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その元・男、現・貴族令嬢にて  作者: 伊賀月陰
序章:転生令嬢、その華麗なる幼少期
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第1話:元男、現女の子



 二度目の生誕は、なんとも苦しいものだった。


 安寧の揺り籠から強引に押し出され、温かな羊水ではなく冷たい大気で呼吸をせよと強要される。それはもう泣き叫ぶしかなかろう。


 初めて見た景色は今世の母親の笑顔。慈母の如き、とはまさにこのこと。

 ただ事あるごとに私を抱き上げて振り回すのは辟易した。こちとら腕にしがみ付くことも出来ぬ無力な赤子なのだ。

 乳母にきつく叱られてからは無理な抱き上げをせず、優しく抱き締めてくれるようになった。母の胸元というのは存外安心するものなのだなと思う。父親の硬い腕と厚い胸板ではこうはいかない。髭も痛い。


 すくすくと育ち、一歳を迎える頃。

 まだ幼児ではあるが、猿そのものな赤子時代を乗り越えだいぶ人間らしくなった。手足は不器用ながらちゃんと動くし、不安定ながら歩くこともできる。


「リリ様、あまり遠くに行っちゃいけませんよ」


 まだ喋ることは出来ないが話しかけられる言葉を解することはできるようになった。

 自分はどうやらリリアンヌと名付けられたらしい。リリアンヌ・ル・ブルトン。父親はジルベール、母親はシャルロット。

 垣間見える文明レベルと生活レベルを鑑みるに、それなりの地位を持つ家であるようだ。飢えず乾かず、教育すら受けられる富裕層。なんとも幸いなことだ。


「あー、お」


 乳母に振り向き、返事らしき言葉を返すとにっこり笑顔を返された。皺の入った年配の顔が心強い。漏れ聞こえる会話を聞く限り、この乳母は母・シャルロットのお付きでもあったらしい。子育ても初めてではないというわけだ。

 よちよちと歩き、鏡の前に立つ。

 子供特有の丸っこい顔に低い等身。健康的な幼児そのもの。髪は陽光のようにきらきらと煌めき、まだ短いが髪質は柔らかそうだ。

 ぺたぺたと自分の身体を叩いて、嘆息する。


 此度の自分に与えられた名は『リリアンヌ』。

 つまりそういうことなのだろう。前世において男性としての人生を全うした自分は、記憶をそのままに持ち越して女性として転生した。異性との線が薄い人生だったとはいえ、元・年頃の男としては思うところもある。

 せめて同性に笑われない程度の容姿になって欲しい。

 差し当たっては栄養補給だ。乳母の方を振り向き、食事を寄越せと泣いてみる。


「はいはい、お腹が空いたのね」


 ………テレパシーでも使えるのだろうかこの人は。








 生まれて三年経った。


 口もだいぶ繰れるようになり、周囲の人が語りかける言葉も十全に理解できる。

 ここにきて問題になったのは、自身の知性をどれだけ外にアピールするかだ。

 客観的に見て、自身の知能は三歳児のそれではない。前世の記憶をそっくり持ち込んでいるのだから当然だ。だが知識、常識に関しては前世のものしか持たず、全く欠けている。

 私は今いるこの大地が平らか丸いかすら分からないのだ。

 だから一つの対策を講じた。知識が潤沢でも問題ない、更に知識を蓄えても問題ない。そんな策を実行に移した。


「おかあさま」


「まあ、リリ。どうしたの?」


「リリ、ほんがよみたいです」


「あらあらまあまあ」


 困り顔の母親をじっと見つめる。


「でも、リリ? 貴女はまだ本の読み方は知らないでしょう?」


 予想通りの答え。まだ自分は話し方を覚えただけで文字については学習の機会を得られていない。

 ただしそれは周囲から教えられていないというだけの話だ。


「リリ、できます!」


 背中に隠していた、父親の蔵書を取り出す。屋敷を探検した時、父親の書庫を見つけてこっそり勉強していたのだ。

 開いて音読してみせる。


「『おお、ゆうしゃよ。しんでしまうとは。かみがそうなげくと、そのなみだがゆうしゃにおちてゆうしゃがめざめました』」


「あらあらあらまあまあまあ」


 なるべく平易な本を選んだが、それでも母にとっては驚きだったのだろう。いつもよりあらまあが多い。


「カロル! ちょっと来て頂戴!」


「はいはいなんですかお嬢様」


 乳母を呼び、私が教えられてもいない文字を読めることを興奮気味に伝える母。これには乳母も驚いたようだ。いつも平気平素の彼女が驚愕する様はなかなかの娯楽になった。


「リリ様は大変聡明でいらっしゃいます。これは、やりたいようにやらせた方が良いのではないでしょうか」


「しかし、婿を取るにあまり学があっても良くないんじゃないかしら?」


「何、相手を選べばいいのです。妻に学で負けて意固地になる夫などこの家に相応しくありませぬ」


「まあ、それもそうね」


 女二人揃えば辛辣なトークになる。私は震え上がった。いずれ出会うであろう顔もわからぬ私の婿よ、頑張れ。君の義母達は容赦ないぞ。


 以降、私には父の書庫への鍵が預けられるようになった。父には無許可で。

 お父様……ちゃんと蔵書は丁寧に扱います。

 まず最初に歴史や社会について紐解こうとして、いきなり壁にぶち当たった。

 難解過ぎるのだ。

 日常会話程度ならば既に習得した身であるが学術書となるとまるで通じない。覚えのない固有名詞が多すぎるし、専門用語と思しき単語も当たり前のように使われている。

 嘆息し、ひとまず諦める。段階を踏んで勉強していくべきであろう。幸いにして時間はたっぷりある。食事と睡眠以外はひたすら本を読んでいても怒られまい。

 比較的平易な物語を開き読み解きに耽った。










「リリ様、運動もしましょう」


 そんなことはなかった。たっぷり怒られてしまった。


「運動をしないと頭も回りません。成長にも良くないのですよ。毎日しっかり運動して、ご飯を沢山食べましょう」


「はい……」


 ぐうの音も出ない正論。確かに子供が全く運動せず書庫に篭りっぱなしというのは不健全だ。素直に頭を下げる。

 しかし何をしたものか。赤子の頃は屋敷をよちよち歩き回るだけで疲れたものだが、歩くに苦労しなくなってからは退屈になってしまった。折角毎日やるならばプランを組みたいものだが……


「ばあや、どこで運動したらいいのですか?」


「何処で、というなら裏庭がいいでしょう。広く、私の部屋からも見えますので」




 裏庭に出て、改めて見渡してみれば、なるほど運動するに最適な芝のグラウンドだ。

 さて何をしたものか、とひとまず柔軟体操をしながら考える。まだ三歳であることを考えれば過度に身体を痛めつけるのもマイナスだろう。全身を動かし、適度に疲労するくらいが望ましい。


「さて、なにしよう……お?」


 庭の端に転がっている棒きれを見て、ふと思い付く。拾い上げてみれば自分の小さな手にも握るに丁度良い。

 斜めに振り上げ、袈裟に振り下ろす。

 へろへろと棒が歪んだ線を描いて地面を叩いた。


「これにしよう」


 両手で握り直す。まず左手一本で棒を握って正面に向ける。そこに右手を添える。


「よい――――しょっ!」


 真っ直ぐ振り上げて、真っ直ぐ振り下ろす。それすら上手くできなくてふらふらとよろめいてしまう。


「運動不足かな……ばあやはよくわかってるなあ」


 やっている内に筋肉もついてこよう。黙々と素振りに取り掛かった。



 三歳児ならば思い通りに身体が動かなくて当然などと、知る由もなく。







女子力を高める主人公の図。

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