第23話:怪我人同士の顔合わせ
キーボードがイカレ気味なので少し執筆ペース落ちます。申し訳ありません。
「失礼します」
屋敷内の一室。ノックと共に入ればそこには寝台に寝転がったセバスチャンと、それを介抱するカロルがいた。
「おお、リリ様。よくぞご無事で……」
リリアンヌの姿を認めたセバスチャンはゆっくりと身体を起こそうとする。
「そっちの方が重傷でしょう。寝ていてくださいな」
「そうですよじいや。私はこうして、ちゃんと元気に帰ってきましたから」
右手を上げて軽く振ってみせる。
本当はまだ少し痛むのだが、そこは我慢だ。
「はい……それでは、このような姿勢で失礼致します」
「傷の調子は?」
「矢傷と、腕以外は問題なく」
「見せて」
右腕の断面には綺麗な包帯が巻かれている。ちゃんと定期的に付け替えているのだろう。
「熱はある?」
「少し、全身に熱を感じます」
「食事は?」
「今は麦と野菜でスープを」
菌が入って、発熱しているのだろう。栄養を取って休息すれば大丈夫だとは思うが心配だ。
「ばあや。なるべく果物を食べさせてあげて。多少無理にでも食べた方がいいので。医者の方は来ましたか?」
「王国軍の軍医の方が、昨日。薬も処方してくださいました」
ならば、リリアンヌにできることはもうあるまい。
「ちゃんと貰った薬を飲んで、しっかり食事を摂って、なるべく寝てれば治るから。
……これからもじいやにはバリバリ働いて貰うんですから、さっさと治してくれないと困ります」
「はは……老体に無理を仰る。ですが、リリ様のご命令をあらば早急に完治させねば」
額に汗を浮かべながら唇を歪めた。
いかにも辛そうだが、リリアンヌに出来るのはこれくらいだ。あとはセバスチャンの体力とカロルの看護に期待するしかない。
気分を変えさせる為、リリアンヌは本題を切り出す。
「じいや、ばあや。ちょっとした相談があるんですが、いいですか?」
「ばあやは構いませんが……こんな時に何か?」
「ええ」
なるべく気負わぬように、軽い口調で伝える。
「先程、オーランド公から縁談の申し出がありまして」
「――――――は?」
言われた言葉を理解出来ぬといった風の二人に、更に言葉を継ぐ。
「お相手は末子のレオナルド様だそうです。私としても良い話ですので、受けようかと思うのですが。
……あ、当面は婚約だけで、正式な結婚は情勢が落ち着いてからと心遣いも頂いています」
「は、はあ……オーランド公爵家との縁談ならば良い事だとは思いますが」
「ばあやもそう思いますか」
混乱した様子で表面的に同意するカロルに対し、セバスチャンはもう少し冷静だった。
「リリ様。先方はなんと?」
「なんと、とは」
「リリ様を嫁に迎えるのか、レオナルド様を婿に送るのかという話です」
病床にあってこの鋭さ。視線が僅かにぼんやりしているが、瞳の奥の光は揺らがずリリアンヌを見据えている。
「ル・ブルトン家への婿として、というお話です」
「…………でしたら、否やはありませぬ。ですがお分かりですかリリ様。
これから貴女様は正式に我々の雇い主に、領主になられるのですよ」
「外から領主を迎えるのでなければ、そうですね」
「迎えるのですか?」
「まさか」
ジルベールとシャルロットの形見だ。むざむざ譲り渡すつもりもない。
私怨が無いとは言えないが、個人としての愛着もある。嫡子としての責任感もある。
しかし懸念事項はあった。
「私には実務の経験がありません。ですから、じいやにはこんなところで倒れられては困るのですよ」
「……やれやれ。暫くは休めるかと思えば、忙しくなりそうですな」
口端を緩め、冗談めかした口調でセバスは戯ける。
それに合わせてリリアンヌも脅しつけるように語る。
「そうですよ。じいやは怪我が治ったらすぐお仕事の山ですからね」
「それは大変だ。なるべく引き伸ばして、このベッドでのんびり過ごしたいものです」
「まあ、それは器用なことを」
二人でくすくすと笑う。カロルは呆れたように、
「不謹慎ですこと。ほらリリ様、そちらも怪我人なんですから、さっさと部屋に戻って療養に専念して下さいな」
「あらまあ主人に対してその口の聞きよう」
「男爵だろうと公爵だろうとリリ様はリリ様です、ばあやの言うことは聞いて頂きますよ!」
「こりゃ敵いませんね。じいや、ばあや。それでは私は部屋に戻りますので、ごゆっくり」
跳ねるように部屋を後にする。
ぱたん、と扉を閉じて廊下を歩いていると、思い出したように脚がじくじくと痛んだ。
我慢していたのはバレバレだったらしい。
軽く目を閉じて全身の魔力循環を辿ってみると、やはり所々に滞りがある。
カロルの言う通り、今は療養に専念しよう。リリアンヌは私室への道をゆっくりと辿った。




