表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その元・男、現・貴族令嬢にて  作者: 伊賀月陰
第一章:失ったもの、失わなかったもの
24/72

第22話:ル・ブルトン男爵位






 目覚めの景色は見慣れた天井だった。


 物心ついた頃から毎日眺めている私室。

 使い慣れた寝床に寝そべったまま、何故こんな状況なのかぼんやりと思考を巡らせていると。


「起きたか?」


 横からかけられた男の声に身体を跳ね起こす。


「は――――ぐ、痛っ……」


 引き攣ったような痛みにじくじくと苛まれる。全身が緩く鑢にかけられるような痛痒。


「おお、無茶するな。傷は深くないが、まだ治ったわけではないぞ」


「貴方は……オーランド公?」


「久しいな、リリアンヌ嬢」


 寝床の横で椅子にどっかりと座っていたのは、鎧下を身に着けたオーランド公であった。


「何故こんなところに……私は、一体?」


「嬢らしからぬ問いだな。……まあ無理も無いか」


 渋面でオーランド公が答える。


「嬢は国境最寄りの農村で倒れていたところを回収されたのだ」


 その言葉に、記憶がフラッシュバックする。


 倒れ伏すセバスチャン。

 焼かれた農村。

 帝国の勇者との戦闘、完膚無きまでの敗北。


 そして―――


「敢えて聞きますが……父と母は」


「回収した。……………王国の民を守った英雄として軍葬させてもらうつもりだ」


 軍葬。

 王国軍によって正式に葬儀を行うということ。

 無言で俯いたリリアンヌに、オーランド公は労りの声をかける。


「もちろん君にも軍功褒賞が送られる予定だ。正式な授与は落ち着いてからになるがな」


「……申し訳ありませんが、結構です」


「駄目だ。受け取ってもらう。リリアンヌ・ル・ブルトン」


 オーランド公の強い口調に、ぱっと顔を挙げる。


「ジルベール・ル・ブルトン、シャルロット・ル・ブルトン、及びリリアンヌ・ル・ブルトン。

 この三名は身命を賭して帝国軍の第一撃を押し返した」


「いいえ、いいえ。少なくとも私はそうではないのです。私は惨めに敗北して、見逃されただけなのですから」


「見逃された? どういうことだ?」


 リリアンヌは事実を掻い摘んで報告した。


 ジルベール率いる部隊が壊滅し、重傷を負ったセバスチャンが屋敷に帰還したこと。

 冷静さを欠いたリリアンヌが単身農村へと向かったこと。

 不意打ちで農村の帝国兵を打ち倒すも、帝国の勇者と遭遇し実力差に敗北したこと。

 

「そして帝国の勇者は、動けない私を放置して帝国へと戻っていきました」


 かの勇者とやらが異世界出身であること、リリアンヌを同郷と知って去っていったことは黙した。

 神妙に聞いていたオーランド公は、報告を聞き終えると嘆息した。


「リリアンヌ嬢よ……自分のやったことを、本当に理解しているのかね?」


 勿論だ。


「はい」


 頭を僅かに垂れながら肯定すると、やはり分かっていないという風にオーランド公は頭を振った。


「その行いを軍功としなければ、一体誰が勲章を受け取れるというのかね」


「はあ……」


 勝手な行動をした上、さしたる結果も残せず自身の命を危険に晒したのが、軍功?

 帝国の勇者が撤退したことなら、あれは単なる気紛れ。天運の賜物だ。


「嬢の頭なら解ると思うがな。嬢が交戦してなかったらどうなっていた?」


 ジルベール率いる隊が壊滅し、王国軍先遣隊が到着するまでには暫しの空白。自身が帝国の指揮官ならば、その状況では―――


「帝国軍は要衝まで前進します」


「具体的には?」


「後続の本隊を前進させ、ル・ブルトン領を制圧。これを橋頭堡とします。

 それ以上進めば突出した先遣隊と王国軍の最先鋒が衝突することが予想されるため、第一撃はル・ブルトン領の制圧に留めると思われます」


「…………ジルベールから軍学の教育を?」


「触りだけですが」


 釈然としない顔で、まあそうだな、と同意する。


「少なくとも国境付近は制圧されていたと見て間違いない。

 だがジルベール隊及びリリアンヌ嬢が衝突した結果、帝国軍第一陣は崩壊。勇者とやらを残して壊滅している」


「結果論です」


「結果が最も大切だ。

 少なくとも、嬢の攻撃によって勇者率いる帝国部隊残党は全滅。勇者は後退。

 現在、王国軍本隊と帝国軍は国境を挟んで睨み合いを続けている」


 わかるか、と前置きした上で。


「嬢の行動によって、被害は大きいとはいえル・ブルトン領は守られ、王国は敵に領地を奪われることなく交戦状態に入れた」


 じわじわと理解が及ぶ。

 つまるところはこうだ。


「私が褒賞を受けることで、士気は向上する」


「実効としてはそうだな」


 それでいいや、という諦め顔で肯定された。


「失礼致しました。慎んでお受け致します」


「そうしてくれ。……さて、それでは少々辛かろうが、貴族としての仕事に移ろうか」


 軍事から政治へと話は移る。


「慣習に従い、これよりル・ブルトン男爵位はジルベールよりリリアンヌに移譲される。受けるか?」


「拝命致します」


「断るかとも思ったがな」


「父に遺された数少ない遺品です。それに、戦火に晒された故郷を放り出すのは嫌ですので」


 占領を避けられたとはいえ、村一つが焼かれているのだ。元々小さな領であるため影響は大きいものになる。

 戦後処理どころか、今すぐにでも対処に入らなければ民が飢える。


「そうか。困ったらいつでも言ってくれ。ジルの忘れ形見だ、協力は惜しまない」


「ありがとうございます。……申し訳ないのですが、早速困りごとが一つ」


「ん、何だ?」


「執務は主に父の仕事で、その補佐をじいや……セバスチャンが行っておりました。

 私はまだ軽く手伝いをした程度で、仕事の作法はその……」


 実務面もいずれ教わる予定ではあったが、リリアンヌは女性。

 婿探しの方に重点を置いていたし、それもまだ本腰を入れていない有様だった。

 領内の問題に何らかの対処を取ることは出来るが、帳簿の管理や封書のやり取りなどの実作業はとんと分からない。

 常ならばその点を補佐してくれるであろうセバスチャンはまだ動けまい。


「政務か。それは経験者を宛がうべきだろうが、男爵の補佐ができて信頼できる筋の実務経験者となると中々思い当たる節が―――」


 ぴたりとオーランド公の口が止まる。


「何か?」


 アテがあるのか、と食い付いてみるが、返ってきた答えは予想外の言葉だった。




「リリアンヌ嬢。―――――婿を取るつもりはないか?」








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ