが土地は寒冷で、あまり農産に向いていない。
だから肥沃な土地を持つ王国―――特に国境付近のル・ブルトン領を狙ったのだろう。
それは分かっている。分かっているのだが。
「お前は……それが正しいと思っているのか……?」
「何が?」
きょとんとした顔のヨシヒコに言葉を叩き付ける。
「自分達は貧しくて、相手が富んでいるから、じゃあ奪おうと……そんな道理が罷り通るとでも思っているのか?」
「じゃあ餓え死にしろってのか?」
「違う」
なんでそんなことも分からないのだ、とリリアンヌは首を振る。
「何故、王国と貿易をしないのだ」
リリアンヌは知っている。
帝国ウェストシクルは農産に向いた時ではない。細々と麦を育てて暮らしている。
だが反面、鉱物資源は多いのだ。それこそ王国の比ではないほどに。
「麦が作れないなら買えばいい。金が無いなら働けばいい。その道を捨てて盗人になって、挙句開き直るか!」
「なんだよ、難しい話してさ……そっちは沢山持ってんだから分けてくれりゃあいいのに」
「何を言っても―――――っ」
更なる罵倒を重ねようとした瞬間、視界にきらりと光るものが映った。
来た。
ようやく間に合ったか。
リリアンヌは大きく息を吸う。
「? 何を―――」
様子を訝しみ、ヨシヒコは何事かと周囲を見回そうとして。
ブシュッ。
「な、あっ……!?」
ヨシヒコの脇腹にいきなり穴が開き、血が滲む。
ターン―――――………と遅れて音が響いた。
傷を手で押さえながら掌にレーダーを展開して、ヨシヒコは驚愕した。
隣り合った二つの光点から少し離れた位置に、光点が一つ、増えている。
「な……さっきまでいなかったのに!」
遠方、人間が小さな点に見える距離。そこに一人の老人が腰掛けていた。
肘から先がない右腕の、残った二の腕に銃身を乗せて、それを右膝で支えている。
銃身は真っ直ぐヨシヒコの方を向いていた。銃口からは魔力の残滓が漂っている。
「この距離なら……吹っ飛ばしてやる!」
ヨシヒコは刀を振り上げて光槍を形成。充填まで暫しの間―――――待つ、筈がない。
ズドン。
「かはっ……」
今度こそヨシヒコは愕然とした。
制御を失った光槍が霧散する。
衝撃を受けた胸元を見下ろすと、拳大の大穴が身体の中心に空いていた。
驚愕の表情でゆっくりと振り向き、ヨシヒコは視界にそれを捉えた。
ヨシヒコに対し、左腕を真っ直ぐ伸ばし……魔力の残滓を靡かせる短銃を構えたリリアンヌを。
「な、んで……」
ふらりと身体を揺らすヨシヒコに、リリアンヌは力を振り絞って駆け寄り。
「ああああああああああっ!」
剣の一閃を首に叩き込んだ。
狙い違わず少年の首に食い込んだ刃は、脛骨を物ともせず素っ首を断ち切る。
これまでの激戦が嘘のように、呆気無く。
ぽん、ぽん、と鞠のように跳ねる頭部。
ぶしゅ、ぶしゅ、と首の無くなった胴体から血が噴き出して地に倒れ伏した。
頬に飛んだ鮮血を拭いもせず、じっとリリアンヌは剣を構えて待つ。
一秒、三秒、十秒。
何も起こらない。
ぴくりとも動かない胴体を尻目に、頭を掴み上げる。
苦痛に満ちた表情を浮かべたその生首は、光を失った瞳にリリアンヌの顔を映した。
間違いなく、死んでいる。
再生する様子もない。
「勝った……か……」
初めから、決闘で勝つつもりなど無かった。
無論勝てるならそれが一番であり、その為の準備も全力で行ったが、決闘の勝敗そのものに固執はしなかった。
ただ、殺せればいいのだから。
ヨシヒコの反応速度を一度でも凌駕する為に銃を作らせた。
感知能力を持っているのは予想が着いたから、軍の駐留地にセバスを待機させて感知から逃れさせた。
その上で遠方からでも見える火柱を合図として移動させた。移動時間はリリアンヌが稼いだ。
再生能力くらいあるだろうな、と思っていた。彼は自分と同じ世界に生きる少年だったから。
狙撃で即死は狙えないだろうから、意識を逸らした隙に殺せる短銃を用意して隠し持った。それでも死なない可能性はあったので首も落とした。
蘇生する素振りを見せたら、徹底的に死体を破壊するつもりだった。
ただ、殺す為に。
卑怯卑劣を承知でこの場面を整え―――そして、殺しきった。
最早ただの重りと化した首を投げ捨て、胴体を見下ろす。
両親の仇。セバスの右腕を奪った憎き敵。
我らが領地領民に害為す敵手を排除した感想は………ただ、空虚。
「………やりましたよ」
ぽつりと呟く。
ぽつり、ぽつり、と雨粒が地を濡らす。
気付けば空は曇天。頬の返り血が雨に濡れて流れていく。
「ついに、やりました。私は……ちゃんと……倒し、て……っ!」
言葉と一緒に込み上げるのは、喜びなどではない。
それは血を吐くように苦しい痛み。
「だから……だからぁ……ほめて、ください…………おとうさま……おかあさまぁ…………っ!」
声が掠れ、視界が滲む。
雨が降る。血を流していく。
失ったものが、露わになる。
分かっていた。目を逸らしていただけだ。
全力を尽くして敵を狩り殺しても―――何も、元通りにはならないのだ。
失ってマイナスになったものは、復讐で埋め合わせてもゼロになるだけ。
「うわああああ…………やだ、やだぁ……!」
駄々っ子のように、わんわんと泣き叫ぶ。
喪失を受け入れ―――少女は、気を失うまで泣き続けた。
雨は、止まない。
帝国の勇者が倒された。
その一報を受けた王国軍は、勇者討伐の報を喧伝しながら前線の押し上げを開始。
動揺し、本当に勇者がいなくなったことを知った帝国軍は潰走。たった一週間で当初の国境線まで押し戻された。
同時に王国は和睦の交渉を持ちかけ、これ幸いと帝国首脳部が受け入れたことであっさりと戦争は終わった。
得られたものは、大勢の捕虜と交換の賠償金。
失ったものは……少しばかりの民であった。
第一章、間もなく終わります。




