第8話 ―― 2人きり? ――
ようやくかけましたw
セシリアがちょっとかわいいかもしれないw
第8話 ―― 2人きり? ――
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ダイリュートの屋敷から2時間を移動すると、馬を休ませるために30分ほど休憩する。
このサイクルを3回ほど繰り返す、というのが定石だが、さすがに王室の特急馬車ともなると、休憩時間を取ることも、なく、キャンターで1時間走らせ続けると、すぐに中継点にたどり着き5分ほどで次の新しい馬につなぎかえて、そのまま理論上の最速で結ぶことが可能だった。この調子ならば、お屋敷から出て5時間もあれば王都に到着しそうな勢いだった。
「聖銀戦争?」
ロトが怪訝な顔で聞き返す。
「ダイリュート伯爵の命令で、今、その情報を集めようと思ってるのだが、ほとんど集まらない。」
腕を組んでそう答えるブライアンの表情は晴れない。
「まぁ、気長にやればいいのよ。特にいつまでという話ではなかったのでしょう?」
そうやって、ブライアンをなだめるのがセシリアの役目になっていた。
「しかし、気になる。例の洞窟の魔物の件もある。」
それでも、感心は離れず、余計なことを言うブライアン。セシリアの表情がにわかに曇る。
「ブライ?蜘蛛の話はもうやめてくださるとありがたいわ。」
「ははは、セシリア様は蜘蛛が苦手でしたか。」
そこで、ようやく、茶化す様にロトが言葉に応じる。心底おかしいといった様子で笑っていた。
「あんまりいじめないでくださいませ。ロト様」
セシリアが少々拗ねたような様子で言葉を遮ると、その話題は終わりとなった。
「それにしても、気になるのは今回のお迎えのことだ。お前は何か知らないか?」
ブライアンとしては、できるだけの情報は得たいと思ったので、ロトに聞いてみた。ロト自身も騎士の身分であり、それなりに慎重だ。言っても構わない程度の話なら秘密にすることはないだろうし、都合が悪ければどんなに無理強いしても口を割らないだろう。
「おれも、今回はドリンコ―ト侯爵の指示で動いてるに過ぎない。お前を迎えに行けとの話だった。」
「本来、それはコンラートに与えられてもおかしくはない任務なのだがなぁ、まぁ彼には第一部隊の行軍指揮をさせたかったので、俺には好都合なので文句はないのだが。それにドリンコ―ト侯爵って、あの第一王子の?」
その話は初めて聞いた話だったが、ブライアンには特に興味を引くような内容ではなかった。結局、騎士がどこの方面の司令官として任命されるかというのは騎士自身の意思が働く余地はあまりないからだ。
「そうだ、形式的には俺はドリンコート公爵領に駐留する。王国軍の司令官という立場でな、まぁ、お前の様にその土地から抜擢された副官というほど親密ではないのだがな。」
それは、ブライアンの認識とそれほど遠い話でもなかった。少なくともこの時点ではという意味ではあるが……。
「王国から派遣される駐留軍の司令官は、その土地にゆかりのある騎士が任じられるはずだが? 私もそもそも、ダイリュート伯爵様に騎士として育てられた身だしな。」
それでも、ブライアンは形式的には聞いてみる。
「そこは、上の方の裏工作とか次第だな。なにしろ、あの王子は何かと素行が評判良くない。子飼いの副官などは国王陛下もあまり置きたくないらしい。」
そういえば、この国の第一王子は特に下半身の素行に関して、それ程良い話を聞かない、……というよりははっきり言えば悪いうわさしか聞いたことがない。
いわく、夜な夜な領主たちのパーティに呼ばれもしないのに顔をだしては、行く先々のご令嬢方に手を付けまくっている……と言った話は枚挙に暇がない。もっとも、三十歳にして独身という、そのこと自体がすでに問題とはなってるのも、事実ではあった。間違いであっても、ご落胤の一人でもできれば、国王の本望なのではないか?という噂さえあったのだ。
これに比して、二十一歳の弟である第2王子は明晰で人当たりもよく、まだ、若気の至りと言った程度の醜聞すらも一切に聞こえてこない。それを良いことに、不能ではないかとか、男色家ではないか?あるいは、"きわめて特殊な変態"ではないのか?といった憶測からの噂がないわけでもない。が、それを本気で信じる者は王国内には殆どいなかった。
「で、白羽の矢が立ったのがお前というわけか……」
ある意味で悪評の多い貴族の副官に就任と言えば、貧乏くじを引いたようなモノである。
「まぁそういう事情だが。王国が常設軍制を導入した時に、領主は私兵を持てなくなって、使えるのは、国が貸してる王国兵団の一部だけになったからな。領主たちの方も受け入れざるを得んだろう。」
「そうは言っても、あれだけ頻発していた内乱や貴族間の内戦がなくなったのも、貴族が私兵を持てなくなって、王国兵団の貸兵制度ができてからだというからな。」
窓の外では王都に近づくにつれ風景にも次第に人家や、きちんと整ったブドウ畑といった人工物が多く目につくようになる。ときおり、地元の者らしき人々の往来が少なからず見かけるようになっていた。
晴れた空の下、馬車は順調に王都の屋敷へと進んでいた。
――――
その日の夜。すでに日は落ちていた。
その部屋にはオイルランプの光だけで照らされていた。
――その場所は見る人が見れば、貴族趣味の執務室であることが、すぐに分かっただろう。 その人物はその部屋の窓際の豪奢な椅子に座り、窓へ体を向けながらブランデーグラスを傾けて、その香りと味を楽しんでいる。
そして、その男の背後には巨大な紫檀のデスクが置かれている。そのデスクの上はその部屋の主の性格を象徴するかのように、乱雑に物が一つも置かれることもなく、インク瓶と、ペン立てだけが整然と置かれている。
月明かりが窓の外から差し込み、陰影を浮かび上がらせるが、男の表情はうかがえない。照らしだされた髪の色は、淡い灰色に近い輝きを反射している。
デスクを挟んで対面する場所には金属鎧とヘルム、青いマントを纏う騎士らしい男が片膝をついて、恭しく跪く。その立ち居振る舞いは忠実な騎士のそれであった。
その顔は、兜で覆われて、うかがうことはできない。
鎧の男が首元の金具に触れると、かちりと音がする。金属がこすれあう音が続くと、その兜を脱ぎ、左腕に抱える。
そこからこぼれ出た髪の毛は月明かりの中でもはっきりわかるような、燃えるような深い赤毛だった。
「子猫の方は『淡色の地』にはおりませんでした。山猫は相変わらずでしたが、雌鹿の方は、噂通りの美しさで、なかなか目を楽しませてくれましたよ。」
「――そうか、子猫の方の首尾は?」
「父親と口裏を合わせて、寄宿舎と偽って、お連れしようとしましたが、残念ながら……。」
「――逃げられたか……」
鎧の男は、目を閉じると、さらに深々と頭を垂れる。
「――恐れながら……。我が不徳の致すところ。この不手際の責任は全て私にありますれば、部下たちには、なにとぞ寛大な処遇を願います……。」
「……ふ……ぷぷぷ……」
と同時に二人が噴き出して盛大に笑う。
「……似合わぬぞ、お前にその言いぐさは……な。もうよい、普通に話せ、時には戯曲も良いが、あからさまではいささか興を殺ぐという物だ……。いいから楽にしろ。」
そういうと、鎧の男は立ち上がると、そのままデスクに上に尻を載せ、片手をデスクに突くような姿勢を取る。悪戯っぽい表情でいきなり不遜な態度に出る。
「いや、俺的には結構、神妙に決めたつもりなんすがねぇ~。サリー?」
「……らしくないことをすると、すぐにメッキがはがれるという物だが。」
そういうと、瞳の奥で赤い光をたたえた主人らしい男がブランデーをグラスの中で揺らすと、鼻元に近づけて、その香りを吸い込む。
「あ、そのブランデーいただいていいっすか?」
そういうと鎧の男は壁際のマントルピースの下にはめられたキャビネットを、流れるような動作で開けると、中から、ブランデーの瓶とブランデーグラスを取り出す。
「……構わんさ。勝手にするがよい。」
「へぇへぇ、んじゃいただきますよ。サリー……」
そういうと、鎧の男はブランデーをグラスの四分の三近くまで大胆に注ぎ込む。
「……ブランデーは香りを楽しむもの、と思っていたものだが、そういう飲み方は斬新だな。最近はそういう飲み方が流行してるのかな?」
そういうと、主人は指を二回鳴らしてブランデーを自分にも注ぐように鎧の男に促す。 鎧の男はデスクに尻を載せると、主人のグラスに自分と同じ量まで注ぎ、その瓶のふたを閉めてデスクの上に置いた。
「これは、俺流の飲み方でね。流行とか関係ないですよ。んーーさすがに、いい味のブランデーだな? サリー? 」
ブランデーを一口含んで鎧の男は酒の味に感想をつける。
「だろう?ところでだ、子猫の方は構わん。どうせ、切っ掛けついでに摘まむくらいの気持ちだからな。」
下卑た笑いを口の端に浮かべて主人が告げる。
「では、雌鹿の方をいかがいたしますか?」
「今のところはまだ放っておけ。恐らく今日にも大山猫が動く。山猫もな……。それからでも遅くないだろうが、少し巣穴を突くくらいはしても構わん。」
「御意。」
そういうと二人は妙に意気投合したように歪んだ笑顔を浮かべあった。
「だから、それはやめろ!といってるだろうに!笑いががとまらないだろうが!」
――――
王都の別邸のお屋敷に着いたのは、まだ昼の14時だった。
王室特急便の俊足は通常8時間はかかるダイリュートの屋敷と王都とを5時間で結んでしまったのだ。ただ、その過程で乗りつぶした馬の数も合計で24頭あまりと、普通の商人や領主程度の手際では考えもつかないほどの大盤振る舞いだった。
しかし、王城の謁見は正午を超えると、原則終了してしまう。
つまるところ、そこまで急がせたにも関わらず、勅令を貰うために謁見を申し込むには、翌日になるのを待つ必要があった。
残念ながら、王都の屋敷には伯爵は留守をしており、置手紙によれば明日の謁見の時間まではメイドとともに留守にしていた。
「お父様は翌朝の朝までお戻りにはならないようね……。」
と妙に顔を赤らめながら、手紙の内容を俺に告げてくる。
「そうか、ん?お嬢様?なんかお顔が心なしか赤いような?大丈夫ですか?」
……と、ブライアンが尋ねる。
「な……ななな……なんでもないわよ!!」
お嬢様の様子がなんとなく先ほどからおかしい。
熱でもあるのかと、額に手を当てて、体温を確かめるようとブライアンがお嬢様に接近する。
「にゃ……なんでもないわよ! 別に今夜はブライと二人っきりだとか、そんなこと気にしてるわけじゃないんだからね!」
と顔をより一層赤らめて、お嬢様は火を噴く寸前と言わんばかりになっている。
その言葉を聞いてブライアンも、その意味を悟るとまた、パニックに陥ったかのように。
「わわわわ、私は別にそういうことは別に!ああわわわ……何言ってんだろう! とにかく気にしませんから!」
「はにゃにゃ~。わ……私は自分の部屋にいますから!よ、用があったら。呼んでよね!」
「は!はい!!しぇ……しぇしねぇ!いえ、おじょう様!ぼ……僕も部屋に行きます!!。」
お互いにそういいながらも背中合わせに互いにしばらくお互いを意識して動くことはなかった。
セシリアに至っては左手のグーパーを繰り返し、ブライアンですら、右手を背に隠したりしてるのだが、互いにそれが緊張していたり、うそを言ってるときの癖だと互いに熟知し合ってるだけに、その互いの様子を互いにチラ見しては、それを看破しあい、さらに互いにアタフタすると言ったことをしばらく続けていた。
やがて、そういったやり取りも落ち着くと、彼らは、玄関ホールに置いてあったソファで隣り合って座って、普通に会話できるくらいには落ち着いていた。
もちろん、その夜が同じ屋根の下で2人きりである事実を意識しっぱなしの二人ではあった。
それまでに時間は1時間を要していた。
やがて、ブライアンが思い出したように厨房へ行き、ティーセットを見つけるとお湯を作り始める。
そして、2人分の紅茶を入れると、ソファーのサイドボードにティーセットを置いて、2人で紅茶を楽しもうとブライアンが提案する。
セシリアもそれに飛びつく。
「誰もいないお屋敷なんて初めてよね、ブライ?」
「言われてみれば、ダイリュートのお屋敷で誰もいないなんてありえないですもんね。」
「いつもはエレナがいてくれるのに……。」
「そうですね、いつもはエレナが……!?――て、ええええ?エ、エレナさん?」
セシリアがそういうと、2人はその時になって初めて、エレナという名のメイドがずっと気配を消して、2人の様子をニマニマと遠巻きに見ていたという事実に気が付いたのであった。
エレナにとっては主人が主体的に自分の存在を認めない限り、気配を消し、空気であるかのようにふるまうことがメイドとしての職命である。
二人が自分の存在を無視してる以上、自分はその空気を務めて破ってはならない。そういう一念からの行動ではあるのだが、しかし、同時に主人たちのスキャンダルについてはメイド同志で共有するのが暗黙のルールである。
この時の二人の様子について、後日、メイドたちの間で絶好の噂話として持ちきりになることは間違いのない未来なのだろう。
こうして、2人の2人による2人のための『二人きりの時間』は終わりを告げた。
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「まぁま、お二人はゆっくりしてくださいな。」
エレナはそういうが、執事長という立場の俺としては落ち着かない。
確かに、身分としては騎士の称号を帯びた俺が、今この家では比較的高貴な身分であるとは言え、それでも、本来、伯爵令嬢であるセシリアと差し向かいの食事というのはやはり緊張するものである。
「ふふ、ブライ?そんなに緊張しないで。私たち、昔から家族みたいなものじゃない。」
とはいえ、落ち着いていられず、つい右手を背に隠してしまう癖が出てしまう。そしてそれはお嬢様にもバレバレの状況という非常に居心地の悪い状況であった。
余りに手持無沙汰なものであるので、さっきから、食卓の周りを回っては椅子の位置や、ナイフなどのシルバー類の位置を正確に示すゲージを当てては、所定の位置や間隔にあるか?など何度も直してたりしている。
しかし、ながらそれ自体も本来は不作法であるということには全く気が回っていない。 お嬢様にはその俺の様子がおかしくてたまらないのだろう。。
やがて食事が終わると、俺たちはそれぞれが自室に引き上げる。
簡素なベッドと執務用の3段引き出ししかない机が設置されているだけの、別邸の俺の部屋だった。とはいえ、騎士学校にはこの部屋から通ったのだから、使い慣れた部屋と言って良い。
手持無沙汰になった俺は、風呂にでも入ろうと思い、浴室へ向かう。
その途中で、玄関ホールを通過する。
その時、玄関を激しくたたく音がした。
――ドンドンドン
「だれか!、誰かいませんか? お願いします!助けてください!」
――ドンドンドン
いったい誰だ?
そう思いつつ、俺は玄関に近づき、玄関の扉を開ける。
そこには、2人の少女がいた。
その少女達はどことなく、俺には見覚えがあった。
さて、最後の2人がだれか?っていうのは結構重要人物です。
まぁ伏線を読める人にあバレバレでしょうけどね。^^;