第33話:弱き者、強き者
強い人間だ、と白竜は感嘆した。
魔力の波動は強く使い慣れている。
武技はまだ荒削りであるが、こちらを格上を知ってなお躊躇を見せぬ思い切りの良さがある。
武具も良いものを使っているようだ。
そして何より、あの手この手で勝利条件を満たそうとしてくるのが良い。
白竜は、一撃を見舞えと言った。
竜の魔力は人の魔法を通さず、鱗は人の刃を通さず。彼女が竜の心臓を射抜くことは不可能である。
故に当てよと言った。それを彼女は全力で達成しようと策を練ってくる。
彼女の魔力が人としては相当に強いのを、白竜は理解している。
それほどの力があれば大概の相手は力押しで片付くだろう、とも。
しかして彼女は慣れている筈の力押しをきっちり封じ、唯一上回っている速さと小回りで勝負を仕掛けてくる。
好ましい。
故に竜は正面から応じる。
策を弄するのは下位者のやることだ。力のままにこれを迎え撃つのが上位者の振る舞いだ。
白竜は水の壁へと倒すように動かす。突撃を仕掛けてくる彼女を真っ直ぐ飲み込むように。
同時に横幅を広げる。横から回り込めぬように。
莫大な水量が彼女に覆い被さり―――――影を呑み込んだ。
そして、決着の時が訪れる。
『………クハハ』
砕けた水の壁を見て、竜は笑う。
面白い。これだから人との争いは面白いのだ。
あまりに脆く、弱く、短命な人類。
あまりに弱すぎる彼らが、死力を尽くして竜に挑む様はいつだって面白くて堪らない。
『ああ、堪らぬ。堪らぬなあ』
首をもたげて視線を落とす。
『ああ―――――人の子よ。楽しい時であったぞ』
竜の眼の先には、一人の少女。
膝を突き、肩を上下させ、しかしてその手に握られた剣は―――竜の鱗に浅く刺さっている。
『よくぞ力を示した。貴様の勝ちだ、人の子よ』
死んだかと思った。実際、実は死んでいるのではないかと未だに疑っている。
震える手で剣を抜きながらゆっくりと立ち上がる。
『よくぞ力を示した。貴様の勝ちだ、人の子よ』
「ありがとう、ございました……」
満身創痍のリリアンヌと、鱗に軽く剣先が刺さっただけの白竜。
それでも勝利条件を満たしたのはリリアンヌの方だ。
ふらりを頭を揺らし、尻餅を突く。
「痛っ……」
『クハハ、締まらぬ姿だ。……しかし人の子よ、最後に何をしたのだ。どうにも見えなかったものでな』
「見えませんでしたか……それは、上手くいってよかった」
『とは?』
リリアンヌがやったことはシンプルだ。
正面は厚い水の壁。横幅は広く、回り込んでも魔力操作で阻まれる可能性は高い。
そして強引に水の壁を突破したところで、魔法を使ったリリアンヌの目の前にいるのは高い身体能力を持つ竜。
その爪を凌ぎながら一撃を入れるのは不可能に近い。
だから。
「地面を蹴って、天井を跳ねて、貴方の目の前まで飛んできました」
『天井を?』
竜は首をもたげて見上げる。
天井の一ヶ所に、表面が砕けてぱらりと破片が落ちている場所が確かにあった。
『我の目には捉えられなかったが』
「自分を風の障壁で覆って、風と火で思い切り吹っ飛ばしましたから……自分でもどうやって飛んだのか殆ど見えてません」
さながら跳弾するように、白竜の目の前まで自分を撃ち込んだ。それが全てだ。
竜がそれすら見切る動体視力だったらアウト、その衝撃にリリアンヌが耐え切れなくてもアウト。
通るかどうかは運に任せるところが大きかったが、博打に勝ったのはリリアンヌの方だった。
『自身にすら扱いきれぬ速度で挑むか。成る程、面白いものよな』
「それで、結果は……」
『先程言った通りよ。人の子よ。我に一太刀入れた対価として、我の遊びに付き合った褒美として、そこのモノを好きなだけ持って行くが良い』
大空洞の片隅を首を振って指し示す。そこには、十数本の牙と思しきモノが無造作に転がっていた。
『我も元は獣だ。習性として手入れはするのだが、使い減りはしなくてな……生え変わってはああして捨て置くしか出来ぬ』
「そんな産業廃棄物みたいな……」
もしかしたら山中に竜の牙やら爪やらが埋まっているのだろうか。探す気にはならないが。
「では、遠慮なく頂いていきます」
『うむ。また欲しくなったら来るがいい。暇潰しに付き合ってくれれば分けてやろう』
「こんな命懸けの買い物は二度とゴメンです」
『楽しんでいるようにも見えたがな』
からかうような口調の白竜に、はいはいと適当に返事を返しながら爪と牙を検分する。
試しに魔力を通してみれば、驚くほどすっと馴染んだ。物理的な強度は言うまでもない。
これならば不足は無いだろう。
一度洞穴の入り口近くまで戻り、背嚢を持ってきて素材を詰め込む。
「では、有難う御座いました。お世話になりました」
『何、要らぬ物を分けてやっただけよ。こちらも良い暇潰しになった。次までに対策を練っておくとしよう』
「ほんともう二度とやりませんからね……!」
妙な親近感を覚えつつ、しっかりと頭を下げて洞穴を去る。
二度と御免な戦闘であったが、有意義ではあった。
リリアンヌにとって魔法的・肉体的に格上との戦闘は貴重だ。対勇者に使える戦術もあるかもしれない。
やらないと言いつつ、また来てしまうかもな……と心中で苦笑するリリアンヌであった。
余談であるが。
城塞都市の研究者は、リリアンヌが持ち込んだ竜の牙を鑑定して卒倒したとか。




