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その元・男、現・貴族令嬢にて  作者: 伊賀月陰
序章:転生令嬢、その華麗なる幼少期
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第3話:リリアンヌと魔法の才能




 ざぱあ。


「―――ぷはっ」


 頭から足先までを重力に任せてぬるま湯が走り抜ける。


「はい、終わりです」


「ありがと、ばあや」


 流してくれたカロルに礼を言いそのまま頭を拭いてもらう。

 時間は朝食前。汗をかく程度ならともかく、泥まみれになってしまったリリアンヌは母親にやんわりと行水を命じられた。

 これで食卓につくなど言語道断、リリアンヌもそれには同意だ。

 わざわざこんな時間に桶いっぱいのぬるま湯を用意してくれたカロルには感謝が尽きない。

 シャルロットの命令からさほどかからず行水出来たことを思うに、これを見越して予め準備していたのだろう。

 自分で準備してカロルの手間を減らしたいが、流石に三歳児に火を使わせてはくれまい。大人しく世話になることにする。


「リリ様」


「ん、なに、ばあや?」


 全身の水気を取り、下着、部屋着と着せられながらカロルの言葉を聞く。


「裏庭で旦那様と遊んでらっしゃったのですか?」


「はい」


 あれは遊んでいた、で相違あるまい。素振りも少しやったがメインは球蹴りだ。


「ばあや、いったよね? 運動しないとだめよ、って」


「だから旦那様と?」


「はい。でも、リリが運動してたらおとうさまが球蹴りおしえてくれたんです」


「そうですか……それは良かったですね」


「はい!」


 思えば、ジルベールとは毎日顔を合わせているし会話もぼちぼちしているが、二人で話し合う機会は無かったように思う。

 これを機にジルベールからも色々と吸収したい。


「またあした、遊ぶんです!」


「まあまあ、それは良かったですね」


 カロルは安心したように微笑んだ。






 五歳になった。

 口はもうかなりはっきり回るようになり、手足も、自由自在とまでは行かずとも思い通りにコントロール出来るようになってきた。

 書庫の攻略も順調だ。学術書はまだまだ厳しいが、一般教養と思しき本や小説は読めるようになってきた。

 とはいえ馴染みのない異世界なせいか慣用句がさっぱり分からず内容が判読できるだけであるが。

 そうして二年近くもの間、書庫に通い続けて解ったことがまず一つ。



 この世界には、前世とは異なり、魔法と呼ばれる技術がある。



 思えば、カロルやセバスチャンは時折何かを呟いて変な事をしている時があった。桶の水を温かくしたり、庭の植木を剪定したり。きっとあれが魔法なのだろう。

 棚から平易な小説を一冊手に取り開いてみれば、登場人物は当たり前のように何かを唱えて魔法を使用している。手足を動かすように自然とだ。

 ならば、と自分も見よう見まねで呪文を唱えてみたが何も起こらなかった。

 何らかの条件があるが、才覚が必要なのか……それについては、まだ読める本の中には書かれてない。


 そしてもう一つ、大事なこと。


 この世界は魔法が普及しているせいか科学技術の蓄積は前世の現代に遠く及ばないようだ。

 当たり前である。魔法でちょちょいと湯が沸かせるなら電気ポットの需要は少なかろう。必要は発明の母。必要が無ければ発展は遅い。

 逆に言えば、必要であれば発展するのが技術というもの。間違っても文明のない世界ではないことは念頭に置くべきだろう。

 こうして、手に取れる書物を作るだけの文明は間違いなく存在するのだから。


「魔法式印刷技術ってどんなものだろうなあ……」


 筆跡は恐らく人の手によるもの、に見える手元の小説に視線を落とす。これが魔法によく複製だったらかなり凄い。


「今度、ばあやに聞こう」


 背伸びして元の場所に本を戻した。

 前世からすれば、今世はファンタジーな物語の世界そのものだ。だが通じる前世の知識も、調べられる今世の環境もある。


「よしっ」


 壁掛け時計でもうすぐ夕の鍛錬時間であることを確認すると、リリアンヌは部屋を飛び出した。


「充実した人生だなあ」


 溢れる笑みを隠しもせず、リリアンヌは廊下を駆けた。

 そして危うくぶつかりそうになったカロルにしこたま怒られるのであった。






「リリ、魔法適性の検査を受けてみないか?」


 七歳の誕生日、祝いの席で両親からそう提案された。


「魔法適性?」


「そう。本当はもっと大きくなってからなんだがな」


 ジルベールは嬉しそうに髭(体毛の薄い体質のため付け髭だ)を揺らしてそう語る。


「リリは頭が良いし身体も強い。早めに自分の適性を知っておいた方が将来の為になるだろう」


 願ってもない話だ。

 ようやく魔法関連の書籍に手を出せるようになった今日この頃。実地も交えて考察できれば学習もより効率的に進められるだろう。

 だが。


「検査って、何をするんですか?」


 もしかして高価な検査費用がかかったりしないだろうか?

 ル・ブルトン家は富裕層に分類されるが、その分出費も多いはずだ。リリアンヌの育児にかかる費用もあるはずだし、カロルとセバスチャンという従者も雇っている。

 屋敷は大きく、手入れも行き届いている。家を維持するのは並大抵の金額ではあるまい。

 そしてまだ七歳であるリリアンヌはこの家の財務など教えて貰えないのだ。


 だがそんな心配は杞憂だったらしい。


「何、検査はセバスチャンがやる。すぐ終わるよ」


「そうなのですか?」


「検査用紙を背中に押し当ててある魔法を使うだけだからね」


 パッチテストみたいなものか。それなら何故わざわざリリアンヌの意思を確認するのだろう。

 そう問いかけると、一瞬の逡巡を挟んでジルベールが応える。


「……自分の適性を知る、というのは良いことばかりでもなくてね。

 望む適性がなくてショックを受ける子もいる。リリにはまだ難しいかもしれないが」


「そう、なんですか」


 無論、精神的には大人であるリリアンヌには理解できる。

 将来を強く標榜し、モチベーションの高い人であるほど、それが絶たれた時のショックは大きなものとなる。

 特に純真な子供であれば耐えられないことも多かろう。

 だが、そも将来何を伸ばすべきか模索している段階のリリアンヌにはメリットこそあれデメリットは薄い。


「リリは大丈夫です。お願いします」


「……本当に、リリは頭の良い子だなあ」


 末恐ろしいよ、とジルベールは笑った。





 翌日、応接間にてリリアンヌの魔法適性検査が行われた。


「ではリリアンヌ様。お手数ですが、背中を出して頂けますか」


「背中を?」


「はい。地肌に当てる方が正確な測定が行なえますので」


 未成熟な子供の適性検査はブレが大きく、なるべく正確な手法を取りたいのだと言う。気恥ずかしいが相手はセバスチャンだ。

 そっと上衣の袖を抜き、肌着姿になる。


「失礼します」


 後ろからセバスチャンがそっと肌着を捲り上げる。


「んっ」


 ひんやりとした外気が背筋を撫で、身体を震わせる。

 普段触れないところだからか、ひどくくすぐったい。


「では、検査を始めます。特に危険はありませんが、体調がおかしいと感じたら躊躇わずに仰ってくださいね」


 背中にざらりとした何かを押し当てられる。


「んっ……こ、これは?」


「検査用紙です。いきますよ。呼吸を楽にしてください」


 セバスが何事かを呟くと、用紙が熱を持ち始めた。呼応するように、胸の辺りも温かくなっていく。


「温かい……」


「心臓が反応しているのです。正常な証ですよ。……む」


「む?」


「いえ、お気になさらず。…………はい、終わりました」


 熱が離れていく。胸の温かさも徐々に引いていった。


「終わり?」


「ええ、これで検査は終わりです」


 検査用紙をぺらりと見せてくれる。何やら幾何学的な紋様やら見慣れない文字やらが描かれた、目の粗い紙に見える。


「今の検査で写り込んだ結果を読み解くことで魔法適性や魔力量が観測できるのですよ」


「へえ……」


 もしかして、それは高度な技術なのではなかろうか。身体を動かさずして身体能力を測るようなものであろう。


「じいや、結果はどうですか?」


「ふむ……これは驚きです。薄々感じてはいたのですが……」


 改めて検査用紙を見せられ、ある箇所を指し示す。


「ここが魔力量とその出力」


 指をずらし、また別の箇所を示す。


「ここが、適性の高い属性を示しています」


 魔力量のところは意味の分からない模様になってて判読できない。適性の高い属性、とやらは歪な円形を描いているように見える。


「どういう結果になったのですか?」


「簡潔に言えば、リリアンヌ様は魔力量が非常に多い。そして属性適性が広範に渡っておりますので、多種多様な魔法を習得できるはずです」


「魔力が多くて、適性が広い……のは良いことですよね?」


「勿論で御座います。リリアンヌ様は優れた魔法の才能をお持ちということです」


「やった!」


 両の拳を握り、歓びを表す。才能があるということはより色々なことを学べるということだ。あって困るものではない。


「とはいえ、これはあくまで適性の話。実際どの程度扱えるかはリリアンヌ様次第で御座います」


「はい、頑張ります!」


 勉強すれば報われると解っているのなら何も迷うことはない。


「ありがとう、じいや!」


「いえいえ」


「お父様とお母様に知らせてきます!」


「いってらっしゃいませ。大層お喜びになるでしょう」


 応接間を飛び出してリリアンヌは廊下を駆け……ずに早足で歩く。もう良い歳なのだから慎みを覚えねば。それでも喜びから足を速めてしまう。

 早く教えて、喜んで欲しい。

 その一心でリリアンヌは廊下を歩いていった。




 応接間に残されたセバスチャンは片付けながらちらりと検査用紙を眺める。


「これほどとは」


 魔力量が非常に多く、適性が広範に渡っている。その説明に嘘はない。

 彼女は天賦の才を持って生まれた。魔力量や属性適性は、心身の成長によって広がることはあれど滅多に下がることはない。

 セバスチャンが危惧するのは、才能の低さではなく……高さだった。


「あまりに……持ち過ぎている」


 優秀、どころではない。

 彼女の才は齢七つにして、一般の『優秀』を大きく逸脱していた。

 この簡易検査では測定限界に達してしまう魔力量。

 ほぼ全分野に渡ると言っても過言ではない属性適性。


「天才」


 紛れもなく、リリアンヌ・ル・ブルトンは魔法を極めるべく生まれている。

 だがセバスチャンは仕える者の喜びと同時に、不安も抱いている。

 才覚は……ときに幸福を遠ざける。

 大き過ぎる力は周囲を容易く動かし、環境を変える。当人の望む望まざるに関わらずだ。

 セバスチャンは、リリアンヌの幸福をこそ第一と考えるし、その為の努力を惜しむつもりはない。

 それでも、彼女の選択次第では……


「リリアンヌ様……どうか、道を違えられませぬよう」


 セバスチャンはそう祈らずにいられなかった。








すごーい!きみは魔法が得意なフレンズなんだね!

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