日浦 依は拉致られた
「…心的外傷後成長って知ってる?」
僕は俯いたまま呟いた。
「昨今、よく聞くよね?心的外傷後ストレス障害。俗に言うPTSDってやつ。これはトラウマ経験から後遺症を負ってしまった人たち。
そして心的外傷後成長。つまりトラウマを乗り越えると、初めて成長する…そんな人たちのことを言うんだけど…」
どうでもいいことをなんとなく呟いていると、どこからか視線を感じ、顔をあげ、辺りを見渡す。独房のように見えるが、四方の壁、天井と床はすべて白。何も見えない。窓すらない。
そして問題の視線は何となくだけどある壁から感じる。そこから誰か見ているのだろう。多分マジックミラーみたいなやつ?
「…気のせい。じゃあないもんな、これ。気が狂いそうだよ本当に」
僕はまた俯いた。
***
僕があの女の子に気絶させられて、目が覚めてから三時間か四時間…くらい経ったかな。正直気が狂いそうだ。
今のところ何もされていない。僕はてっきりあの女の子が拘束とか言ってたから、目が覚めて十分くらいは何かされるんじゃないかって内心ヒヤヒヤしていたけど。普通に一時間とか経っても来ないからもう半分くつろいでいる。
「いつになったら帰れるんだろ」
僕がそう呟いた時、またまた視線を感じた。
視線。さっきある一部の壁から視線を感じるって伝えたけど、明らかに誰か今、覗いていると分かる。
手術してからこの手も鋭く感じるようになったのだろうか。他人の視線とか、殺気とか。
いやこれに関しては単純に気にしすぎかもしれないけど。
僕は息を整えてからスッと立ち上がり、一番視線を感じる場所まで歩き声を出した。
「誰か…いますよね?もう三時間とかそのくらい経ちましたし、出してくれてもいいじゃないですか?」
しばしば沈黙が流れた後、急に壁の一部が浮き出て、上に収納されていく。何言ってるかわからないかもしれない。
簡単に言えばシャッターを上げるみたいに、人が一人通れるスペースが出てきたんだ。
「入れ…っていうか出ていい。ってことですよね?…出ますよー」
僕は軽く見渡しながらそのスペースから白い空間を出る。…なんていうんだろう。白い空間を出た先はよく刑事ドラマに出てくる取り調べ室に似ている。
そして窓は案の定こちらからは見えて空間内からだと見えないスモーク仕様。
やっぱりバリバリ観察されてたのか。うわぁ…長く見るためなのか知らないけど椅子まである。
「や!日浦 依くん。調子は…良いとは言えないよね。どちらかというと、よくないかな?」
突然に声をかけられ、その後ろを振り向く。僕より少し身長が低いくらい。…なんていうんだろう。色々とちんちくりんの赤髪ロング少女がそこに立っていた。
あ、でも服装はダボダボなグレーのパーカーにジーンズっていう…あぁ、うん……服装を上手く考えれない僕みたいな格好だ。
「…なんとなくだけど、今バカにした?」
「いやいやいや。滅相にも…」
ジト目で見てくる少女に目をそらし、その右後ろに立つスーツを着た女性を見る。スラッとした足に僕と同じ黒髪でポニーテール。その人はとっても見たことがある人で。
「ね、姉ちゃん?」
日浦 睦。つまり僕の姉ちゃんだった。