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その元・男、現・貴族令嬢にて  作者: 伊賀月陰
序章:転生令嬢、その華麗なる幼少期
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第11話:届いた誘い




「んん……っ!」


 ばきりごきりと背筋が鳴る。執務を終えた後はいつもこうだ。


 この屋敷に住まい始めた頃は執務を始める度に陰鬱な気持ちになっていたが、今はそこまでの抵抗はない。

 慣れたのか、それとも仕事の大切さを理解したのか。自分でもよくわからない。

 ただ一つ明確なのは、執務を終えた後に好きな剣の鍛錬を行えるのが一服の清涼剤になっているということだ。


「リリを育てるのは楽しいなあ」


 生まれて十年以上、成長を見守り続けている愛娘。

 物心つく前こそ実感が湧かなかったが、彼女に体術を仕込むようになってからはジルベールも彼女の成長を心より喜んでいた。


 リリアンヌの剣術は、もう一端の騎士の域に届いている。

 少なくとも、ジルベールが鼻歌交じりにあしらえる段階は過ぎた。

 小柄で軽量という自身の強みを理解した立ち回りは、未熟ながら毎度ひやりとさせられる。

 まだ許していないが、今後魔法と絡めた実戦ベースの戦術を身に着ければ……それなりの実力を持つと自負するジルベールとて、手加減出来るか分からない。


「そろそろ方向性を決めないとな」


 これまで彼女に教えてきたのは剣術と体捌きの基礎だ。

 剣を握るにあたり、身体の鍛錬法や剣の扱いは共通したものがある。

 だからジルベールはリリアンヌの成長具合を確認しながら基礎をみっちりと叩き込んできた。


 だが彼女が行く道は、恐らくジルベールと異なる。


「多大な魔法の才を持つ、小柄な女性」


 体格に恵まれたが魔法はぼちぼちな男性のジルベールとは全く違う。

 リリアンヌはきっと魔法をメインに据えていくことになる。

 となれば剣の使い方も違う。力で押して隙を作るのではなく、敵の剣を受け流し、または避けて体勢を崩す剣術となろう。


「一応学んではいるが、さて何処まで教えられるか」


 いっそ他所で修行でもさせてみるか、と本気で悩み始めた頃。


「失礼致します」


 首をくいと傾けると、頭があった場所を短剣が通過し、快音立てて壁に突き刺さった。


「セバス、壁をあまり傷付けるな……私のせいにされる」


「御安心下さい。既に補修の準備は済んでおります」


「何も安心出来ないぞ」


 いつも通りのやり取り。セバスは右手に補修道具の入った籠を持ち、左手には、


「封書か?」


「はい。先程、遣いの騎士が届けに参りました。急ぎの旅路とのことで、休みもせずすぐ出て行かれましたが……」


「糧食は?」


「お分け致しました」


「分かった、ありがとう」


 上質な封筒に、封蝋まで捺されている。その刻印はジルベールもよく知るものだ。


「オーランド公からか」


 王直轄領の西側広くを治めるオーランド公爵領。その領主からの封書だ。

 そういえばそんな時期だったな、と思い出しつつ封を解く。開いてみれば、中身は予想通りのものだった。


「セバス、読んでおいてくれ」


「はっ」


 ごく短い内容であり、また機密の類でもないため、すぐ読み終わってセバスに渡す。


「ほう、サロンへのお誘いですか」


 オーランド公爵の屋敷で行われるサロンと言えば、国中から貴族が集まることで有名だ。

 とはいえ誘いを受けるのは主にイーストエッジ西部の貴族。

 隣国ウェストシクルを常に警戒している貴族が多い。そのせいかサロンと言っても実利重視の、しかし品の良い集まりとして知られている。


 オーランド公爵領の領主たるオーランド公は質実剛健に手足が生えたような人物で、その性格は書面を見れば一目瞭然。

 必要なだけの時節の挨拶から始まり、サロンへの誘いと開催日時、場所をきっちり書き、言葉少なに〆る。封書の中身はたったそれだけ。


「返信は如何いたしますか?」


「そうだな。今回も参加を……いや、そうだ。リリアンヌも連れて行こうか」


「まだ少々お若いと思いますが……」


「何、一人で放り出そうというわけじゃない。顔見せだよ。あの子ももう十歳で、いずれはル・ブルトン家を継ぐことになる」


「恥をかかない程度の礼儀作法があれば問題はない、ですか」


「そうだ」


「そういうことであればこのセバスも賛成致します。お嬢様には主様から?」


「ああ、話しておく。さて問題は―――」






「社交界デビュー?」


「ああ」


 一家の食卓にて、ジルベールはそう切り出した。


「誰が?」


「リリがだ」


 あまりに予想外のイベントに、リリアンヌは間抜けな答えを返した。


「リリはまだ十歳ですが……」


「何、顔見せだけだ。私達に同伴して言われた通りにすればそれでいい」


 顔見せ。爵位持ちの集まる場で。

 本当に顔見せだけなのだろうか。何かした方がいいのではないだろうか。そんなことを考える。


「リリも言った通り、まだ十歳の子供だ。相手だってそこまでガチガチの礼儀作法は求めないさ。当然私達もフォローをするから心配は要らない」


 恥を晒したところで困るのは親だしな、と笑う。それが嫌だから尻込みしているのだが。


「臆する気持ちもよく分かる。父さんも初めてサロンに出た時はそりゃもう恥をかいたぞ」


「ジルは本当に剣だけしか知らなかったものね……」


「詳しくは言わなくていいんだぞ母さん」


「リリ? お父さんはね、初めてのサロンの御馳走に興奮して食べすぎてね」


「やめないか」


 割と本気で焦った風に制止する。


「ごほん。……とにかく、リリも貴族の家に生まれた以上はいずれ関わらなければならない場所だ。

 リリは歳の割に……いや大人と比べても相当……まあしっかりしている。そう心配することはない」


「う……」


 確かに。このまま順調に成長すれば、望む望まざるに関わらずル・ブルトン家を継ぐ。

 継ぐ以上は子供が必要で、子供を作るには当然伴侶が要る。

 貴族の伴侶が誰かと言えば、まあ、他の貴族の末子とでも縁談を纏めるのが安牌だろう。


(男と結婚するのか……)


 当たり前のことなのだが、未だ女性としての自覚が薄いリリアンヌにとって、感覚的には同性と結婚するに近い。

 いずれは自覚も出るのだろうか。


「わかりました……お供させて頂きます」


「ははは、何、一度行ってみれば要領も分かるさ。オーランド公のサロンは分かりやすいから入門に丁度良い」


「主様……オーランド公は王国西部の元締めなのですが……」


「分かっている。カロル、礼儀作法についてはしっかりな」


「畏まりました」


 じろりとリリアンヌに視線が飛ぶ。


「リリ様。……覚えないと大変なことになりますよ」


「ひいっ、頑張りますっ」


「脅すな脅すな」




 予告通り、リリアンヌはこれまでにも増してみっちりと貴族としての作法を仕込まれることになるのだった。







箱入り娘(男)


※誤字修正を致しました(8/13)

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