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その元・男、現・貴族令嬢にて  作者: 伊賀月陰
第一章:失ったもの、失わなかったもの
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第27話:対策会議





 レオナルドは奮闘していた。

 未熟なその腕を全霊で振るい、重ねた経験を総動員して敵手を殲滅せんとしていた。

 敵は一つ一つは弱く小さくも、数で押し込んでくる。

 かと思えば不意に大物が来て行く先を阻む。

 レオナルドは一手一手を違わぬよう処理しつつ、ぼやいた。


「なんだこの書類の山は……!」


 戦地とは執務室。敵手とはこれ執務である。

 文官であるレオナルドには本領なれど、補佐もなく一人で片付けるには些か骨の折れる量だ。

 とはいえやらねば終わらず、レオナルド以外にやれる者もいない。

 頭を整理する為に思考を口から漏らしつつ、書類に向かう。


「通行証の発行……糧食の供出……これは免税の申請? リリアンヌに確認を取るか」


 領主の元まで挙げられる書類は、多くが形式的なものだ。

 いざという際に確認を取る為の備え。書類に不備が無ければ機械的に通していいもの。

 但し一部には、領主が直接検討せねばならないものもある。

 領主本人であればそのままチェックして通すのだが、生憎とレオナルドは責任者ではあれど領主ではない。

 リリアンヌの承認が必要だった。


 しかし屋敷の主であるリリアンヌは不在だ。今は机の隅に積み上げるしかない。

 彼女は彼女の仕事をしている。自分は自分の仕事をしよう。

 レオナルドは残り半分を切った書類の山に果敢に挑みかかった。







「端的に申し上げまして、この戦争は『帝国の勇者』を如何するかの戦争です」


 発言を求められたリリアンヌは、開口一番そう言い切った。


 ここは国境近くに張られた王国軍の前線基地、その司令部。並んでいるのは軍部でも指折りの猛者ばかりだ。

 それを統括するオーランド公は、リリアンヌの言葉に眉を顰めた。


「それほどのものか、勇者とやらは」


「おとぎ話の龍でも相手にしている気分でした」


「具体的には?」


「人外の膂力に異常な反応速度。魔法の無効化。自在に動く鎖。地平線まで届く謎の光線。

 そしてこれは推定ですが、隠れ潜む者を見つける手段があるようです」


「冗談かね?」


「私が確認出来た範囲ではこれだけです。夢で無ければですが」


 リリアンヌの真剣な目に、ひとまずといった風に内容を斟酌する司令部の面々。

 右端の一人が手を挙げる。


「鎖、と言ったか。射程はどの程度ある?」


「確認出来た範囲では、踏み込み数歩。

 それ以上まで届く可能性も十分ありますが速度は大したことがありませんでした。

 十分な間合いがあれば躱せるでしょう」


「魔法が無効化されるというのであれば、槍剣の間合いまで入り込むか、魔法以外の手段で攻撃するしかないな。

 となると懸念は謎の光線とやらだが……防げそうか?」


「個人では無理と断言してもいいかと。城砦であれば分かりませんが、敢えて受けるのは危険と判断します。

 加えて、あれは魔法ではありませんでした」


 リリアンヌ以外の全員が息を呑む。魔法ではない、ということはつまり。


「魔法の発動妨害は通じない……と? しかし魔法でなければ何だというのだ」


「……………加護、か」


 渋い顔でオーランド公が口を開く。


「加護、神の恩賜。選ばれし者だけが扱えるという……帝国の勇者がそれだと?」


「何の神だか分かったものではありませんな。邪神か、悪魔か」


 話は一気に御伽噺の域へ。

 しかし各自の口調は決して冗談交じりのものではない、真剣そのものだ。


「となれば、対魔法防御も何処まで有効か分かったものではない。

 ……リリアンヌ殿、その光線が放たれた時の所感を聞きたい。

 主観的なもので全く構わない。印象もだ」


「あ……はい。帝国の勇者が手に持った剣を振り上げると、虚空に光の球のようなものが現れまして、

 何やらを唱えると、その光の球が光線となって放たれたのです。

 空間ごと消し飛ばすような……そう、マナが一瞬希薄になるような感覚を覚えました」


 曖昧な表現が多くなるが、何分その時はなんとか避けようと必死だった。細かく観察している余裕などない。

 それでも、リリアンヌの所感を聞いた司令部の面々はそれを元に喧々諤々と語り始める。


「マナごと消し飛ばしている場合、魔法による防御は悪手ですな」


「同感だ。となれば撃たせないのを念頭に置くべきだ。詠唱らしきものが必要ならば、それを妨害する手段はないか?」


「しかし反射速度も優れているのでは、難なく迎撃される可能性も―――」


 ぽかんと呆気に取られているリリアンヌを見て、オーランド公が大きく笑った。


「なんだ、与太話と思われるかと考えていたか?」


「その……正直に言ってしまえばそうです」


 あまりに荒唐無稽、子供の考えるような無敵のキャラクター。

 それをするっと飲み込まれて検討されているのは、語ったリリアンヌからしても不思議だ。

 オーランド公は一つ頷いて。


「まあ、中身だけならそうだ。常ならこんな与太話は信じず、斥候でも送り込んでいるところだ。しかしだな」


 リリアンヌが腰に刺した宝剣に視線を投げつつ。


「ジルがやられている。そしてジルの忘れ形見がそれを語っている。俺たちが信じるのは、それだけで十分よ」


 その言葉に司令部の面々も相好を崩して軽口を叩く。


「そうそう、あの副隊長がやられたってんだ。そりゃあ怪物に決まってる」


「俺ら一本も副隊長から取れたことねえからな。隊長からは一本だけあるんだが」


「ありゃサービスに決まってんだろ、今ここで再戦するか小僧」


 ひいい、と戯けたように悲鳴を挙げる。

 慕われていたのだな、と目頭が熱くなる。


「だからさ、その娘さんが言ってるっつーんなら俺らには真実なわけよ」


「まあ書類上はそれっぽく推測混じりに書いておくがな」


「虚偽を交えたら容赦なく差し戻すからな貴様ら」


 了解、と元気な返事が響く。


 リリアンヌは知らず知らずの内に口元が綻んでいた。

 父は死んだ。

 しかし、父が築いた友人関係も、その功績も、消えたわけではないのだ。

 死して尚遺るものが、今リリアンヌの助けになっている。

 形見の宝剣、贈り物のマインゴーシュをそっと握り締める。


「皆様」


 意を決して口を開く。


「勇者討伐について、思いついたことがあるのですが―――」





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