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その元・男、現・貴族令嬢にて  作者: 伊賀月陰
第一章:失ったもの、失わなかったもの
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第28話:前装式ライフル

異世界転生したら一度はやってみたいこと。



総合PV40,000突破ありがとうございます。今後とも宜しくお願い致します。



「―――――という方法であれば、勇者討伐は可能かと考えます。

 綱渡りであり、犠牲が出る可能性もありますが、成功すれば損耗は最小限で済むかと」


 リリアンヌは、渾身の策を語り終え大きく息を吐く。

 戦に慣れた司令部の面々からすれば、リリアンヌの策は拙いもので机上の空論にも近いであろう。細部を詰めるのは彼らに任せればいい。

 さて反応は、と視線を上げてみれば。


「あ、あー……恐らく、それで勝てると思う。皆はどうかな」


「うむ……勝率は高いのではないか?」


「実現への課題はあるが、現実的な策であると考えるが……」


 意外にも、口々に漏らす反応はどれも肯定的なものだ。しかし何故か表情は間の抜けたもので、端的に言えば。



 ――――引いている?



「その……実行にあたって問題がある点が幾つか」


「拝聴致します」


 司令部の一人、左端の男がおずおずと手を挙げて意見を述べる。


「まず勇者に相対するのが、リリアンヌ殿一人である点について。

 他の実力者と隊を組むか、随伴の兵を用意した方がいいのではないか?」


 一理ある。リリアンヌは頷き、答えを返す。


「足止め、及び討伐という目的ならばその通りでしょう。

 ですが、この作戦に置いて必須なのは”どれだけ時間を稼げるか”です」


「む……」


「数を並べたところで犠牲が増えるだけですし、実力者が複数いても同様でしょう。

 それに、勇者を抑えている間に他戦線を押し込まれては本末転倒です」


「だからリリアンヌ殿一人で行くのが適任と?」


「はい。私は一度交戦しており、敵手の癖や性質をある程度見ております」


 まさか勇者の手癖を暴く為に兵をぶつけるわけにもいかない。

 既に全力での戦闘を経験しているリリアンヌが行くべきだ。


「勿論、私としても対策は十全に行うつもりです。装備や器具の用意に関しては軍部の皆様を頼る他ありません」


 オーランド公を一瞥すれば、応じるように彼が頷く。


「対勇者については王国軍としても最大の警戒をもって当たるべきだ。討伐作戦への予算投入は惜しまない」


「その装備、器具に関してですが」


 別の男が手を挙げる。


「先程挙げた、その……必要な武器について。それは即座に開発可能なものなのか?」


「恐らくは、という前置き付きですが」


 作戦の要であるもう一つ、必要な武器。

 それはリリアンヌにとっては常識で、この世界に於いては未だ開発されていないもの。


「小型の火砲―――それも携行可能で、魔法を使用しないものとは」


「正確には魔法の反応が極小で、隠蔽可能であるものです」


 この世界における火砲は、主に拠点防衛用の魔導大砲であり、携行可能な銃火器は調べた限り開発されていない。

 魔法による攻撃が当たり前なこの世界では、携行が容易な小型火器の需要があまり無いのだろう。


 魔導大砲が実用化されているのは、それが複数人の魔力を集めて発射できる大火力の武装であるからだ。

 魔力の少ない者でも、複数人で使用することで熟練の魔法使いに匹敵する射程・範囲・威力での魔法攻撃が可能となる。

 しかし相応に大型かつ複雑であり、隠蔽性も非常に低い。拠点防衛か、攻城戦程度にしか運用できないものだ。


 リリアンヌが提唱する小火器はその真逆。

 魔力の少ない個人が携行する武器で、火力を半ば捨てて隠蔽性と射程に特化したもの。


「小さな消耗品の鉄弾を使用し、魔力の使用は発射機構のみに限定する。

 ……その構想は理解出来るが、目的に対して求められる機能が複雑過ぎやしないかね?」


「その意見には同意します。兵士に配備するにはあまりに高コスト、しかも威力は低い」


 少なくともこの世界の工業力では、銃の量産・配備など当面望めない。


「しかしこの作戦の実行には、魔法の発動を感知させず、かつ視覚外から致命の一撃を撃ち込む手段が必要なのです」


「弓矢では駄目なのかね?」


「矢玉の速度が足りません。かの勇者は私の剣戟を”視認してから剣を抜いて”受け止めました。反射速度・行動速度共に異常の域にあります」


「それは、また……難しいな」


「はい。魔法を使えれば可能なのですが、相手は手で触れただけで魔法を無効化します。攻撃そのものは非魔法型にしたい」


「だから新しい武器か……まあ、理由は分かった。具体的にはどう作る?」


「構造としては、発射時に用いるエネルギーを無駄なく活用する為、金属製の筒を中心としたものになります」


 原則として必要なのは、飛ばす弾体。エネルギーを伝える銃身。そして発射のエネルギー。

 本来ならば火薬の開発から始めるのだろうが、幸いにしてこの世界には魔法がある。

 『物体を飛ばす』という手法についてハードルは低いはずだ。


「中核となる頑丈な金属の筒に、同じく金属の弾体を詰めます」


「吹き矢のような構造だな……」


「原理的には同じです。これを、魔法の……こう、何か良い術式で飛ばします」


「急に曖昧になったぞリリアンヌ殿」


 致し方ない。必要な機能や構造は理解できるが具体的な方策まではすっと出てこない。

 さて何を使ったものか。思い悩むリリアンヌ。

 解決への道筋を示したのは、司令部の一人だった。


「弾体を使用するという違いはあるが、構造は魔導大砲に近いものと感じる。流用できるのではないか?」


「魔導大砲の構造というと……」


「刻み込まれた術式に対して魔力を通すことで魔法を形成、発射するというのが基礎構造だ。

 これを筒の後部に発生するようにすれば……」


「風、ないし爆発により弾体を飛ばすことが出来るか」


 やはり軍事の専門家。為になる。

 負けじとリリアンヌも案を出していく。


「弾体は、投槍と同様に、回転した方がより安定するでしょう。精度向上の為に安定した飛翔を実現したいところですが」


「術式に組み込んでもいいのだが、あまり大規模なものだと当初の目的である隠蔽性が薄れるな。かといって回転か……」


「予め弾体に術式を刻み込むというのはどうだろう。小さな物体を回転させるだけなら魔力消費はごく僅かで済む筈だ」


 議論は迅速かつ有意義に進行していく。

 しかし微に入り細を穿つ議論であってもやはり論は論。限界は来る。


「これ以上は机上の空論になりかねんな……リリアンヌ殿、この話は王都に伝えて、鍛冶師や術師に試作させる。

 君も同席して欲しいのだが、構わないかね?」


「無論で御座います。是非とも。……あ、いやしかし数日待って頂けますか?」


「構わぬ。執務の都合かな」


「はい、それと―――少々、用事がありまして」


 むしろこちらの方が重要だ。

 リリアンヌの視線が向かう先には……前線、そして国境がある。

 準備にどれだけの時間が得られるのか、確認をせねばならない。




 帝国の勇者への足止めが、必要だ。






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