第10話:感想戦
「それじゃ改めて」
シャルロットの仕事場、雑然とした術具工房でこほんと咳払いをする。
「お母さんの魔法講義を始めまーす」
「わーぱちぱち」
棒読みで小さな拍手を送る。
模擬戦を終え、風呂で身体を流してからの再集合だ。特に雑木林を走り、転げ回ったリリアンヌは念入りに身体を洗っている。
一緒にシャルロットも入った。豊満であった。
「初回の講義ってことで、まずは模擬戦の過程と結果についての感想を話し合いましょうか」
「はい、お母様」
聞きたいことは幾つもある。が、まずはシャルロットの話を清聴する。
「まず……リリ? 貴女、もっと勝ち筋あったわよね?」
「それは……まあ、はい」
渋々肯定する。
とはいえそれは手加減や手抜きではない。シンプルな理由からだ。
「だって、全力でやったらどうなるかわからないから」
「物事の説明は正確にね?」
「…………お母様が、それを受けて無事か分からなかったからです」
そう、勝とうと思えばもっと簡単で確実な方法があったのだ。それはリリアンヌも理解していた。
リリアンヌが、全力で攻撃すればいい。
魔法の腕前という厳然たる差はあれど、それを補ってなお余る魔力量を活かして大火力で吹き飛ばせば良かったのだ。
もちろん魔法阻害を受けた可能性もあるので絶対ではないが、恐らく勝てただろうと踏んでいる。
「お母さんも、リリの全力の魔法は流石に防げないわ」
「あの、魔法解除を使っても?」
「目の前で準備してくれるなら出来るわよ?
でも、リリは視界の外からお母さんの魔法ごと飲み込める火力があるでしょう。流石に間に合わないから」
その辺りも説明しましょうか、とシャルロットは一冊の本を取り出した。
「魔法の構築、その基礎の基礎はリリも教わったわよね?」
「はい。体内の魔力を励起させて周囲のマナに働きかける……でしたよね?」
「だいたいそれでいいわ。魔力を集めて万象を動かす、これが魔法の原則。だから魔法は準備から発動まで一定の段階を踏むことになる」
魔力の用意、マナに働きかける魔法の形成、そして魔法の発動、最後に魔法の消散。
その出力操作や発動速度は魔法使いの鍛錬によって磨かれる。
「さっきお母さんがやった魔法阻害は、この魔法の形成過程に干渉するものなの」
「形成に、干渉する?」
「魔法はパズルみたいなものでね」
小さな木枠に、整然と文房具を並べていく。
「マナがあって、魔力という力でそれを綺麗に動かすことで魔法が生まれる。で、それを作っている最中に横からこうやって……えいっ」
ぴん、と木枠を指で弾くと、整列していた文房具がぐちゃぐちゃになってしまった。並べるよりもずっと弱い力で。
「これが魔法阻害の原理」
「なるほど……じゃあ、魔法が発動する前なら」
「うん。魔法に魔法で対抗するより、邪魔した方が速いし魔力の消費も少ないってわけ」
これは、実戦において非常に重要な技術だ。リリアンヌはそう分析する。
妨害した方が断然楽なのだから当然それを狙う。魔法を撃つ側は如何に妨害を防ぐかに腐心する。
魔法阻害の原理を知らなければ、同じ魔力量・同じ操作技術を持つ魔法使い同士であろうと一方的な勝負となる。
そこではたと気付く。
「でもお母様。撃った後に魔法を消したこともありましたよね?」
「ああ、あれも原理としては同じものなの。リリはまだ魔法の構成が甘いから、慣れていれば崩せちゃうのよ」
その分消耗もあるけどね、と疲れた様子で語る。
つまりあれが小さな火球ではなく、雑木林を呑み込むような大火焔だったら防げなかったということだ。
「意識してなかったと思うけど、リリがやった魔法の迎撃も同じ原理なのよ?」
「そうなのですか?」
「うん、そうなの。マナを魔力でコーティングしたのに、強引にそれ以上の魔力で吹き散らしちゃった」
魔力量はそれほど大きな差なのだとシャルロットは語る。出力が高いほど攻撃も防御も強力なものとなり、些細な障害は意に介さなくなる。
「魔法阻害を防ぐことは……」
「出来るわよ。魔法の構成が頑強なほど阻害は難しくなるの。
あとは魔法の発動が速ければ阻害が間に合わないこともあるし、魔力を隠したりマナを誤魔化したりすれば魔法の発動を感知させないようにもできる」
難しいけどね、と苦笑する。
説明を聞いて『まるで銃のようだな』と連想する。
マナという弾丸を魔力という炸薬で撃ち出す。
より強力に飛ばす為に銃身を伸ばしたり、発射を気付かせない為に制音器を着けたり、安定化の為にライフリングを刻んだりと工夫を施す。
どれだけ洗練された魔法を作れるかが魔法使いの腕というわけだ。
「つまり、さっきの模擬戦では……」
「そう。リリの魔法は阻害を全く考慮してなかったから簡単に干渉できたってわけ。
それでも出力が上がるほど干渉への耐性は勝手に上がっちゃうから、リリが本気で魔法を撃ってたら分からなかったけど」
「つまり大出力の魔法にきっちり干渉防御を行えば……」
「すっごく妨害に強いけど、すっごく魔力使っちゃうわよ?」
「悩ましい」
「その加減もちゃんと覚えましょうね」
優しく微笑んでリリアンヌの頭を撫でる。ジルベールと違って手つきが心地よい。ジルベールと違って。
「はい、それじゃ今日の講義はここまでー」
「えー……じゃあ最後に一つ質問いいですか?」
「一つだけよ」
「うん。模擬戦で気になったことがあって。……最後にリリが蹴りかかった時、なんでリリの魔法を妨害しなかったのですか?」
「ああ、あれのことね」
うーん、と悩ましげに。
「リリがやったのは、風のマナの固定化よね?」
「はい。風を足場にすれば前に出ながら回避が出来るなと」
「魔力を集めたのは何処?」
「足裏」
「それがポイントなの」
指先で、つんつんと太腿を突きながらシャルロットは言う。
「魔力持つ人間は、魔力による干渉に耐性を持つのは知ってる?」
「たしか、ばあやに教えて貰いました」
「よしよし。正確には、人間に限らず魔力の通ったモノ全てに言えることなんだけどね。
虚空に魔法を構築するより、物体に魔力を通して魔法を使う方が、阻害に対してずっと強い耐性を持つの」
「既に魔力が通っているから……他の魔力が干渉しにくい?」
「その通り。リリは自分の足裏、つまり身体に直接魔力を集めて、足裏に触れた風だけを固定した。そして発動は一瞬で、一歩跳んだらもう解除しても意味はない」
奇しくも魔法阻害対策になっていたというわけなのか。
魔力を通した物体は干渉に強い、と頭に刻み込んで、ふとある技のことを思い出す。
「もしかして、魔法剣も?」
「あら知ってるの?」
「お父様が、以前見せてくれたんです」
「ああ、ジルが……そうよ。魔法剣は剣を媒体に魔法を使うから魔法阻害に強いの。だから、魔法の鍛錬にあまり比重を置けない騎士が扱う技なのよ」
あれはあれで特殊技能なんだけどね、と付け加える。
「わかりました、ありがとうございます先生!」
「うふふ。先生だなんて照れちゃうわあ」
「お嬢様は先生じゃなくてただの趣味人でありますからねえ」
「カロルは余計なこと言わなくていいのっ」
女三人寄れば姦しい。
そんな格言を思い出して、自分は元々男なのだがな、と若干複雑な気分になるリリアンヌなのであった。
思えばずっと修行回。書きたいシーンのためにがんばるんば。