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その元・男、現・貴族令嬢にて  作者: 伊賀月陰
第一章:失ったもの、失わなかったもの
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第38話:敗北必至の舞踏会

隔日ペースに戻していきます。





 決闘はリリアンヌ主導で進行する。


「イヤアアアアアッ!」


 魔力を篭めた咆哮が敵身を震わし、同時展開される移動魔術がリリアンヌの高速機動を実現する。


「ははっ、凄い凄い!」


 比喩抜きに四方八方から襲い来る大小の剣閃を、ヨシヒコは全て叩き返す。

 先読みなどではない。純粋なる反射神経と身体能力の為せる技だ。

 正面からの袈裟斬り、身体を回しての短剣突き、宙を踏んでの逆落し、二剣で刀を受け流しての直蹴り。

 それら全てを見てから防御し、回避し、倍する速度でカウンターが飛ぶ。あまりに乱暴な剣閃をリリアンヌは紙一重で躱していく。


 傍から見れば互角。

 しかして薄氷の上での戦闘であることは、リリアンヌにとっては明白だ。

 これらは全てリリアンヌ主導で攻めているからこその拮抗である。


「よくわかんないけど凄いな。こっちの方が明らかに速いのに!」


 笑いながら放たれる剛閃をマインゴーシュで受け流す。

 まともに受け止めれば衝撃に耐えられず吹き飛ばされる威力のそれを必死に逸らす。

 逸らす方向は、常に最も相手が力を篭めにくい角度。

 超人的とは言え身体構造は人間のもの。腕が伸び切れば力は入らないし、バネを溜めれば威力は上がる。

 ヨシヒコが振るいやすく、リリアンヌが避けやすい攻撃へと誘導していく。

 そして、そんな精密極まる武芸と魔法を両立出来るほどリリアンヌは武を極めてはいない。


「ぐっ……!」


 ヨシヒコの一刀を逸らし切れなかった。

 骨身を揺さ振る衝撃がリリアンヌを襲う。

 吹き飛ばす慣性に抗わず、蜻蛉を切る。同時に空中に足場を展開、後方へと大きく跳躍して減速した後に着地。

 相当な距離を離された。

 この隙を逃すほどヨシヒコは甘ちゃんではないらしい。


「それっ!」


 刀を右手に持ち替え、ヨシヒコの左手から鎖が放たれた。

 じゃらりと空を走る鎖を横っ飛びに回避するも、軌道を変えてこちらへと追ってくる。


「『風よ、止まれ』!」


 鎖の先端が大気ごと空中に固定される。ヨシヒコは慌てて引き戻そうとするが、先端が動かないのでは戻せる筈も無い。

 ぴん、と張った鎖を前にリリアンヌは右剣を担いだ。


「『風よ、集え』―――――『断空剣』ッ!」


 凝集された風のマナが鎌鼬となり、伸び切った鎖を半ばで断ち切った。


「んなぁっ!?」


 これにはヨシヒコも予想外だったらしい。力を失った様に、先半分の鎖が地に散らばる。

 どうやら切断してしまえば操作は出来ないようだ。

 残った半分でこちらに追い縋るが、リリアンヌも既に前へと踏み込んでいる。

 鎖を潜って驚愕の表情を浮かべるヨシヒコに肉薄し―――剣を振り上げる。


「死ねえっ!」


「ぬ、おおおおっ!」


 リリアンヌの剣が袈裟斬りに振り下ろされる。

 肩口から入り、服を裂き―――すんでのところでヨシヒコの後退が間に合った。

 胸を剣先が浅く切り裂くに留まる。

 鮮血が舞う。


「痛っ……痛いなあっ!」


 大きく後ろへ跳ぶヨシヒコに離されぬよう、リリアンヌも火炎弾を放ちながら追撃する。

 魔法攻撃は振るわれた右手に触れた瞬間消滅するが、端から通じるとは思っていない。少しでも相手の手数を削る為の攻撃だ。

 そうして身体を振り回していれば、速度の差も縮まる。

 更なる連撃をかけて―――ふと、違和感に気付く。


「お前、その傷……?」


「あ、気付いた?」


 今さっき斬ったばかりの胸の裂傷。それが、もう出血が止まっている。

 剣戟を交わしている間にもみるみる塞がっていく。


「再生能力……!?」


「これも神様からの授かりもので、ねっ!」


 一瞬の鍔迫り合いから、腕力で突き飛ばされる。

 先程のように距離は離さない。空中に足場を形成し、全身で衝撃を吸収する。バネとなった身体を、爆発魔法で射出。

 高速の一撃に、さしものヨシヒコも受け切れずに浅く腕を斬るが―――これも数秒の内に再生が始まる。


「このクソチート野郎が!」


「女の子がそんな汚い言葉を使わないでよね。……それにこれ、痛みが消えるわけじゃないんだから」


 その言葉は本当らしい。先程胸を切り裂いた時も、今腕を斬った時も、痛みに顔を歪めていた。

 しかし塞がるのであれば大した問題はなかろう。

 そして、その事実は戦況を大きく左右する。


「はっ……はっ……!」


 息吐く暇もない激戦。

 その主導者であるリリアンヌは、無茶な三次元機動と間断なく繰り返す魔力の行使に大きな疲労を重ねていた。

 意識的に肉体・精神を興奮状態に置いているが故に今は問題なく動けているが、それにも限界はある。

 奇跡的な拮抗。

 それは徹底的にヨシヒコを倒すべく最適化された戦術、手数重視の戦闘スタイル、そして何よりヨシヒコの杜撰な戦闘により成り立つ。

 リリアンヌのパフォーマンスが少しでも低下すれば……その瞬間、反撃を捌き切れなくなったリリアンヌは敗北するであろう。


「どうしたの?」


 まだまだ余裕な表情のヨシヒコを見て、リリアンヌは周囲を伺う。

 準備は整ったか。それとも、まだ時間が必要なのか。

 向こうから合図を受け取ることは、出来ない。それはヨシヒコにも伝わってしまう合図であるからだ。

 

 今暫く、引き伸ばす。

 折れかけの身体を心で奮い立たせ、リリアンヌは勝ち得ぬ死闘に身を投じた。






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