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その元・男、現・貴族令嬢にて  作者: 伊賀月陰
第一章:失ったもの、失わなかったもの
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第24話:レオナルド来訪

間もなく3万PV達成。

ありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。






 馬車に揺られながら、レオナルド・オーランドは困惑していた。


 まず一つ目に、父が飛ばしてきた早馬に『私財一式を持ってル・ブルトン邸まで来い』と命じられて飛び出してきたこと。

 二つ目に、その早馬に同時に『縁談が纏まったから今すぐ婿入りしろ』と唐突過ぎる追伸がついていたこと。


 レオナルドは齢二十一。今年で二十ニになる。

 公爵家の縁談としては遅いと言わざるを得ない。

 位の高いほど婚約者は早々に決まるもので、現に長兄は物心ついた頃には既に許嫁がいた。

 その下の兄達も既に妻を持ち各地で責務を果たしている。


 レオナルドの縁談が纏まらなかったのは、相手がいなかったせいではない。

 末子とはいえ公爵家の男だ。家格の為に寄ってくる女性は幾らでもいる。中には、自分などには釣り合わないのではないかという才女もいた。

 その全てを、父が突っ撥ねたのだ。既に相手がいる、と。

 当然ながらレオナルドはその相手のことなど聞いたことはない。


 そして周囲に訝しみの目を向けられながら実家で仕事を手伝いながら過ごし続け、今に至る。


「まさか、とは思うが……」


 この二つの命令から察するに、縁談の相手は目星がつく。

 ル・ブルトン男爵家の一人娘、リリアンヌ・ル・ブルトン。

 レオナルドとはこの六年間文通を続けた仲である。

 歳はレオナルドより五つも下だが、出会った当時からレオナルドが舌を巻くほど芯のしっかりした少女だった。

 一年に一度の社交界で、出来の良い妹のような彼女の成長を直に見るのがレオナルドの楽しみだ。


 リリアンヌという少女の底無しの知識欲に触発されて、レオナルドも勉強を続け、そこらの文官にも恥じぬ学を得ている。

 剣も魔法も一流だという彼女と比べたら、ひょろっこい草のような自分では釣り合うまいが。

 彼女ならば、と父が認めたならば頷ける。

 しかし疑問もある。


「何故、今……?」


 イーストエッジ王国はつい先日の帝国軍侵入を受け、本格的な交戦状態に移行しつつある。

 父もそれを受けて飛び出していったばかりだ。

 ル・ブルトン領は国境の目と鼻の先。いわば最前線のはずで、リリアンヌもその家族も忙しい身であろう。

 そこに、縁談だから来いというのは変な話だ。彼女を後方に下げるならともかく―――


「失礼致します、レオナルド様。少し宜しいでしょうか」


「ん、なんだ?」


 御者の問い掛けに思考を中断する。


「本日中に到着の予定ですが、少々空模様が怪しくなってきております。速度を上げて到着時刻を繰り上げたいのですが、許可を」


「僕はそういったことに疎い。君の判断に任せる」


「畏まりました。では暫し揺れますので御注意を」


 御者が顔を引っ込めてから暫く後、馬車が速度を上げた。

 造りの良い馬車であるから速度を上げて尚、内部は快適だ。

 つくづく自分は家に助けられているな、と自嘲しつつ、レオナルドは目を閉じた。











 幸いにも、雨が降り出す前にル・ブルトン邸に到着することが出来た。


「お待ちしておりました、レオナルド様」


「ああ、久しぶりだねリリアンヌ」


 レオナルド一行をリリアンヌが迎え入れる。


「積もる話も御座いますが、まず荷物を運び込んでしまいましょう。

 一時の置き場は玄関近くに一室用意しておりますので、降り出す前に。荷馬車は?」


「一台、そこに。―――よし、手早く済ませるぞ。荷物置き場を用意して下さっているから、降り出す前に終わらせてくれ」


 レオナルドの指示を受け、従者達が動き出す。

 荷馬車から木箱を降ろしては、リリアンヌの案内する部屋の隅に積み上げていく。

 比較的小さめで、しかし見た目よりも重いそれは。


「書物ですか?」


「うん。僕の私財と言えばそういったものばかりでね」


 本の虫であるレオナルドは、机仕事で貰った給金の殆どを文献や研究書の購入資金に当てていた。

 ちょっとした書庫が作れそうな量のそれは、レオナルドにとって金額以上に大事な趣味の物だ。

 処分するのも憚られ、こちらまで持ってきてしまった。


 木箱の大きさと数を指折り確認していたリリアンヌは、申し訳無さそうな顔で。


「レオナルド様のことですからと、あるだけの書棚は用意しておりますが……これではとても足りそうにないですね」


「何、そうそう読み返さないものもある。書棚があるだけ有り難い。謝る必要はない。

 むしろ、説明もせず本ばかり持ってきたこちらの不手際だ」


 レオナルド側としても、その点に思い至らなかったわけではない。

 オーランド公からの連絡を受け、すぐに何日後の到着になる予定かは伝達していた。だからこうしてリリアンヌ側も受け入れ準備が出来ている。

 しかし予想以上に荷物が本だらけなのに気づいた頃には、出発までもう時間が無かったのだ。

 まさか『本がやたらと多い』ということだけを伝えるのに早馬を走らせるわけにもいかない。


「レオナルド様、荷降ろしが完了致しました」


「御苦労。リリアンヌ、厩舎は?」


「外に。―――ばあや、案内してあげて」


「承りました」


 すっと奥から出てきた初老の女性が、従者達を連れて外へ出て行った。

 残されたのはリリアンヌとレオナルドの二人。


「お食事の準備にはまだ暫し時間がかかりますので……先に、レオナルド様のお部屋へ御案内致します」


「ああ、頼む。ところで御両親は何処かな。早めに御挨拶をしておきたいのだが。前線の方に出ているのかい?」


 何の気もなしにそう問い掛けた瞬間、リリアンヌの肩がびくりと震えた。


「…………不在です」


「そうか」


 掠れた声でそう答えるリリアンヌに不審を覚えるが、続く言葉を拒絶するように背を向け歩き出したのでそれに随行する。


「――――――降り出したな」


 窓の外をちらと見れば、土にぽつぽつと水滴が落ちてきていた。

 水跡は一つ二つと増えすぐに数え切れぬ面となって地面を叩く。

 空を見上げれば分厚い雲。


 ……長い雨になりそうだな、と思った。








これは間違いなく悪徳令嬢。


※レオナルドの年齢に誤記があったため修正しました(8/13)

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