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作者: ぎあ

もう少し土を多くかけてくれればいいのに。

ぼくは地中深くでおもった。

実際問題、ぼくはもう完全に埋まっていて、これ以上の土はいらなかった。

でもなぜだかこれだけでは不完全な気がする。

ぼくはそうおもったけれど、これ以上どうすることも出来なかった。

なにもすることがない。

ため息をするための空気もここにはなかった。

ぼくは心の中でため息をし、羊を数えることにした。もちろんねむるためではない。暇つぶしだ。

羊が一匹。

羊が二匹。

羊が三匹。

加須を追うごとに羊は脳の中でその姿形を変えていった。やがて羊たちは脳内の柵を軽やかに飛び越えて、平原の彼方へ消え去った。

はっ、と目を覚ます。どうやら眠っていたみたいだ。

なぜぼくはこんなところにいるのだろう。

なぜ地中深くに埋まっているのだろう。

結論は出なかった。

ドドドド

頭上から音が聞こえてきた。

どうやらぼくの頭上で掘削機のようなものを使っているらしい。

ぼくを見つけるためだろうか。

それとも温泉を掘り当てるためだろうか。

おそらく後者だろう。

ぼくはここにうもれる前、地元の工場でバイトをしていた。朝の八時から六時まで。たいしてやりがいもないつまらない仕事をえんえんと繰り返していた。

そんな生活に嫌気がさしたからこそこうしてうもれることにした。みんなは一生懸命土をかけてくれたけど、誰ひとりとして泣く人はいなかった。

そういうものだ。

ぼくは消えゆく太陽の光を捉えながらそうおもった。

サヨナラだけが人生だ。

そんな言葉を脳裏に浮かべながら。

ドドドドドドド

音はまた更に激しくなった。

ぼくはこのまま掘削機に巻き込まれて死ぬのかもしれない。

それはそれでいいかもしれない。

ふと。婚約破棄されたあとに蹴り飛ばしたクローゼットのことをおもいだした。あのクローゼットはぼくらがはじめて二人で購入した家具で、将来的にはあそこに子供用の靴下を入れるつもりだった。

しかし、それは叶わぬ夢とかした。

叶わぬ夢。それは今一体どこで何をしているんだろう。

ぼくは掌からこぼれ落ちた幸せの行く末を憂いた。

「ここには誰もいませんよ」

気づけばそんなことを言っている。ぼくは正真正銘の構ってちゃんだ。

「坊主。いつまでそこにいるつもりだ」

満さんの声だ。満さんは四十二歳で漫画家の夢を諦めきれずにいる。コンビニでバイトをしている。

「満さんは関係のないことだ」

ぼくはそう言って突っぱねた。「俺はもう終わった。詰んでる」

「そんな簡単に詰んだなんて言うなよ」

「婚約も破棄され、心療内科で鬱病の判定をもらい、仕事では水を開けられ、おまけに祖母までボケた。母親は万引きで逮捕され、クラスメイトは幼児虐待で捕まった」

「なるほどね」

「こんなに辛いことばかりあるというのにそれでも生きている意味なんてあるんですか? それよりもここでこうして静かに生きていたいんですよ。だめですか?」

僕は多少の苛ちを込めて言った。

「俺もいいかな?」

だから満さんがそう賛同してきたとき、ぼくは少しだけ拍子抜けをした。「俺も休憩したい」

「何言ってんですか。しっかりしてくださいよ。まじめだけが満さんの取得じゃないですか」ぼくは正直いって焦った。この穴は僕だけのものであり、満さんのためのものでは断じてないのだ。しかし満さんにはそんなことまるで関係ないらしく、抜け抜けとぼくの穴へ侵入してきた。

「なんでよりによってこんなおっさんと同じ穴にいなきゃならないんですか」ぼくは半ば呆れながら言った。満さんはにたにた笑いながら「大人にも休憩ってものが必要」

「何パーセントの確率で行けるとおもってるんですか」

「十パーセント」

「一次選考は突破できると思いますか?」

「おもわないな」

「今も漫画を愛してますか?」

「むかしよりは愛していない。揺れることばかりだ」

「この穴の気分は?」

「端的に言って最高」

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