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全然面白くない物語  作者: 垂れ耳猫タビー
第1章 誕生編
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第3話 ――セシリアの冒険<前編>――

セシリア メインストーリーです。

んーーダイブ私セシリアに思い入れが出てきてしまっていますw

たぶん、本来の主人公を生むことになると思うのですが、まだ、彼がこの世に出るにはもう少しブライアン君が頑張る必要があるかもしれません。

第3話 ――セシリアの冒険<前編>――

 次第に遠ざかる馬車をブリジット夫人とともに見送るとセシリアは玄関先から玄関ホールへ入った。後ろでブリジット夫人が分厚く大きな玄関の扉を閉めていた。


「行ってしまわれましたね。お嬢様……。」


「ええ……、無事に帰ってきてくれますわよね?」


「心配は無用です。お嬢様。曲がりなりにも、王国騎士が二人もいるのですから、大丈夫でしょう。それに途中で兵舎にお寄りになって、護衛の方も加わるとのお話ですから、心配はないでしょう。」


「そう……そうよね。」


 実際のところ、ブライアンが父親である伯爵の指導の下、騎士として剣の腕を叩き込まれているということは長年見てきてる。頭では理解しているが、かといって心配にならないかと言われるとそれはまた別の話だった。


「はぁ、さびしくなるわね。」


「ふふ、さしあたってのお嬢様としては明日と明後日の御目覚めにだけお気を付けあそばされませ。あまり、メイドたちの手を煩らせては、こまりますよ、お嬢様。――それでは私は仕事がありますので、失礼いたします。」


「ええ、私は部屋に戻ります。」


 二人はその場を別れるのであった。

 自室に戻ったセシリアは窓を開けると、窓の外に張り出したべランダへ出ていく。

 季節は5月。新緑の香りを風が運んで頬を撫でる。セシリアはベランダに設えたベンチに腰を下ろす。


 そこから見える景色はブライアントとの思い出でいっぱいだった。

 一緒に遠乗りしたいと、女だてらに馬術を習ったりしたこともあったし、ピアノのレッスンを受けたのもブライアンと一緒だからこそだ。

 そして、いつも、ブライアンはセシリアの歩調に合わせて横に並んでいてくれていたのだ。それは彼女の少女部分が作り出した脚色や、微妙な主観も混じり、美化されたものも少なくない。が、彼女にとって、それすらも、大事な思い出の一つには違いなかった。


 記憶が過去を巡っていく――。


「久しぶりに遠乗りでもしようか……。」


 セシリアはそう思いたつと、いてもたってもいられずに、小走りに馬舎に向かった。ふと、こんなところをブリジット夫人に見られたら、はしたない、と叱られるかもしれないという考えもよぎり、一端部屋に戻り、衣服だけ乗馬用のものに変えておこうと、取って返し、急いで着替えを済ませると、身軽に身を翻し、今度はいよいよ全力疾走して馬舎へ向かっていった。

 着替えるにはメイドの一人を呼び出し、着替えを手伝ってもらう必要があったために、それなりに時間はかかった。

メイドには遠乗りの件についてはメイド長にも他言しないように頼んだ後、部屋を飛び出したのだ。それを見咎めるものがほかに一人もいなかったのは幸運だったのだろうか? と後日、セシリアは考えこむことになるのだが、今は待ち受ける運命を知る由もなかった。


 遠乗りを思い立ってから20分後、馬舎に到着すると、セシリアは馬舎に残った2頭の馬を認めた。人はいなかった。ほかの馬は放牧にでも出されているのだろうか?姿が見えない。馬の世話者係りの者も見当たらなかった。

 仕方なく、2頭の馬のそばに駆け寄ると、そのうちの1頭、栗毛の足の短い、ルーセンと名付けられた老馬に目が留まり、すぐにセシリアはその馬に乗ることに決めた。

 馬舎の奥の倉庫を探ると、すぐに馬具一式が見つかる。それらを手に取ると、ルーセンに取り付けていく。金具を掛け、ベルトを締める。すでにセシリアは乗馬用の服装に着替えていたので服の汚れを気にする必要はなかった。


 淡いピンクのシュルコの下には、黄色く染めた麻のコット、脚衣にはローズレッドのキュロットパンツ――くるぶし丈の生地が厚い乗馬用の本来男性用のものだ――、そして、乗馬用の革のブーツを履いていた。

 乗馬用のお気に入りの軽装気味のコーディネートだった。

 貴族のご令嬢としては少し足のラインが出すぎて多少気恥ずかしくはある。しかし、ふだん着ている裾の長いサーキュラ・スカートとは違い、最近になって王都の仕立て屋が発明したという新しいタイプの2股に分けれたショースのような、踝丈のキュロットパンツは活動的であり、乗馬用としては最適のズボンだった。

 そもそも、女性が乗馬をするということ自体がそれほど当たり前の趣味としては認められてはいないのだ。 今度、キュロットパンツに適当なコサージュをつけてみたらかわいいかも、などとセシリアはのんきに考えていた。

 ポケットから取り出した、白色のネッカーチーフを首にまいて、小ぶりな大きさの涙滴形の琥珀のネッカーリングでそれを止めた。そのフランジ部分には精緻な彫金ががびっしりと施されている。

 まだ5月で今日は陽気もよくあたたかい。マントやガウンはいらないだろうと考え、それらを羽織ることはなかった。


 すでに陽の高さは正午を過ぎていた。 セシリアは鞍が確実に固定されたことを確認すると、鐙に足を掛けて、反動をつけて馬に跨った。背筋を伸ばし、坐骨で鞍を捉えながら、足に力を掛けて馬の胴を挟み込む。

 心地腰を上下にリズムよく弾ませる。 いわゆるトロットと言われる、比較的ゆっくり目の馬の走らせ方だ。それでも、人の歩きよりははるかに速い。時速にしたら12Km/hはゆうに出ている。

 

 風がウェーブのかかった長い金髪を梳いていく。 汗が流れ。風がそれを冷やす。それが肌に心地よい。

「私は風よ!」などと爽快感に身を任せる。

 そろそろ、調子が出てきたのでさらに、馬に速度を上げるよう腰のリズムを速める。 キャンターと呼ばれる走らせ方だ。時速にすると20Km/hほどである。実際には、もう少しばかり速くても良いのだが、老馬の体力であることを思いやってのことだ。


 この世界でも、王様や領主の足の長さや、手の大きさといったものを長さの単位に使うこともあった。しかし、”アルメスの秤”と呼ばれるオリハルコン製の原器が大昔から存在しており、これが事実上の世界標準の長さや重さの単位として各国で使用されている。

 距離の単位はメートルだった。

 補助の単位についても同様にメガ、キロ、ミリの3つが口頭で伝えられているが、その来歴や謂れについてはただ「そう決まっているから」という理由だけで、広く利用されていた。

 それよりも大きな単位や細かい単位についてはもはや学術の領域だった。


 特に目的地を決めているわけではなかったが、セシリアは昔作ったはずの庭園洞窟のある森を目指していた。そこは昔、ブライアンと父とで作った半分迷宮化した人造の洞窟のはずだった。

 その当時、王都の貴族たちの間で流行した庭園設計の一つに人造の洞窟を作るという様式があった。今となっては殆どすたれている。


 それでも、避暑用の涼しくした部屋として使う例は結構あると彼女は聞いていた。

 しかし、この時、彼女は誤解していた。人造の洞窟を作るといっても、本当の洞窟をそのまま作って再現するというわけではなかったのだ。

 単に洞窟風の岩肌を持ったラウンジコーナーや日よけの壁を作る程度の話だったのだ。


 その庭園洞窟は本宅の庭園に造る洞窟の試作として作られたはずだと記憶してるが、伯爵の凝り性が高じて、無秩序に掘り進められ、半ば迷宮化したところでセシリアが迷子になるという事件を経て、封印され放置されるに至った。それがまだ幼い彼女の理解であった。


 あくまで、伯爵個人の趣味として作られたわけだが、なぜそんなに巨大なものになったか?ということについてはセシリア自身にはほとんど記憶がない。

 そもそも、砕いた石や貝殻などを、漆喰で塗りこんだ壁の装飾も、ほんの入り口付近だけでセシリアも、言い出しっぺの伯爵自身も音をあげていたはずなのだ。


 最後までやる気を維持していたのはブラインだけだった。なぜか、その場にメイドたちや使用人の男性たちが参加していたという記憶はなかった。


 その庭園洞窟のある森の近くには小さな村落があり、ひとまずはそこに立ち寄って、何か水分になるものを手に入れてから庭園洞窟に向かってみようとセシリアは思っていた。


 セシリアが村にたどり着き、村の中央広場に入ると、村の大人たちが6、7人ほどで何やら言い争っているようだ。


「どこに行ったか本当に心当たりはないのか?」


「ええ、こまったわ……。お昼には戻るように言ってあったのに……」


「アッチにもいなかったぞ。」


「お前がちゃんと見てないから、こういうことになるんだ!」


「私のせいだというんですか?! それをいうならあなただって! ろくに子供たちの面倒を見てくださらないじゃないですか!」


「あ、いや、それは……」


「森の中も探せるところは全部探した。」


「あとはあの場所しか考えられない」


「しかし、あそこは禁区だ。領主様の許可なく立ち入りはできんぞ!」


「そんなことを言ってる場合か?」


「しかし、あそこは危険だ。現に10年前にも同じようなことが起きたことがある」


「ああ、アンナは女の子なのに……。なんてことに……。」


「とにかく、だれか、伯爵様の屋敷に行くんだ。 洞窟の中を探せるよう頼まないと話にならん!」


 そんな声が聞こえ、さらに他の2~3人が村の中を走り回っているようだった。


 村人たちは馬に乗ったセシリアに気が付くと、口々に「お嬢さまだ!」「領主様はどちらに?」「どうか、子供たちを!みつけて!お嬢様お願いします!」と言いながら、セシリアの周囲をとり囲む。


「みなさん、どうなさったのですか?」


 セシリアが馬を降りると、村人の一人が代表してセシリアに事情を説明する。

 村人の説明によれば、村の子供が4人、そろって姿を消して、お昼になっても戻ってこないということだった。それからは農作業を中断して村を総出で、村の中や畑などを探し回ったが、見つからないのだという。


 村の中に姿がないとすれば、あとは隣接する森の中だけであるが、森の中には封印され、厳重に立ち入りを禁じられた洞窟がある。 そして、その洞窟の周辺への立ち入りも禁じられていた。


 立ち入りを禁じられていない場所については一通りの捜索が行われ、残るは洞窟とその周辺だけなのだが、伯爵の許可を得てから捜索するべきか、それとも事後承諾にするべきかと言い争っていたというわけだったのだ。


 正直なところ、セシリアの手には余る話だった。現在、伯爵は王都に向かっており、すでに4時間以上は経過している。時刻を村人に確認すると、果たして14時は余裕で回っているようだった。

 今からブライアンたちを馬で馬車の2倍の速さで追いかけられたとしても、たっぷり3、4時間はかかるだろう、とセシリアは時間を計算する。


 捜索が始められるとしても、伝令が戻る夜になってからだ。そこからさらに子供たちの体力も、精神力ももつかどうかはかなり厳しい。

 セシリアは幼いころに洞窟で迷った時の記憶を必死でたどる。あの洞窟は、複雑で、巨大な迷宮だったという記憶しかない。少し記憶があいまいで、とにかく危険で怖い場所だったという記憶しかない。たしか、何かの仕掛けがあって、自分がそこに閉じ込められたような記憶がある。


 子供達を捜索するためとはいえ、村人にそこに立ち入ってもよいと言うことは自分には到底できないのだ。……というかそんなことに干渉できるような権限はセシリアには元々ないし事情を聞かされて懇願されたってどうしようもないのだ。


 子供たちの両親らがセシリアを囲み、セシリアに無理難題を押し通そうと詰め寄る。


「あの洞窟に子供たちが入ったのだとしても、私には捜索は許可できません。無断で入った場合は、父も領主としてみなさんを罰することになります。そもそも、私にそんな権限はありませんし、お父様も執事長も今は王都に行って、不在です。」

 セシリアはそう言葉を発する。


 しばらくの沈黙ののち、村人たちがわぁっと一斉にセシリアに詰め寄り、文句を垂れ流し始める。


「そんな!それじゃぁアンナはどうなってもいいというの?」


――そういうつもりではないし、私も子供たちのことは心配よ。


「そうだ。」

「そうだ。」


――賛同だけならサルでもできそうなものだけれど……。


「うちのクリフをお嬢様はお見捨てなさるおつもりか?」


――誰もそこまで言ってない。でも、どうしようもないのは事実ね。


「お嬢様、そこを何とか許してくださいませ!お願いします!!」


――そもそも簡単にできるんならやってる。私が許したってそんなの意味があるとも思えない。でも言質を取られることだけは避けるべきね。


「これだから、貴族のお嬢様は……。この人でなしめ!」


――いや、そう思われてもこの場合は仕方ないのかしら?まぁ、甘受するわ。


「ビッチめ!!」


――どさくさに紛れてなんてことを言うのよ!今言った人、前に出なさい!!生まれてきたことを後悔させてやるわよ。


「ほんのちょっと目をつぶってくれるだけでいいんだ、お願いします!お嬢様!」


――危険だから却下。……というか、目をつぶるというのは無理よね。そもそも、私が許すとか許さないとか関係ないし……


「お願いします。うちの子を助けて!」


――そうしたいのは、ヤマヤマですけれども、お父様が戻られるまでは無理ね。


それぞれの言葉にセシリアは内心シニカルな突っ込みを入れて心の平静さを保とうとする。貴族の一員として、感情に左右されてうろたえるわけにはいかない。貴族は常に冷静でいなければならない。

 その光景ははたから見ると滑稽だっただろう。

 10人もの大人の男女が、一人セシリアに助けを求めたり、その対応を不服と詰め寄ったりしているのだ。

 セシリア自身、あの洞窟の中で迷った経験のある娘だ。その心細さは身に染みてわかっている。もし洞窟の迷宮を子供たちが迷っているなら、一刻も早く助けてあげたい。

 でも、だからこそ、そこが危険な場所であることも理解していたし、また、領主の娘である自分が領主の定めた禁を破ってもよい、と村人をそそのかす(ことわり)もない。というのがセシリアの立場でもあった。


――駐屯地にいる兵士や騎士を呼びに行くこうか?いや、彼らもまたは領主不在の状況では、洞窟の禁を厳守させる立場であり、状況をよりややこしくするだけで、状況の打開には何も役に立たないわね。


――そもそも、彼らは王国の軍務局の命令書か、お父様の直接命令でなければ動かない。


――否、動けない。


――かといって、村人が厳罰を覚悟で子供の捜索に踏み切れば、どんな二重遭難が起こるかもわからないし、罰を免除ということにも軽々にはできない。


――減刑の口ぞえはできるだろうし、お父様とて、事情が事情だけに、そう厳しい対応はするまいとは思う。


――そもそも、この禁は恐らくは安全のための措置なのであるから、禁を破ったからと、人を傷つけたり、重い罰を与えるようでは本末転倒だろう。


――だからと言って、それを村人たちに無責任に言ったり、許したり、黙認することもできない。


――どうしたらいいの?ブライアン、教えて!

 セシリアは心の中でブライアンに助けを求めて叫ぶ。


――あなたならこういうときどうするの?


 そう考えて、あまりにも愚かしい考えにセシリアはうんざりした。

 どうせ、ブライアンならば「よし任せておけ!洞窟だな!ちょっと待ってろ!」と言ったが早いかそのまま洞窟に突入して、難なく子供4人を抱えて帰ってきて、村に武勇伝を一つ増やすだけなのだ。立場も力量も違う相手の考えなど何の役にも立たない。


 そもそも、彼は領主の腹心なのだから、禁区の縛りに特別の許可を出すことなど訳もないのだ。

今の私にできることを考えなければ意味がない。

 護身用にと、行きがけに腰につけておいた短剣(ダガー)の柄をまさぐる。


――私が一人で洞窟に入る分には問題はない。そもそも、そこまで厳しい禁があるとは今の今まで知らないのだ。もともと、庭園洞窟には入るつもりだったのだ。多少事情は複雑になったが、概ね予定通りと言ってよい。

 セシリアはそう考えると決心を口にする。


「わかりました。私が洞窟を捜索してきます。皆さんはそれ以外の場所だけをできる限り探してください。」


「おお」


「お嬢様……」


 村人たちはその言葉で一様に生色を取り戻す。


「ありがとうございます!」


 村人たちが口々に感謝の言葉を口にする。


「だれか、馬に乗れる人はいますか?」


「馬ならおれが乗れるぞ。」


「そう、そうしたら、あなたは今から兵舎へ行って、お父様へ伝令を走らせるように兵士の人に伝えてください!あ、私からの手紙のほうが良いわね。今書くわ」


馬にくくりつけてあるトランクから筆記用具を取り出して便箋に筆を走らせる。

手紙を書き終えると、村人に渡す。


「そこの馬を使っても?」


「構いません。」


――誰もセシリアだけ(......)が洞窟に入ることに違和感を感じていないようだ。

 領主の娘ならば、禁を破ったところで、伯爵がとがめるとは思えない。一方で自分たちがセシリアについて行けばどうなるかはわからない。

 火中の栗は他人に拾わせるに限るという考えがそこにはあからさまに透けて見えていた。そこにわずかながらの良心の呵責があったのだろう。村人の一人が1本の杖を差し出してくる。


「せめて、これだけでも持って行ってください。」


「助かるわ。これがあるだけで随分違いますから。ありがとうございます。」


 その後、森の入り口にセシリア移動する。村人たちもそれに追従する。

 松明などの洞窟探索に必要な道具や当面必要な水袋や食料、子供達のための軽い食事やお菓子、探索で使用するチョーカーチップ、などを入れた背負い袋を背負いなおす。これは村人が簡単に用意してくれたものだ。

 

「それでは、洞窟を探してきますが、くれぐれもみなさんは近づくことのないようにしてください。」

 セシリアは、村人に見送られ単身洞窟に向かって歩いて行った。


 10分ほど歩けば、到着は容易だろう。そうセシリアは考えていた。

 右手にもった杖を眺める。長さ30cm太さは直径1cmほどの六角錐台の形をしている。 その中央付近にはダイヤルがあり、そこを調整することで魔術深度を変える。


 今は0になってるので魔法は使えない。


魔法深度は自らのチャクラを自然界のマナの海に沈める深さのことだ。これを深く設定するほど、強力な魔法を使うことができる。

 この杖はごく普通の一般的な圧縮魔力をつかった魔法の杖だ。1日に1、2回くらいなら強力な回復魔法を安全(・・)に使うこともできる。


 魔法と言っても、実際にはそれほど便利な訳でないというのが悲しいところではある。魔法を使うには固有のリスクが存在している。ここぞというときにだけ使うようにしなければならない。

 

 ほどなくして、目的地である洞窟の前に到着する。

 その外観は山の斜面の内部から遺跡が突き出すように露出しているといった風情になっている。よくわからない灰色の石材でできている。

 それが、コの字型の門の形になっていて、その中央に木の扉がついている。石材の表面は古い感じで、コケや植物がうっすらと生えている。


 すでに入口の扉は何者かによって小さく壊して通った痕跡があった。


 子供が通るのにやっと程度には扉が壊されていたが、セシリアが通るにはちと狭いので扉を魔法で焼き払うことにする。


 杖のダイヤルを回して魔術深度を30にセットする。レベル3の強い魔法を使う設定だ。

 『フレイムファイア』

 扉は炎に包まれ、そのまま待つと3分ほどで木材部分だけが焼き崩れて、灰が残り、炎自体は勝手に消火された。

 

 セシリアは杖のダイヤルを操作して5に合わせた。そして、3分間そのまま待ち、5分ほどの時間を掛けて、少しずつダイヤルを絞り最後に0に合わせた。

 

 この手順を慎重にゆっくりやらないと残留魔素による魔力障害を引き起こしてチャクラの流れに異常を来し、それによって神経障害や血行障害によく似た症状を引き起こす恐れがある。


 最悪は即死することも決して低い可能性ではない。


 この残留魔素による魔力障害の防止手順こそが魔法が便利に使えない最大の理由だ。

 圧縮魔力の残量は200から180に減っていた。その数字が杖の平面に浮かんでいた。


 セシリアは松明に火をつけて洞窟に入る。

 入り口付近は人工的な直線的に切り取られた灰色のザラザラした多孔質の石材のようなものが露出している。洞窟と言うより、洞窟のイメージで作ったそばからそのまま廃業したレストランのような景色にも見える。壁は漆喰だけが塗らている。


 入り口は木材の柱に先ほど魔法で焼いた木材の扉があった場所に金属の蝶番だけが残っている。魔法の効果を限定したために扉を固定する木材や柱には一切の損害も残っていない。

 セシリアはその光景が昔の記憶とはだいぶ違うので面食らっていた。


 そのまま奥に進んでいく。内部はやはり、どう見ても洞窟をイメージしたバーラウンジか廃墟化したレストランのようだ。


 迷いようがない作りだったが、奥の廊下らしき部分から異彩を放っている自然の洞窟らしいものが見えた。

 その岩肌はセシリアの記憶にあるものと似ている。どうも、この洞窟の入り口に蓋をするために建物を取り付けたという方がしっくりくるような印象だ。

 そのまま人が一人ようやく入れるか?くらいの洞窟に入る。入り口を抜けると、回廊のような洞窟だった。

 何百メートルか進んだろうか?セシリアは洞穴のような出口からだだっ広い空間に転がり出ることになった。

 背後には、いま、セシリアが通ってきた穴の入り口があるが、ちょっと離れたら、それすらもどこが出口か入口か分からなくなるほどの広さだった。

 せっかくの乗馬用の服が土埃で散々に汚れてきている。


 ざっと見まわして、周囲の広さは1辺が最低でも200m近くはありそうで、全体的な形はほぼ円形だろうと思われた。 あちこちに鍾乳石の柱や氷柱(つらら)のような鍾乳石が天井から垂れ下がり、水をしたたらせてはまるでカーテンのように垂れさがっている。


 天井までの高さも3mはあるように思える。氷柱状(つらら)の鍾乳石を合わせたら天井までの高さは5mはあるかもしれない。


 ざっと見ただけでも、すぐ背後にあるはずの出口を見落としそうになる。

 かつて迷った場所の雰囲気の記憶と目の前の光景が完全に一致していた。

 どうやら、そのほとんどが自然にできたもののようだ。つまり、洞窟造りが高じて掘りすぎて迷宮化したというよりは、ちょっと掘ったら、もともとあった迷宮を掘り当ててしまったというのが、本当のところだったらしい。


 このままでは自分まで本当に遭難するかもしれないと思った。布きれを切って三角形の形にしたチョーカーチップを背負い袋から取り出して、道々チップを置きながら先に進む。これは村人が作ってくれたものだった。


 三角形の頂点を進行方向とは逆に配置していく。戻るときにはこの三角のチップに沿って進めば出口に戻れるという寸法だ。時間はすでに1時間は経ってるのだろうか?

 地上ではそろそろ馬を貸した村人、ブライアンに伝来を出すように書いた手紙が駐屯地の兵士の隊長に届くころだろう。


 改めて、誰か連れてくれば良かったかも、とセシリアは後悔した。

 なにも自分がここに単身でくる必要はなかったかもしれない。

 その場の村人の剣幕と雰囲気にのまれてしまったからだろうか?


 領主の中の領主たるダイリュート伯爵家の長女が領民を守らねば、なんて変な矜持を持つべきではなかったかもしれない。


 そう思うと、セシリアはなんとなく不安になった。昔も同じような不安を感じてこの迷宮を迷ったのだ。昔と今の違いと言えば、三角のチップを分岐点ごとに置いてあって、戻る道には困らないところだけだった。


 迷宮にはあちこち、出入りできそうな場所があり、そこに入りこんでは、突き当りになったらチップを回収しながら元来た道を引き返すという手順をひたすら繰り返した。

すでに外では18時を超えようとしてる状況だった。


 そして、ついに見つけたのだ。それまでとは違う人工的な平面が作る回廊がそこには広がっていたのだった。奥からは微かに子供のものらしい声が聞こえていた。


――






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