第16話:職場体験学習
初の社交界は無事に乗り切った。両親からも及第点を頂いた。
ジルベールの顔は少しだけ引き攣り、シャルロットは目がぎらついていたのが印象的だったが。
「さて」
約束通り、封筒を用意して手紙を認める。
まず定型通りの時節の挨拶。そして社交界のお礼。
オーランド公爵家は大家だ、本人だけが見るとも限らないので礼儀はきっちりしなければならない。
例え瑕疵があろうとも、相手の為に文面を整えましたという姿勢が大事なのだ。
それはそれとして失敗がないようにセバスチャンに確認を願うつもりではあるが。
「んー……レオナルド様が興味のある分野は……」
雑多に読む、とは言っているものの、聞いた分野はある程度の偏りが見えた。
レオナルドは地理や歴史に関する文献を好んで読んでいるようだ。
イーストエッジ王国の隆盛、記録に残る大きな災害、ウェストシクルとの戦乱。そういったものを主に漁っている。
武人としてはともかく、政に関わる大貴族として全く無駄にならない、将来に繋がる勉学だ。
確かにこれならばオーランド公も悪くは言うまい。進んで勉強させるより、よほど楽だ。
対して私、リリアンヌの得意分野は本当に雑多だ。
強いて言うならば、書庫にある本は戦記物や魔法理論が多かったのでその辺りになるか。
特に興味があるのは魔法理論。前世では触れることのなかったジャンルだけに、学びたいことは山ほどある。
しかし今回の手紙では戦記物に触れるとしよう。魔法理論への興味を仄めかしつつ、大筋はどんな戦記がオススメかを問う文面を作る。
最後にきちんと定型の挨拶を書き、ペンを置く。
「よし」
インクが乾くまで手持ち無沙汰なので、ペン先を布で拭きつつ、今しがた書いた手紙に思索を巡らせる。
紙質は、前世での紙ほど綺麗ではなくざらつきが気になるとはいえ存外高品質だ。
貴族用の良い紙であるという点もあるだろうが、やはりこの世界の文明水準の高さを示している。
前世で言えば中世にあたるであろうこの世界、この時代。
魔法によって発展した部分とそうではない部分が顕著だ。魔法でなんとかなる部分と、そうではない部分の差だろう。
この魔法と、前世の知識を活かせれば、色々なことが出来そうだ。
戦闘でも、政治でも。
「ん、ちゃんと乾いたな」
具体策を考えている内にインクが乾ききった。
「じいや」
「はい、ここに」
呼べば応える老年従者に、手紙を確認してもらう。
「問題はないかと」
「ありがとう」
そっと封筒に仕舞い込み、封をする。セバスチャンに渡して宛先を伝えればこれで一、二週間以内には届くはずだ。
礼を伝えれば、すっとセバスチャンは姿を消した。毎度毎度何処から現れて何処に消えるのか掴めない。ニンジャなのだろうか。
「………もしかして一番凄いのってじいや?」
「そんなことはありませんが」
「ひああああああ!」
後ろから否定が飛んできた。怖すぎる。
常に見られているものと思うことにしよう。リリアンヌは固く誓うのだった。
その日の食卓。
一家揃っての団欒の時。かねてより聞きたかったことを、家族に聞くことにする。
「お父様、お母様」
「ん、なんだいリリ?」
「お金を稼げる仕事はありませんか?」
両親が揃って顔を顰める。
「欲しいものがあれば買ってやるといつも言っているだろう?」
「そうではなくて」
切り出し方を間違えたか、と慌てて訂正する。
「社会勉強として、労働に対価を得るという経験を積みたいのです」
「むう……」
「リリ。まだ貴女、十一よ?」
「そうだ。そんなに焦らなくてもいいんだぞ」
「焦っているのではなくて、試しにやってみたいだけです。もちろん将来的には家を継ぎたいので、仕事に本腰を入れたいわけではありません」
「ふうむ……」
腕を組んでじっとこちらを観察するジルベール。正面からじっと見返すと、諦めたように溜息を吐いた。
「具体的に、何がしたいんだ?」
「恥ずかしながら思い当たる仕事がなくて……」
「まあそうでしょうねえ」
ル・ブルトン領は基本的に山林と農村、農地で構成されている。仕事のバリエーションは少ない。
かといってシャルロットの術具製作を手伝うにはまだまだ知識が足りないし、材料費が馬鹿にならないらしいので、手軽に手を出せるものでもない。
「主様」
「セバスか」
背後から突き込まれた短剣を叩き落としながらジルベールが振り向くと、いつの間にやらセバスチャンが立っていたことに気付く。
いつ見ても滅茶苦茶な挨拶だ。
「丁度良く、領民から依頼が来ておりますよ」
依頼とは何だろうか。
「獣害が。だがこれは……」
「ええ」
「何があったのですか?」
問うと、ジルベールは応えた。
「魔獣による被害の報告だ。―――――そうだな。職場体験と行こうかリリ」
修学旅行が終わったら職場体験なのでこれは実質学園モノ。