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その元・男、現・貴族令嬢にて  作者: 伊賀月陰
序章:転生令嬢、その華麗なる幼少期
19/72

第18話:リリアンヌ、16歳になる

テンション上がってきた。


ブックマーク100件突破、ありがとうございます。

今後とも宜しくお願い致します。






「―――――――!」


 出会い頭に吶喊してくる熊と思しき魔獣を、空中ですれ違い様に一閃。

 首だけを叩き落とされた魔獣は暫く走っていくと、そのまま木に激突して動かなくなった。


「依頼完了、と」


 落とした魔獣の首を、予め用意しておいた防水性の革袋に包む。

 ずしりと重いそれは依頼達成の証拠として重要なものだ。

 角や牙でもいいのだが、実物より安く見積もられて以来は確実な大きさ・種類の証明となる首を持っていくことにしている。




 下山し、ギルドの扉を潜る。


「リリアンヌ、今戻りました」


「あっ、リリアンヌさん! お疲れ様です!」


「これ、依頼の熊型魔獣の首です。確認をお願いします」


「うええ、また首ですか……」


「買い叩いた前任者を恨むんですね」


「うう、私悪くないのに……はい、確認してきますので少々お待ち下さい」


 馴染みの受付嬢に魔獣の首を渡して、嫌そうな顔で査定担当に持っていく姿を見送る。


 リリアンヌは十四歳より、時折こうして魔物狩りギルドに顔を出しては小銭を稼いでいる。

 初めの頃はジルベールの監督を受けながらの駆除だったが、高い魔法や剣技の実力から、場数を踏めばすぐ一人でやれるようになった。

 二年間の経験を積んだ今では、リリアンヌも一端の魔獣狩りだ。


「はい、お待たせ致しましたあ。こちら報奨金です」


「ありがとう」


 貨幣袋をどちゃりと渡される。中身を確認すると、きちんと基準通りの金額であった。しっかりと紐で結んで懐に仕舞い込む。


「しっかし、毎度毎度すぐに戻ってきますねえ。そんなにすぐ見つかるものなんですか?」


 人が疎らな時間帯であるからか、手持ち無沙汰に受付嬢が雑談に誘う。

 リリアンヌも早めに依頼を終えたので時間には余裕がある。歓談に否やはない。


「他の方は魔力を隠して魔獣の痕跡を追うそうですが……ほら、私は魔力量がそれなりにありますので」


「魔獣は魔力が多い獲物を好みますからねー」


「はい、だからわざと魔力を励起させて誘き寄せてるんですよ。あとはカウンターで」


 腰の剣を軽く叩いてみせる。


「はえー……でもそんなに効率的なら、なんで皆さんそうしないんでしょう?」


「真似できねーからに決まってるだろ」


 奥から、手を拭きながら壮年の男が現れた。着崩した作業着にはところどころ赤黒い痕が見える。

 このギルドの査定担当官だ。


「こんにちは。いつもお世話になっております」


「おう、いつも別嬪だな嬢ちゃん」


「す、すいませんこの人軟派で!」


「おいおい上司に向かって軟派たあ言うねえ下っ端」


「あはは……気にしてませんから」


 少々軽薄なところが玉に瑕だが仕事は正確。彼が担当する日に不当な査定を出されたことは一度もない。


「それで、真似できないってどういうことなんですか?」


「簡単なことよ。嬢ちゃん、ここんとこ毎回、魔獣の首を落として持ってくるだろ?」


「ええ、そうすると査定が正確なので」


「こっちとしても寸法測りやすくて楽でいいけどな。

 ……で、魔獣っつっても構造は獣と似たようなもんだ。嬢ちゃん、どのタイミングで首落としてる?」


「魔力で誘き寄せると興奮状態で、真っ直ぐこっちに向かって突っ込んでくるので、躱してそのまま」


 そう答えると、受付嬢があんぐりを口を開けた。査定担当官もけらけらと笑う。


「まともにやりあうと頑丈ですばしっこくて苦労しますし、倒した後に改めて首を斬るのも面倒なので、出会い頭で首を落とせば一石二鳥かなと」


「それを出来んのは、魔獣の動きに完璧に対応して大技ブチ込める魔法剣士だけだよ。

 ただの魔法使いじゃ火力が足りても動きに対応できねえし、生半可な剣士じゃ回避しながら急所にカウンターなんて出来っこねえ」


 出来るならそりゃ効率的だがな、と嘯く。


「魔獣の動きは、つまり獣の動きだ。その地に適応した獣をわざわざ誘き寄せて初手を譲るなんて、よっぽど自信が無きゃできねえ」


「師匠はそうやってましたけど」


「その師匠もお嬢ちゃんも何者なんだよ……」


「すみません企業秘密でして」


「なんだそりゃ」


 リリアンヌは、魔物狩りに出る時は身分を隠している。

 辺境の一貴族、しかもまだ小娘だ。名前も顔も知れていない。

 それ故に、こうして気軽にやり取りができるわけだが。


「しかしお嬢ちゃんよ」


「なんです?」


「そんなに腕に自信があんなら、王都まで行けば幾らでも食い扶持は稼げるだろうに。どうしてこんな辺境で小銭稼いでんだ?」


「それも企業秘密でして」


 比較的自由に過ごしているとはいえリリアンヌは貴族だ。

 あまり実家から離れるわけにはいかないし、離れたくはない。基本的にその日狩る分だけを受注し、片付けて、日帰りだ。


「秘密の多い女はモテるっつーがよ……ま、こっちとしても腕のある魔獣狩りがいてくれる分には助かるが。最近ちときな臭えから気を付けろよ」


「? 何かあったんですか?」


「これはまだ未確認な情報だから、あんま口外しないで欲しいんだけどよ」


 声を潜め、男が囁く。


「国境付近で帝国兵が彷徨いてるって話だ」


「付近……向こう側で?」


「いんや、こちら側さ」


 国境を侵犯している、ということだ。


「それ本当なら、宣戦布告も同義じゃないですか」


「あくまで噂止まりだがな。

 流石に武装した帝国兵が集団で来たら目立つが、そうじゃねえってことは私服の帝国っぽい奴が諜報でもしてたんだろ」


「それでも、怪しいですね」


「また戦争かねえ……いつでも逃げられるよう、荷物はもう纏めてあらあ」


「査定官、いつの間に!?」


「馬鹿野郎、俺は前の戦乱……もう四十年近くになるか。それ覚えてっから慣れてんだよ」


 前の戦乱。イーストエッジ王国とウェストシクル帝国の本格的な衝突。

 資料によればこの地も相当に荒れたそうだ。ル・ブルトン領も取った取られたの大騒ぎであったとか。

 自領が荒らされるとなれば、リリアンヌも黙ってはいられない。


「そうすぐには始まらねえと思うが、お嬢ちゃんも逃げる準備はしておけよ」


「……逃げた敵将の首を狩ったら報奨金貰えますかね?」


「何処の蛮族の所業だそりゃあ」


 かかか、と笑って奥へと引っ込んでいく。

 そういう奴らもいたのだ、とは言うまい。


 しかし。


「帝国兵の侵入、か」


 これは父に聞いた方がよかろう。









「ああ、帝国の動きについては耳にしている」


 夕の食卓、帝国兵について訪ねたリリアンヌに、ジルベールはそう答えた。


「帝国領内、国境付近の村に物資が運び込まれているとのことだ。偽装はされているそうだが、これまで流通の少なかった村に急に馬車が増えたのではな」


 偽装になってない、とジルベールは苦笑する。


「となれば……戦の準備が?」


「十中八九、そうと見ていいだろうな」


 国境沿いの領地を預かる領主の断言だ。噂話とは緊張感が違う。


「王国軍も準備を整えているし、徴兵も始まった。戦が始まるのは来月か、半年先か、来年か……それともお流れかな?」


 そうなればどれほど良いだろうか。


「開戦したら、お父様は如何なさるのですか?」


「兵を率いて前線に出る。歳は食ったが、まだまだ負けんさ」


「お母さんも、お父さんに着いていくから……リリにはちょっと寂しい思いさせちゃうわね」


「お母様も?」


「お父さん、身の回りのことはてんでダメだから。ね、ジル?」


「む、ぐ……」


「それに、お母さんはこれでも魔法支援は得意なのよ?」


 リリアンヌも、ジルベールの剣の腕やシャルロットの魔法支援についてはよくよく承知している。

 数え切れぬほど模擬戦を重ね、魔獣狩りの実戦経験を積んで尚、剣術も魔力操作も両親には及ばないのだ。

 総合力で言えばリリアンヌの方が上ではあるのだろうが……


「主様、私めも同道致します」


「じいやまで?」


「本来の職務はそちらですので」


 さらりと言い放つセバスチャンは、時折リリアンヌに稽古をつけてくれている。内容は『隠れんぼ』。

 ちなみにリリアンヌが彼を時間内に見つけたことは一度もなく、彼が追う側の際は一分と経たずの瞬殺である。

 しかしセバスチャンまでが着いていくとなれば。


「屋敷に残るのは、私とばあや?」


「だけで御座いますね」


 カロルが肯定する。


「何、帝国はいつも数ばっかりで質が伴ってない。何百年も、ずっとそうさ。この戦争はすぐ終わる」


「そう、でしょうか」


「そうよ。お母さんとお父さんが強いのは、リリも知ってるでしょう?」


 よく知っている。そこらの雑兵が束になってもこの二人には敵うまい。


「一つ、気になる情報はあるがな」


「気になる情報?」


「帝国で、どうも『勇者』なる者が戦争を煽動しているのだとか。大変な手練で、なんでも帝国で一番強いそうだぞ」


「………お父様、大丈夫なのですか?」


 そんなに強いのなら、如何に強いジルベールとて遅れを取ることはあるのではないだろうか。


「ああ、リリアンヌは知らないか。

 ……実のところ、帝国と戦争が起こる際はいつも『勇者』が現れてな。だがこれまで王国が敗北したことは一度もない」


 そういえば戦史を漁っている時にちらと目にしたことがある。

 勇者なる者が現れ、煽動し、局所的な勝敗を左右することはあれど王国深くまで侵攻を許したことは一度もない。

 リリアンヌ個人としては気になるところもあるが、何か出来るわけでもない。

 実際、勇者に負けたことはないのだから気にすることもないのだろう。


「そんなことより、ほら」


「なんですか?」


「この前言ってたアレ、ようやく出来たのよ」


 楽しげな様子で、シャルロットが足元から包みを取り出す。


「これは?」


「ふふ、開けてみなさい」


 胸に抱えられるサイズの木箱。持ってみると、中に何か入っている重さだ。

 なんだったろうか、と訝しげに開ける。


「わあ……!」


 そこに入っていたのは、異形の短剣だった。

 刃渡りは普通の短剣より少し長い程度だが、刃は不相応に分厚く、幅も広い。

 柄には四つの宝石が埋め込まれており、無骨なシルエットに華を添えている。

 敵手の剣を受け流す用途に使われる短剣、マインゴーシュと呼ばれるものだ。


 箱から取り出し、左手に握り込む。

 リリアンヌの手の大きさに合わせて作られたそれは、初めて握るというのにしっくりと手に馴染んだ。

 持ち上げて軽く回してみると、大きさ、重厚さの割にとても軽い。頑丈かつ軽い金属を、金貨を積んで入手し、腕の良い鍛冶屋に依頼したのだ。


 そして何より、一番の機能は―――


「リリ、魔力を通してみて」


 言われた通りに魔力を励起させ、短剣に通す。

 まるで自分の腕に魔力を通したかのように、抵抗なく循環した。


「すごいすごい!」


 今ばかりは童心に還ってしまう。

 最高品質のマインゴーシュにして、リリアンヌ専用の魔力収束具。

 これの材料費や加工賃に、リリアンヌの一年間の稼ぎが丸ごと突っ込まれているのだ。

 収束具としての機能はシャルロットによるものなので、それを外注した場合の値段で言えばもっともっと高価なものに値する。


「ふふふ、リリったらあんなに喜んで」


「はい! ずっと欲しかったんですから!」


「ははは、リリもまだまだ子供だなあ」


 今ばかりはからかいも甘んじて受け入れよう。それだけの達成感がこの一本の短剣に詰め込まれている。


「よし、それじゃあ明日から早速、その短剣を使った稽古をしよう。扱いを覚えなきゃあ宝の持ち腐れだからな」


「収束具の扱いについてもみっちり教えちゃうわよ」


「はい、お願いします! お父様、お母様!」


 楽しい一家の団欒。カロルとセバスも微笑んで見守っている。


 リリアンヌは、この空間が好きだ。家族が大切だ。

 そんな日々が。




 ずっと続いて、欲しかった。








間もなく序章〆。

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