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全然面白くない物語  作者: 垂れ耳猫タビー
第1章 誕生編
5/9

第4話 ――セシリアの冒険<後編>――

4日ぶりの更新?だったかな?お待たせしました。今回は戦闘シーンですが、どうでしょうか?

あと、ちと動物の生死観についても少し書いてみました。

第4話 ――セシリアの冒険<後編>――


 セシリアが洞窟の最奥部に到達したのは、18時15分のことである。周囲は人工的な比較整った石積みの回廊になっている。完全にこのエリアは洞窟とは違う人工的な迷宮として作られている。


 セシリアの耳を信用するならば子供らしい声のしていると思われる方向へと着実に進んでいる。


――速く子どもたちを助けて戻らないといけないわ!


 セシリアは焦っていた。幼少の頃のおぼろげな記憶が彼女を焦らせるものの正体だった。いよいよ、この洞窟や迷宮の様子は彼女の忘れかけていた記憶を呼び覚まそうとしていた。


 ふと、セシリアは考える、この洞窟も迷宮も含めて、ここまで、動物や虫といった自然の洞窟にありがちな、彼女にとって苦手な ―― 蜘蛛などや昆虫類など ―― おぞましい生き物たちがほとんどいなかった。


 コウモリすら生息しない洞窟など、むしろ珍しい部類であろう。それは洞窟を封印していた、入り口の建物と扉とで完全に封鎖され、外界との接触と物資的な循環が止まったために、洞窟内の生態系が長い年月の間に壊滅したためだろう。


 しかし、自然の洞窟ならともかく、人工的な迷宮では、一般的な生物ではなく、魔法的な生体機能を備えた魔物が稀に自然発生し、生活している場合がある。そうした場合にはセシリアの手に負えないような強い魔物もいる可能性も低くはない。しかも、彼女がある時期から苦手となったクモ型のモンスターなどとの遭遇も覚悟する必要があるかもしれない。

 

 ……というよりも、そもそも、自分は昔この迷宮で何らかのトラップに引掛かった可能性が高い。今回はそういったものも十分に注意する必要があった。子どもたちを見つけた場合も、子どもたちの安全を最大限確保した上で救出する必要があった。


 分岐点ごとにチップを置いては周囲の警戒を怠ることなく神経を張り巡らせる。


 気が付くと目の前には突き当りとなった通路と、扉が存在していた。その扉は明らかに人工的なものであり、その中央には何かしらの紋章のようなレリーフが施されている。如何にも入ってはイケないようなそんな雰囲気があった。


 セシリアは扉越しに耳をそばだてて、中の様子を探る。明らかに子供の声が聞こえる。しっかり4人分だ。女の子らしき子供の声も聞こえる。


――よし、子供達を無事に助けたら存分にモフってあげよう。

 子供の髪の毛の柔らかなモフモフ感触を想像して、セシリアはうっとりとする。そういえば、ブライアンが子供のころもモフり甲斐がある柔らかい毛質だった。などとまた思い出に浸る。次にブライアンに会えたときは思う存分にモフってやるわ。うん、それがいい。

「私はモフラーよ。抵抗は無意味よ。」 ――――なーんてね。

 うふふっと思わず笑みが漏れる。しばし、そうした妄想に身をゆだねていたが、目の前の現実がすぐにセシリアの意識を呼び戻した。


 扉の取っ手らしき部分に手を掛け、扉を開ける。


 その部屋の内部は異様に広く天井も10mはあろうとかという高さがあった。セシリアは十分に警戒しながら、中に入り、様子を伺う。薄水色にほのかに発行する不思議な硬質の壁で囲われている……。


 周囲の広さは横方向に50m、奥行きは30mはありそうだった。その奥の方から子どもたちの声が聞こえるが、なにか変だ。


 セシリアは慎重に近づく、右手に持っていた松明を左手に持ち替え、腰に結んであった短剣を右手で抜いて、逆手に持ち体の正面で水平に構えている。左手に持った松明をいつでも投げ捨てられるように準備しつつ、魔法の杖の位置も取り出しやすいように位置を変えた。


 部屋の中は暗く壁の向こうまで、すべてが見えるわけではない。慎重に前進していくと、突如、背後の扉が勝手に閉まった。


「しまった!罠なの?」


 しかし、それ以外は特に何も無い。だが、何かの気配がする。どことなくカサカサと動く音がする。セシリアの心臓が跳ね上がり、心拍数が上がる。アドレナリンが分泌され、緊張感が高まる。ふと見ると左手が勝手にグーパーと握ったり開いたりしている。これは緊張した時の彼女の癖だった。それを初めて指摘した相手もブライアンであった。なんだかんだ言ってブライアンは良く自分のことを見てくれているような気がする。

 背後の扉はどうやら今のところ開きそうにない。ドンドンと叩き、扉が開けられそうか調べるが、開きそうな気配はない。扉についてはその場ではひとまず諦めて、子どもたちがどこにいるのかを探すことにする。と言っても部屋の中を進む以外にないのだが……。


 子どもたちの声はするが、どうにも猿ぐつわをされているような、モゴモゴとした声しか聞こえない。一歩一歩、暗い室内を踏みしめて前進する。やがて正面に何か、こんもりとした糸と樹脂のようなもので固められたまゆのような山を見つける。子どもたちの声はその中から聞こえてくる。

 繭と言ってもきれいな整った幾何学的な形ではない。もっと雑然と何をまとめてがんじがらめにした感じだ。その糸と樹脂とまゆの山に近づいていくセシリア。

 やがてそれらが何かの卵と、糸と樹脂でがんじがらめにされた子どもたちとが渾然一体なった物であることが分かった。樹脂と糸で固められた子供の数はちょうど聞いていたとおりに4人だった。

 そして、それは紛うことなく、かつての自分自身と同じ境遇に陥った者の姿だったのだと理解していた。

 20センチほどのある種の虫の卵を巨大化したような形の比較的柔らかい半透明な分厚い膜で覆われた物体だ。卵の中には何かの生理的に受け付けがたい形の生き物がうごめいている。冷たい脂汗がセシリアの額を流れていく……。


 周囲を警戒しつつも、子どもたちに慎重に近寄ると声をかけるセシリア。

「大丈夫?君たち?」

「んぐぐーんぐぐぐぐぐ」

「んーーーんーーー」

「ンーーンンン!!」

 子どもたちは何やら話そうとしてるが、顔まで糸と樹脂でベトベトに固められており、呼吸も満足にできないような有様だった。セシリアは短剣で丹念に糸を切っては樹脂を削り、子どもたちの戒めを解除していく。


「ぷはー―助かった!!ありがとう。おねえさん!!」

「もう大丈夫よ、今助けるからね!」

「んーーんっちーむーーーんっち!」と子どもたちは騒ぎ始める。

「はいはい。いますぐに助けてあげますからね。おとなしくするんですよ。」


 ……と、なだめながら子どもたちの戒めになる樹脂や糸をあるいは切断し、あるいは削りとっては取りのそいていく。子供たちの体を傷つけないように破壊するのはなかなかに骨だった。

「ありがとう!!、助けてくれて!。」

「うわぁーーーん。こわかったぁ。」

「大丈夫ね。すぐにこの部屋の扉の開け方を調べるからね!。でもその前にこの気味の悪い卵を全て焼き払ってからにしましょう!!」

「あなたがクリフね。もう大丈夫よ。」

「うん。でも、怖かったぁ。グズ……」

子どもたちは不安が解けて急に何か堰を切ったようにさらに泣きじゃくりはじめてしまう。

「男の子がビービ―泣かないの!もぅ、しょうがないわねぇ」

 セシリアは柔らかく微笑むと、その一人一人の頭をさりげなくモフっていく。その柔らかな感触にしばし恍惚となりそうだったが、気を引き締め、努めて下心が見えないように微笑み、モフり続けその柔らかな感触を堪能する。 その姿は子供達には優しい女神の様な表情に見えていた。いや、そう見えるように計算してこの女は、そうやってるだ。

「さ、もう大丈夫ね?」

 そういうと、セシリアは短剣をシースケースに収め、代わりに杖を取り出す。ダイヤルを再び30に合わせると目を閉じて精神を集中させる。

「ヒートボール!」

 卵の内部に超高熱の炎の玉を直接出現させて内部のモンスターの幼生らしいものを直接焼滅する。こうした閉鎖空間では、炎は煙を伴い、有害なガスを発生させることがあり、その取扱いは非常に難しい。

 火炎系魔法の中でも特に超高熱を凝縮して扱える魔法を選ぶ必要があった。

「ぴぎゃぁぁぁぁ。」「しぎゃぁぁぁぁぁ!」

「うわぁー!」

「おおおお!」

「やったぁ!」

「すっげぇ、おねえさんすげぇーー」


 子どもたちから歓声が上がり瞳には歓喜の色が染まる。それとは対照的にモンスターの卵の中の幼虫らしき何かが悲鳴を上げながらもがき苦しむようにジタバタと暴れて、最期には黒焦げの炭になっていく。 そして、外側を包む卵塊膜が粘液質の生理的に受け入れがたい音を発しては消し炭の塊とドロっとした中身をぶちまけながら、ペチンパチンと破裂していく。それは鳥もちの様のようにねちっこく不快感を誘われる光景だった。。

 セシリアは卵の一つ一つを確実に焼滅させていく。やがて、卵を覆う糸と樹脂の山の殆どが黒い炭と黄色いドロっとした粘液にまみれた塊となっていた。


「さ、扉の仕掛けを解除して、ここをはやくでましょう!」

 セシリアがそう子どもたちに声を掛ける。その瞬間に、その背後に何かが落ちてくるような気配がした。


――――ふがぁぁぁぁぁしゃぎぃぃぃぃ!

「おねえさん後ろ!」

「あああぁぁぁ」

「どうして…コイツが戻ってくるんだよ!」

「ヤダよぉ!」

「こわいよぉお」


「え゛?」


 そのモノが抗議の叫びを上げているようだ。しかしセシリアは動かない。否、動けない。その背後にいるのは彼女にとっての天敵だ。


 振り返ってはいけない!セシリアの本能はそう叫んでいた。そして、イケナイとわかっていても、彼女はついに振り向いてしまったのだ。

 ――――そこには彼女の天敵がいた。

 いや、違う。それこそが彼女のトラウマの正体であった。

 

 それは、禍々しい姿をしていた。その手足は黄色と黒のストライプ模様をしている。大きな顎と、巨大な腹。そして、赤い8つの目がついたそれは巨大な蜘蛛だったのだ。


「あああ……どうして……」

 それはセシリアの最も苦手とする生き物――そう、巨大な蜘蛛であった。体が竦み上がり、思うように動けない。カタカタと手が震え、短剣すらつかめないまま、尻もちをついたまま、体が萎縮して動けない。尻もちをついたまま、一歩後退りするのがやっとだった。

 守べき子供の前であるにもかかわらず、無様に尻もちをついてガタガタと体が震えて動けない。


 目の前の化物は全長が3m以上もある巨大な蜘蛛だった。そう、見覚えがあった。セシリアは昔ここで、この巨大蜘蛛に今の子供達と同じように、その卵から孵化する子蜘蛛の餌として、糸と樹脂で固められ、卵塊と抱き合わせにされて、身動きすらできないようにされたことがあったのだ。


 孤独の中でその半透明の卵塊の膜を隔てた中で次第に成長していき、その生き物の体液をすするための鋭い牙が次第に大きく充実していく悪魔の育つさまを見せ付けられ続けた。そして、樹脂によって固められ、身動きも取れ無いままに、それは数分単位で変化し、徐々に死の使徒の姿に成長していくのだ。その光景を視界に捉えながら見つめるしかなかった。それでも自分では何もできず、ただ、最期の瞬間が1秒でも遅くなるよう願うしか為す術はなかった。


 その体験の記憶がよみがえり、彼女から、この場での全ての精神的な抵抗力を奪い去ってしまったのであった。

 その当時は父親のダイリュート伯爵が間一髪のところで、そのバケモノを倒して、自分を助けだしくれた。今は自分一人だけだ、否、更に守るべき子どもたちが背後にいる。にも関わらず、無様にも体はその恐怖を思い出したかのように竦み上がり、短剣一つまともに握ることができないでいたのだ。


――――しゃぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 巨大な蜘蛛が威嚇するように、産みつけた我が子を殺された怒りを露わに、一歩また一歩と近寄って来てはセシリアに対して、その威を見せつけるように腕を振り上げ、そしてにじり寄ってくる。勝ち誇るように大蜘蛛が咆哮を高らかに上げる。まるで勝利宣言をしているかのようだった。


 奴は腹をセシリアに向け、糸を噴射しようと狙いを定めていた。


「なんとかしなきゃ、なんとかなしなきゃ、なんとかしなきゃ。魔法魔法魔法!そうそう!魔法よ!魔法!」

 杖を取り出そうと頭では考えるが、その杖がどこにあるのかさえセシリアには見えてなかった。うわ言のように言葉を繰り返すセシリア。瞳孔は散大し、すでに目の焦点は何も捉えることができない。そして、恐怖を刻みつけられた体は何一つ、一向に動いてくれないし、足にも腕にも完全に芯が抜けたように力が入らない。


そもそも、心が乱れて、魔法を使おうにも考えがまとまらない。精神が乱れて集中できない。こんな状態では魔法なんか使えない!


「いやぁーーーこっちこないでぇぇぇぇ!!」


 もうセシリアの心は限界だった。情けなさで、顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。巨大蜘蛛が腹をこちらに向け、今にも糸を噴き出そうとしていた。


「ブライ!! たすけてーー!!私、もうダメーーーー!おねがい!」


 ――セシリアの心は完全に折れていた……。

 巨大蜘蛛の顎の牙が勝ち誇るように左右に開閉しカチカチ音を鳴らしている。その様子にセシリアの背後に隠れていた子どもたちも怯えて体をすくめている。巨大蜘蛛が腹の先端の糸の噴射器官をセシリア達に向けたまま、また一歩前進する。上体をさらに深く折って、その獲物の体液をすするための顎の牙がセシリアの目の前にせまり、そこから滴る毒液がセシリアの衣服の一部をジュワッと煙を上げて溶解した。


もはや、セシリア達に逃げ場はなかった。


「ブラーーイ!」


 セシリアの心が絶望に支配され、黒く塗りつぶされていく。

巨大蜘蛛の8つの赤眼が勝利を確信したかのように怪しく輝いた。


――まさにその瞬間だった!

 部屋の扉が勢い良く開くと、ブライアンが飛び出してきて、 巨大蜘蛛の背後から、長剣で斬りかかったのだった!!!。


「お嬢様!!――えぇい!この蜘蛛野郎!俺のセシリアには指一本触れさせやしないぞ!」

「えぇ?ブライ!!……どーして?……え?どうしてここに!?」

 ブライアンが助けに来るにはまだ早すぎる。思いもかけない援軍にセシリアの頭が現実に追いついていない。

 背中を長剣で貫かれた巨大蜘蛛は垂直にのけぞり、体を捻ったり体を左右に振って、長剣を胸部の背中に突き立ててぶら下がっているブライアンを振り落とそうとする。

 そのありえない光景にセシリアは言葉を失う。まだ、彼は数時間はここに来れるはずがないのだから無理も無い話なのだが、そこにいるのは間違いなくブライアンであった。そのことだけはセシリアにも理解できていた。

「ん、おぉぉぉぉぉ!!」と、気合を入れると、ブライアンは巨大蜘蛛の背に長剣をねじり込んでから、そのまま身を空中で回転させ、まるでクロコダイルのデスロールのように体を回して、長剣の刺さった傷口にねじりを加え更に損傷を与えようと体の姿勢を制御する。

 そして、それが一段落すると、巨大蜘蛛の背に足を掛けて、長剣を引き抜くように足に力を込める。蜘蛛の背中から離脱するために、剣を引き抜き、空中に身を躍らせた。

 足が接地すると同時に勢いに逆らわず膝を崩し、セシリアの眼前に転がるように肩から丸まって、衝撃を吸収しながらゴロゴロと転がり、そのままの勢いで膝立ちに立ち上がり、長剣を水平に構えセシリアの目の前に立ちふさがった。

 いわゆる5ポイント着地と呼ばれる受け身を取りながら着地する体術だ。


「お嬢様、ご無事ですか?」

「ブライ!あぁどうして?夢じゃないのよね?」

「はい、お嬢様! お怪我はありませんか?」

「うん。来てくれたのね……ホントに!……でも、どうして?こんなに早く?」うつむき加減に泣きじゃくりながらセシリアが答える。

「話は後で、お嬢様は子どもたちを連れて部屋の外へ!……俺はコイツを倒してから行くから!」


 その言葉を受けると、セシリアは頷いて、子どもたちの手を取って、扉へと向かっていった。子供達もそれについていく。

 

 部屋の扉には一本の短剣がストッパーのように挟み込まれて、それ以上閉まらないようになっていた。


そして、扉の向こう側に子どもたちとセシリアは消えていった。


 巨大蜘蛛が緑色の体液を背中から撒き散らしながら起き上がって来て、ブライアンを睨むように間合いを詰めてくる。8つの赤い眼がブライアンを捉え、生き残るための知恵をその大きくもない脳で考え、ブライアンを睨む。


ブライアンもそれに負けじと巨大蜘蛛をを睨み返す。ブライアンは長剣に滴る緑色の毒々しい色の血液を強く振り飛ばすと、その勢いのまま長剣を正眼に構え、巨大蜘蛛を迎え撃つ。



――――

――ブライアンが、セシリアの元にこのタイミングでたどり着いたのには、いささか複雑な事情と、ちょっとした悲劇が重なったことに原因があった。


 その時、王都へと続くスノーシュ街道を一行は順調に馬車で進んでいた。

ガシャガシャと金具の音やら、車輪の回る音やらを撒き散らしながら、2頭の馬は一歩一歩踏みしめて着実に馬車を引いていく。

 

 そんな中、異変は突如として起きた。それはそれこそ、針の穴のような小さな偶然だった。


 事の顛末は一匹のナキウサギが住む巣穴がもたらした。

 黒毛の馬 ―― ブラックリザード ―― がこのナキウサギの巣穴に足を突っ込んでしまい、躓いて転んでしまったのだ。トムはすぐに栗毛の馬に止まるよう合図を必死に出して、場shを止めようとしたが、そのままの勢いで、馬車が進み、ついいに停車したのは、その馬車の車輪がブラックリザードの右足を轢き砕いてしまった後のことだった。


 すぐにトムが暴れる馬のそばに駆けつけ、馬車を慎重に後ろに下がらせて、馬の具合を見るために馬を落ち着かせて立ち上がらせた。前足が膝の下の部分からぷらぷらと腕がぶら下がり、ブラックリザードが痛みに体をひねるたびに右膝の下から先がブランブランと大きく円錐運動を伴って力なく揺れていた。


 伯爵とブライアンが扉を開けて飛び出す。


「どうした?なにが起きた?トム?」

「ああ、ブライアン様。どうも馬がナキウサギの巣穴を踏み抜いちまったようです。」

「大丈夫なのか?」


 馬に関しては素人のブライアンが見ても馬の右足の状態は尋常ではなかった。


「完全にヒザ下から折れてしまってます。靭帯もかなりひどいな、完治するかどうかは、かなり難しい状況です。治療は無駄になる可能性が……。」


 馬という動物はデリケートで特に足の骨折の場合は、それが治癒することは少ない。徐々に怪我をしてない足までが自分の体重を支えきれず、徐々に血行不良によって、壊死していき、最終的には多臓器不全を引き起こし、死んでしまう。そんなことも少なくない。

 如何に伯爵といえども、馬は大切な資産であり、御者のトムには助けるかどうかの決断をすることができない。


「予後は厳しそうか?」


 ダイリュート伯爵が険しい表情でトムに聞く。


「はい、旦那様。まず、この子を治療するかはともかく、馬車をこのままにはしとけません。……いつまでもここにとどまっては、野党に狙ってくれと言ってるようなもんです。まぁ、旦那様なら物の数ではないでしょうが、しかし…」


「あえて、虎の尾を踏むようなことを、するべきでもないですね。」


……とブライアンが冷静に言葉を継ぐ。


「旦那様どうしましょう?私としては、この子を治してやりたいのはヤマヤマですが、ここでは何もできませんぜ?」


「ではどうすればよいのだ?」


「この子を治療するにも、まずは次の宿場町まで運んでやる必要がありやすが、この馬車では運べません。」


「つまり、ここに置いていくしか無いってことですか?トム?」

「ふむ」伯爵が頷く。

「つれぇけど今はそれしかありやせん。」


「では、伯爵様、ここでブラックを馬具から外し、次の宿場町へ行き、そこから馬運車と馬医を手配しましょう。」とブライアンが提案する。


「もう正午を回ってる。馬たちにも急がせて可哀想なことをした。」


「はい、伯爵様、ブラックはひとまずはそこの木に繋いで、座らせておきましょう。添え木でもしてやれば少しは楽にしてやれるでしょう。トム?それでいいか?」


「まぁ、足を折った馬を盗むって物好きな野党もいねぇでしょうなぁ……。」

「では、ブラックから馬具を外して、次の街へ急ぎましょう。」

「まて、ブライアン。トム?この子は治療しても、治るものなのか?」

「正直な話、治療して治ったって話のほうが少ねぇです。」


「では、安楽死をさせるのか?トム?」

 ブライアンの表情が曇る。


「あっしからはなんとも。ただ、出来ることなら、希望は与えてやりてぇ。」

「時に希望は邪悪な残酷さを示すな、トム……」

「否定はできやせん。悔しいことです……旦那様……。」

「…………く。」

「希望があるが故に無用に与えてしまう苦痛もまたあるということだ、ブライアン。…………そして、より悪質なことに、希望にすがらん限り奇跡は起きないのだ…………希望などという人間のエゴに馬を付き合わせるのも、また忍びないことだとは思わんか?」

「しかし、命あるもの、命を永らえることを望むはずです、伯爵様!」

「そうかもしれん。しかしな、その昔、パンドラが開けたという、あらゆる邪悪が入った箱の中には最後まで希望が入っていたのだというぞ?」

「だからこそ、希望だけは最後まで人に残された唯一の救いではないのですか?」

「さぁ、どうかな……? ……わたしにはその希望こそが、この世にはびこる最大の邪悪ではないのか?と思うことがあるのだよ。」

「………………! そんなことがあってたまるものか……。ハ!……失礼しました。」

 ブライアンは無意識にダイリュート伯爵の言葉に反発してしまった。ブライアンには珍しいことだった。ブライアンに人間らしい感情の動きを見てダイリュート伯爵は少し微笑ましく思った。


「それは良い、ブライアン。だが、今のブラックリザードにとっては希望とはまさに報われることのない苦痛から逃れることを”死ぬまで許されない”ことそのものだ。これが悪意とか邪悪と言わずしてなんというべきだろうかな?ブライアン……」


 準騎士の少年コンラート=コーニッシュレクスはこの会話に一切口を挟もうとしない。が、長剣を抜いて、ブライアンか伯爵が命令の声を書けることを予測し、それを待っている。


「人に飼われた動物だけが、確実な死に至るまでの苦痛から逃れ、人の手で尊厳ある安楽な死を得ることができるのだ。 それは人間よりもずっと死の苦痛から自由であるとも言えるのだ……わかるか?ブライアン。だが、この子の処遇はお前に一任する。助けるために手間をかけるもよし、このまま捨て置くもよし、または、名誉ある死を与えるのも全てお前に任せる。いずれにせよ覚悟を示して見せよ。」


「……!!!!」


「時として騎士は、力尽きようとする敵に対してさえ礼儀を持って止めを刺さねばならぬ時がある。それが騎士の敬意のつくし方でもある。……ブライアン……決めるなら早く決めるべきだ……。」


「……ブラック……。」トムが泣きそうな顔を一瞬するが、表情を引き締め、覚悟したかのようにブライアンに視線を送る。

 ブライアンはそのトムの視線を受け、自分がやるべきことを自覚した。

「コンラート!」

「は!」

「剣をしまえ、…………我が友ブラックリザードへの止めは私が刺す! とくと見てるが良い!!トム、できるだけ苦痛のない死なせ方を教えてくれ。」

「わかりました。ブライアン様。」


 トムが降圧剤と麻酔薬、カリウムイオンの薬液を注射で投与する。その効果が十分に確認できたところで首の頸動脈の筋に沿って正確に長剣で深く深く切り込み、丁寧に切り口を切り広げる。

「長剣でされるのですか?」コンラートが尋ねる。

「馬は騎士の半身。せめて騎士の剣にかかって死なせてやりたいからな……。」ブライアンが答える。


 切り裂かれた頸動脈からは血が吹き出すこともなく、清らかな湧水が溢れでるように弱々しくまさに命の泉がわき上がり、弱くとくとくと命の水そのものが流れ落ちる。やがてその泉そのものが枯れ果て流血が止まる。こうして、ブライアンはブラックリザードに止めを刺したのである。


 ブラックリザードは文字通り眠ったまま、その心臓の鼓動を停止させ、そして、安らかに眠るように死んでいった。ブライアンとコンラート、そしてトムは街道脇の樹の下に穴を掘るとブラックリザードを埋葬した。埋葬が済むと、伯爵も一緒に、全員がしばらくの間沈黙し、黙とうでこの馬の冥福を祈った。



……一つの悲劇はこうして幕を閉じる。この悲劇がなければセシリアの手紙を持った兵士の早馬が、ブライアンたちの手元にタイミングよく届くことがなかったことは疑いようもなかった。


そして、太陽は正午を過ぎようとしていた。

そして、一頭だけになった馬の負担を減らすため、ブライアンとコンラートは馬車を降りて歩いた。そして、次の宿場町へ一行は急ごうとした。

 その背後で、突如、ブラックリザードの体が震え、ヒヒュィーーイという鳴き声のような、ある種の笛のような妙に低く太い音を一瞬だけ発した。

「――ブラック!?」

 ブライアンは一瞬止めを刺し損なったか? とぎょっとした。が、伯爵がいたわるような青緑色の瞳でブライアンの瞳をしっかりと見据えながら一言だけ言葉を掛けた。

「――ブライアンよ、ブラックの魂が肉体を離れたのだ。人間でも、こうしたことは、まれにあることだ。」

 理屈では納得しつつも後ろ髪を引かれるような思いでブライアンは歩き続け立ち止まろうとはしなかった。伯爵たちもそれに倣って立ち止まることなく歩き続ける。

 ダイリュート領に最も近いスノーシュ街道沿いの宿場町、ハーレーシュの街にたどり着いたのは、15時になった頃だった。


 そして、ダイリュート領の駐屯地からセシリアの手紙を持った早馬がブライアン達に追いつき、ハーレーシュの街に到着したのとほぼ同じ時刻であった。

 セシリアからの手紙を受け取ると、ブライアンは、速度の出る体格の大きな馬を更にもう一頭レンタルし、セシリアの待つであろう庭園洞窟へ向かおうとした。

 ダイリュート伯爵もセシリアの手紙を読むと事態を理解し、ブライアンが庭園洞窟に行くことを了承した。


「騎士団の定例報告会議にさえ間に合えばよい。最悪でも私が事態を説明すれば何とかなるだろう」


 それがダイリュート伯爵の結論だった。しかし、そう簡単にはことは運ばなかった。馬のレンタルショップに居た足の早い馬が休憩を終えて体力を取り戻すには、更に2時間の時間を要したからだ。

 この間、出発準備が整うとダイリュート伯爵はブライアンと別れて、先に王都へと行くこととなった。

そして、休憩の終わった大型馬に乗り込み、ダイリュート領の庭園洞窟へブライアンが向かったのは17時を少し回ってからのことであった。馬にとって最も効率の良いトロットで走らせ、庭園洞窟にたどり着いたのは18時30分の事だったのだ。




――――

 ――そして、ブライアンは現在、巨大蜘蛛との死闘の真っ最中だった。

 ブライアンは巨大蜘蛛に対して、長剣を正眼に構えて隙を伺う。

 ジリジリと両者のにらみ合いが続く。背中からどくどくと緑の体液を流す巨大蜘蛛も、かなり体力を消耗して、もはや、自分が生き残るためにブライアンを排除する自己保存のための戦いへとその目的が切り替わり、だいぶ動きが慎重になっていた。


「ウォォォォォ!!」

 先に動いたのはブライアンだった。全速力で巨大蜘蛛に突撃し、長剣を上方に振り上げ、巨大蜘蛛の喉元に長剣を突き立てるように突き上げる。蜘蛛もおとなしく殺される気はない。左の触腕でそれを受け止めようとするが、その左触腕ごと長剣が貫く、巨大蜘蛛のフサフサとした産毛が生えた喉元に剣が吸い込まれて肉に食い込む嫌な感触がブライアンの腕に伝わり、ブライアンはまゆを顰めた。


――――――――――!!!!!!!!!!


――――――――!!!!!


 この世のものとは思えないような、もはや表現不可能な甲高い断末魔の叫びが部屋いっぱいに反響し響き渡る。

 更にブライアンは剣を回転させ、喉肉にさらなる損傷を与えようと肉を強くえぐる。

えぐる!えぐれ!穿て!貫け!死ね!死んでしまえ!そして殺す!!!

 そして、ブライアンは剣を引き抜き、距離を取る。巨大蜘蛛の体からフッと力が抜け、そのまま、巨大蜘蛛の体が力なく、轟音と舞い上がる砂埃とともに巨大蜘蛛は床に崩れ落ちた。

 ブライアンはその瞬間に勝利を確信したが、そこに油断があった。

「ブライ!危ない!」

 そして、ブライアンが気を許し、扉の外に向かおうと巨大蜘蛛に対して背を向けてしまったのだ。

 迂闊だった。最期の死力を振り絞った巨大蜘蛛の右触腕の最期の一撃がブライアンを捉えようとしていた。


 まさにその瞬間に、扉の外から、火炎をまとう巨大な弾が撃ちだされていた。

 セシリアが打ち出した、レベル4火炎魔法、ファイアボルトだった。

 

 それまで巨大蜘蛛に与えられたトラウマによって頑なに戦えなかったセシリアがブライアンを助けるためだけに、無意識に動いたのだ。

 そして、杖のダイヤルを素早く40以上にセットしてから、渾身の一撃として彼女の使える最大の魔法を発動させたのだった。

 巨大蜘蛛の体が火炎に包まれ、隅々までその体を炎が舐め尽くし、巨大な蜘蛛の肉体のあちこちから白い蒸気が立ち込め、まるで蒸気の羽衣を纏うようだったが、それでもまだ、その命の炎は完全に消えてはいなかった。

 よろよろと、その場を逃げようとブライアンたちに背を向けてズルズルとできる限りその場から離れようとするかのよう這いずる。


 気を取り直すと、ブライアンは後ろを向いてる巨大クモの腹の背に飛び乗り、長剣を突き立てて、そのまま、蜘蛛の背の上を走り胸部の背まで切り裂いていく。


「うおおおおおおぉぉぉ! 我が名は騎士ブライアン=セルカーレクス、名もなき蜘蛛の化生よ、せめて、汝にとどめをを刺す者の名を魂に刻み付けて、安らかに逝け!」


 巨大蜘蛛の背に刀身がめり込んだ長剣を引き抜く。そして、助走をつけて巨大蜘蛛の頭部を目掛けて跳躍し、全体重を乗せて長剣をその巨大蜘蛛の頭部に垂直に突き立て、そのまま長剣の柄にしがみつくように体重を乗せ、長剣をその蜘蛛の頭に深くめり込ませた。


「ぬおりゃぁああああああ!」


 そのまま両手で柄をつかむと柄に回転を加えて内部をえぐりこみ、なおも強く押し込む!!長剣の先端が口顎の牙の間から貫通して飛び出す。緑色の毒々しい血液と白い白子の様な脳漿が傷口から噴水のように吹き出す。


「フシューーーー ふしゅうううう。」


 ブライアンの口から、荒い呼吸音が口から洩れる。そのまま足の力を使って長剣を巨大蜘蛛の頭から引き抜くと、姿勢を正し、勝利を宣言するように咆哮を上げ長剣を真上に掲げた。


「うぉぉぉぉぉっしゃぁぁぁぁ!勝ったぞぉぉぉぉぉぉ!守り切った!俺は大事なセシリアを!俺は守ったぞ! うぅぅぅぅっおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 勝利の高揚感のなかで、彼は胸に秘めていた言葉のすべてを開放していた。


 セシリアはそのブライアンの姿を一生忘れられないだろうなと思った。その瞬間セシリアの胸の中で静かに少しずつ育っていた何かが実体あるものへと変化し昇華した。


 セシリアの杖の魔力の残量は60でギリギリだった。レベル4の魔法を使うために、魔術深度は40を超えていた。

 十分長い時間をかけながら、ダイヤルを絞り、最初は30、そして3分間待ち、次に24に合わせて、3分間待ち、同様に18、12,8,5と順々にダイヤルをセットしては3分間ずつ残留魔素の排出を行い、残留魔素の排出手順に掛かった時間は合計で18分にも及んだ。


 かなりの長時間、マナの海にチャクラを潜らせていたせいだろうか?妙に全身に倦怠感が広がる。ダイヤルを0に戻した時に杖に残った最終的な魔力の残量は10を切っていた。


 本来、浅い深度で魔法を使った後に深い深度でさらに魔法を使うことは魔力障害を発症させる最も高いリスクを抱える行為だが、幸運にもその後、セシリアが魔力障害を発症することはなかった。


――――こうして、セシリアとブライアンは巨大蜘蛛との死闘を制した。


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