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その元・男、現・貴族令嬢にて  作者: 伊賀月陰
序章:転生令嬢、その華麗なる幼少期
18/72

第17話:魔獣討伐戦

書けたので書いた。





 ル・ブルトン領内、屋敷に最も近いとある農村。


 ジルベールとリリアンヌは魔獣の発見者である農夫と共に歩いていた。


「いやあ、領主様が来てくれたんならもう安心だあ」


 被害を訴えた翌日朝に来たジルベールに、村は大層喜んでいた。それだけ魔獣が恐ろしかったのだろう。

 その割には、ジルベールは軽装に思えるが大丈夫なのだろうか。

 いつもの訓連着のような、厚手の布で作られた動きやすそうな上下の衣服に、革製の編み上げ靴。

 手には革手袋を着け、腰にはいつもの木剣より少し短い、しかし鉄剣を両腰に提げている。柄に翠の宝石のようなものが見える。


 今回の同道にあたってリリアンヌにも剣が一本与えられている。

 ジルベールのそれより更に短い。しかしずしりと鉄の重みを感じさせるそれは、いつもの木剣とは異なる存在感を放っている。


「この辺りでさあ」


 農夫の案内で、魔獣を目撃したという山に入る。いつも農夫達が使っているのであろう獣道から、更に奥を指し示された。


「ふむ……わかった、ありがとう。後はこちらで調べよう。危ないから君は帰りなさい」


「へえ、わかりました。もう三人食われてるんでさ。お願い致しますよ」


 ぺこぺこと頭を下げてそそくさと去っていく農夫を見送りながら、その言葉を噛み締める。

 三人食われている。魔獣とはそれほど恐ろしい相手なのか。

 剣を握り締める。

 果たして自分の敵う相手なのか……


「リリ、心配するな」


 ぽん、と頭に手を置かれる。反射的に見上げるとジルベールが穏やかに笑っていた。


「魔獣討伐なんて、父さんは数え切れないほどやってきてるんだ。

 まだリリ一人では危ないだろうが、今日は父さんがいる。魔獣が出たら、離れて父さんを見てなさい」


「は、はいお父様」


 それでも不安は拭えない。


「あの……お父様。魔獣とはどういった相手なのですか?」


「ん? んん、そうだな」


 色んな魔獣がいるんだが、と前置きした上で。


「リリももう察しているとは思うが、魔獣と通常の獣はその性質が異なる。

 獣は番から生まれ、育ち、また番を作り……と増えていくものなんだが、魔獣はそのサイクルの中で発生する突然変異だ」


「普通の獣から……魔獣がいきなり生まれると?」


「概ねそうだな。魔獣は番を作らず、ただひたすらに周囲の生き物を襲って食う。それは人間も例外じゃなく、むしろ人間を好んで襲うほどだ」


「それは何故です? 集落にいる人間は、野山の獣より襲いにくいはずですよね?」


「魔力だよ」


 魔力。殆どの人間が持つもの。

 それが魔獣を引き寄せるという。


「普通の獣にも多少の魔力はあるが、人間のそれよりずっと少ない。だから魔獣はより多くの魔力を求めて人里を襲うんだ」


 魔力を食うほど、魔獣は強くなる。

 ジルベールはそう語った。


「だから、こうして山に人がぽつんと立っていれば―――」


 ずしん、ずしん。微かな振動が足元から響く。

 何事かと見回して………それを、見つけた。


「来たな。よーく動きを見ておくんだぞ、リリ。あれが……魔獣だ」


 そこにいたのは、巨大な猪であった。

 体高はリリアンヌの背丈より高く、大人の胸高といったところか。体長はそれ相応に長く、脚も太い。鼻横からは一対の角が生えている。

 角にこびりついた赤黒い痕は、きっとリリアンヌの想像通りの代物だろう。


「猪か。リリ、いいかい。奴はきっとリリの方を付け狙う。魔法を使ってもいいから、逃げ回るんだ」


「は、はい」


 恐怖に足が竦みそうになるが、ジルベールの言葉でなんとか精神の安定を保つ。魔法を使うには平常心が必須だ。

 ふっ、ふっ、と戦闘時の呼吸を意識する。


「見た目からして、あの魔獣は脚が速い。直線では逃げ切れないから、横っ飛びに逃げるか……魔法で上に逃げて擦れ違うことを意識するんだ」


「はい!」


 魔法発動の準備に、魔力を励起させた瞬間。

 ぎょろりと一対の眼がこちらを向いた。


「―――――――!」


 肌を震わす咆哮。威嚇だ、と思うも反射的に身が竦み上がる。


「リリ、来るぞ!」


「はっ、はい!」


 魔獣が咆哮と共に吶喊をかけた。

 言われた通りに全力で横へと避ける。


「―――――――!」


 豪、と大気を押し退けて魔獣の身体が駆け抜ける。

 凄まじい運動力だ。直撃すれば致命傷は免れない。

 避けられたことに憤慨する魔獣は苛立たしげに振り向く。


「お前の相手は、俺なんだよ」


 そこに剣を抜き放ったジルベールが斬りかかった。

 魔獣は素早く避けようとするが、避けきれずに剣先が毛皮を切り裂く。ぱっと濃い鮮血が散った。


「―――――!?」


「ち、思ったより速いし、硬いな。人を食ったからか?」


 怒り狂う魔獣がターゲットをジルベールへと切り替える。

 先程と同様の吶喊を仕掛けるが。


「よっ、と」


 ジルベールは身体一つの幅でそれを避け、カウンターで更に毛皮を切り裂いた。

 苦悶の声を挙げる身体をくねらせる。振り回される角は鋭いが、ジルベールは既にステップを踏んで距離を取った後だ。


「すごい……」


 鮮やかな剣捌きに魅入ってしまう。

 ぽかんと眺めている内に、この獲物は食いにくいと判断したのか魔獣が再度こちらへと向き直った。


「リリ!」


「っ、はい!」


 吶喊する魔獣のコースから外れるべく走るが。


「こっち向いたあ!?」


 走りながら向きを変え、こちらを外すまいと突っ込んでくる。

 このままでは当たる。そう判断したリリアンヌは。


「―――『風よ、止まれ』!」


 空中を突っ走り、魔獣の遥か頭上を通過する。

 標的を突然見失った魔獣は背後の大木に激突し、ふらつく頭をぶるぶると振る。

 しかし、それが魔獣の最期であった。


「上出来な囮だ、リリ。―――『風よ集え』」


 視界も定かでない魔獣に、右の剣に魔力を集めたジルベールが肉薄する。

 以前木剣で振るわれたそれとは比較にならない魔力光が煌めき―――炸裂した。


「『断空剣』!」


 苦悶の声は、なかった。

 横薙ぎの一閃は狙い過たず魔獣の頭を、胴体を、尻尾を……そしてその背後にあった大樹までもを両断した。


「終わったぞ、リリ」


 くるりと身を翻したジルベールは、リリアンヌに笑いかける。

 快音立てて両腰の鞘に双剣を納めると同時、両断された魔獣の身体がどすんと崩れ落ちた。

 ずどん、と大樹が横倒しになりもうもうと土煙が上がる。


「げほっ、げほっ……流石に斬ってしまったか。手加減して仕留め損なうよりはいいだろうが、まだどやされるかな」


 どこか間の抜けた感想はいつものジルベールだ。

 ぽかんと眺めていると。


「大丈夫か、リリ。怪我はないか?」


「あ、はい……大丈夫、だと思います。……あの魔獣の死体はどうするんですか? 食べますか?」


「うーん、魔獣の死体を見て第一声がそれかあ。リリも俺の娘だなあ。

 魔獣は人を食った獣だから、食べずに捨てるんだ。討伐の証として村に引き渡して、安心させてやろう」


 角を掴んで引っ張ってみるが、動かない。重すぎるのだ。人を呼ぶ必要があるだろう。


「さて、リリ。初めて見る魔獣はどうだった?」


「凄く怖かったです」


「はは、そりゃあそうさ。父さんも最初の頃は怖くて身体が動かなかった。それを思えばリリは随分と冷静だったぞ」


「でも」


「ん?」


「これ、狩るだけならなんとかなると思います」


 この巨大な猪は恐ろしかった。本能的な恐怖を呼び起こさせる怪物であった。

 だがそれでも獣は獣でしかなかった。

 場数を踏めばきちんと対処できる、という自信はある。


「ん、そうだな。リリならばもっと強い魔獣だろうと倒せる強さがある。経験が足りないから、まだまだ任せられんがな」


「お金に、なるのでしょうか?」


「ああ、魔獣討伐は王国から報奨金が出る」


 今回はギルドを通した依頼ではないから申請が手間だがな、と渋面をするのは、その書類を用意するのがジルベール自身だからであろう。


「また近場で討伐依頼が出たら、リリも一緒に行くか?」


「はい、是非!」


「なら報奨金は折半だなあ」


「まあ、半分も頂けるんですか?」


 ははは、と二人で笑いながら、討伐の証である魔獣の角だけを持って下山する。

 討伐成功を宣言するジルベールを、農夫達は歓声で迎えるのであった。







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