第30話:ハンター・クエスト
「無茶苦茶言いよるな、お前さんは!」
「必要なものなので要請したまでです」
オーランド公爵家のお膝元、城砦都市カステールの一角。
王国一と謳われる鍛冶屋がそこにある。
その主人。いつも難しい顔で徒弟を睨んでいる初老の男は、口角に泡を飛ばしながら叫んでいた。
「筒はできる、機構も組める。だが弾は出来ん」
「出来ないのですか?」
リリアンヌは訝しげに問う。
一番のネックと思われた発射機構は、オーランド公お抱えの術者とこの鍛冶屋の設計で、早々に目処がついた。
だが鍛冶屋の主人は、弾が量産出来ぬと言う。
「ただの小さい鉄球なら十でも二十でも作ってやらあ。ただ摘むような大きさで、術式も刻むとなると……」
「技術的に難しいと?」
「いんや、別にそんなこたあねえ」
では何故出来ないと言うのだろうか。
「難しいのは加工じゃねえ、原料だ」
言うのも嫌だ、という顔をしながら、作業場の端に転がった屑鉄を拾い上げる。
「ただ飛ばすだけだ、ってんならこういう適当なもんを溶かして固めて終わりだ。
だがその弾は術式を刻むんだろう。―――嬢ちゃんも魔法使うんなら知ってんだろ?」
「ええ、分かります」
鍛冶屋の主人が言うのは、金属と魔法の相性に関わるものだ。
総じて、金属というものは術式の媒体として相性が悪い。刻めなくはないがそこらの木石より余程効率が悪くなるのだ。
ジルベールの握っていた宝剣も、両親から授かった短剣も、これらは媒体として好相性の宝石を嵌め込み、かつ比較的マシな金属を剣身に使うことで収束具としての機能
を得ている。
故に高価で、製造も難しい。
「術式刻んで飛ばすなら、石を削り出した方がまだ良い。
……それのケツを爆破して飛ばすんでなけりゃあ、な」
術式との相性を考えると、今度は素材の耐久性が問題になってくる。
銃というものは、密閉した空間で爆発を起こし、そのエネルギーをもって弾体を飛ばす。故に弾体には相応の耐久性が求められる。
削り出した石に強い衝撃を与えれば、砕けるのは必定。岩石は硬いが、存外衝撃に弱いものなのだ。
「魔法との相性が良く、かつ熱や衝撃に強い、それなりの量が手に入る素材ですか……」
「伝説の魔導鉱でも持ってくりゃ万事解決なんだが」
そんなもん使い捨てたくねえな、と肩をすくめる。
伝説の魔導鉱。御伽噺に語られる、宝石を上回る収束率と鋼を上回る硬さに柔軟さを持ち羽のように軽いという。
そんなものが使い捨てられるほどあったら世の鍛冶師は廃業だ。
魔力をよく通し、頑丈な素材。
そんな都合の良い代物があったろうか。
「ま、ひとまず筒と機構は作り始めとくぞ。……出来はするが簡単なもんじゃねえんだ、仕上げも含めて一昼夜は貰うぜ」
むしろそれだけで出来るのか、と驚きを覚える。
銃器というものは見た目以上に複雑で繊細な、先進技術の複合体だ。手作業で、しかも初めてで軽々と作れるものではないはず。
それを一昼夜で作ると豪語するのは、流石に王国一と名高い鍛冶師ということか。
「分かりました。ではこちらは使えそうな素材を見繕ってきます」
「おう、行ってきな。素材さえありゃあ加工してやっからよ」
ひらひらと手を振りながら、金属の山に向かい合う鍛冶屋の主人。一礼して、リリアンヌは早足に外へと出ていく。
曲がりくねった通りを抜ければ、人でごった返す大通りに出た。
開戦直後ということもあってか、仕入れや卸しに奔走する商人達でごった返している。
興味半分にそれらを眺めつつ思考を回す。
必要なのは、最低限の魔力収束率と十分以上の強度を持つ素材。
入手難度に関してはこの際ある程度無視しよう。
まず金属類であるが、これに関しては鍛冶屋が出来ないと言った以上あまり期待できないだろう。
彼は金属の専門家であり、彼が知らぬものを自分が見つけられるとは到底思えない。
となれば非金属、つまり樹木や岩石、生物などの素材が候補に挙がる。
特に樹木や生物由来の素材は、生命に近いということもあり魔法との相性も良好なことが多い。術式触媒としては主流だ。
ただやはり耐久性がネックになる。
金槌で叩いても容易に砕けぬような、そんな素材があれば良いのだが。
故にリリアンヌは、ヒントを求めてもう一ヶ所の方へ向かう。
「耐久性があって、魔法との相性が良い素材ですか?」
オーランド公の屋敷に併設された魔法研究所、その一角にリリアンヌは訪れていた。
先程話し合った鍛冶師と、ここの研究所が銃の設計図を引いてくれたのである。
研究所ならば素材についてのデータがあるのではないかと考えたのだ。
「はい。鍛冶師曰く、弾丸として使えるような素材に心当たりは無いそうで……」
「ふむ……彼の人で分からないとなれば、冶金以外のアプローチになるでしょうが」
流石は研究者、話が早い。
「となればアレしか無いのではないかと」
話が早すぎる。
「そ、そんなにあっさりと?」
「ええ。条件が非常に限られてますので」
事も無げに言い切る。
「ですが今は在庫が無いのです。入手にも手間がかかりますし……」
「それはどんな素材なので?」
実はですね、と前置きをして。
「魔力との親和性は、それがどれだけマナと交わってきたかによる部分が大きいのですが」
「ほう」
「樹木や生物に由来する素材が魔力に馴染むのは、それらがマナや魔力を常日頃から取り込んでいたからなのです。
既に取り込むための、回路のようなものですね。それが構成されているから、加工しても魔力を通しやすいわけです」
「では、鉱物が魔力と馴染まないのは?」
「あれもある意味ではマナと親和しているのですが……長年地中にて土のマナで固められたものですので、ガチガチになってしまって。
魔力を通す隙間のようなものが非常に狭いのです」
樹木がスポンジなら、鉱石は氷。通すには骨が折れるということになるか。
「では、宝石は? あれも鉱物ではあるでしょう」
「宝石は特殊でして、あれはある種のマナの固形化なのです。
太古にあった樹木や生物の欠片が、長年マナを取り込み続けて結晶化したのが宝石と呼ばれるものでして。
そのマナに呼応する属性であれば、高い親和性を示すのですよ」
「なるほど……」
何が魔力と馴染み、何が馴染まないのかという知識は持っていたが、その理由まで詳しく調べたことはなかった。勉強になる。
「と、話が脱線してしまいましたね」
得意の分野であるからか饒舌になった研究家は、頬を赤くして咳払いをする。
「頑丈であり、日頃からマナや魔力に触れている素材が適切というわけです」
「日頃から、魔力に触れている……」
「リリアンヌ様であれば見たことがあると思いますよ」
見たことがある。日頃から魔力に触れている素材。リリアンヌであれば。
「私の腕?」
「……ちょ、ちょっとそれは素材に使い難いですね……当たらずとも遠からず、なのですが」
引き攣った顔で難色を示す。
「けれど日頃魔力に馴染んでいる、という意味では間違っていません。魔力を持つ生物は魔力に高い親和性を示していると同義ですから」
「魔力を持つ生物、と言いますと……」
思い当たるものがある。
リリアンヌが日常的に見かけているもので、魔力を持つ生物と言えば。
同意を示すように研究家は頷いた。
「はい。―――魔獣の骨。これならば強度と魔力収束率を両立できるかと」
なるほど、硬くて衝撃に強く、日頃から魔力に馴染んでいる素材だ。しかし疑問も残る。
「魔獣ならば日頃から狩られているでしょう。何故在庫が無いのですか?」
「ええ、魔獣の素材そのものはあるのですが……リリアンヌ様の望む高品質の素材となると不足なのです」
「と、言いますと?」
「相応に力を蓄えた大物の魔獣。その骨でなければ弾体には不足かと」
次に出回るのはいつになるやら、とぼやくのを見るに相当な大物を想定しているのだろう。
それこそ年に数度といったペースでしか狩られないレベルのものを。
しかしそうと分かれば話は早い。
腰の剣を揺らしてリリアンヌは笑顔で礼を言う。
「ありがとうございます。では、狩ってきますね!」
残り、二十日。




