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全然面白くない物語  作者: 垂れ耳猫タビー
第1章 誕生編
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第1話 ――ダイリュート家の人々――

王国貴族の一門、ダイリュート伯爵領での、ブライアンとセシリアの平和な日常。


第1話 ――ダイリュート家の人々――

 ダイリュート伯爵家の朝は早い。住み込みのメイドや料理人たちをはじめとした使用人が忙しそうに屋敷内を右往左往しては、この屋敷の本来の住人であり、彼らの雇い主であるダイリュート伯爵とその家族たちが目覚めてからの、朝食をはじめとした朝支度の全てが早朝の6時前から始まる。


「カール料理長、おはようございます。今日の朝食はどのような内容でしょうか?」


「ああ、執事長、おはよう! 今日も早いな。昨日はパ―ティーだったからな。 少し、軽めのモノをと、思っているよ。 伯爵様もゆうべはだいぶ深酒をされていたからな。」


 調理場を覗いて 料理長(カール)に声をかけた少年、彼の名はブライアン=セルカーレクス。 執事長というのは、この屋敷での彼の立場の一つである。 まだ、十八歳というまだ少年と言ってよい年齢ではあるが、とはいえ、れっきとした王国騎士団に所属する騎士である。

 彼は、普段はあまり来ないこの場に来た理由を 料理長(カール)に告げる。


「今日は明日の王都での定例の報告会議に出席するために。10時には馬車で出発します。できれば少し早めのお食事を伯爵様に、そのように手配してくれますか?」


「あい、わかった。騎士様というのもなかなか大変なものですなぁ」


 小太りの 料理長(カール)は微笑し、朗らかにそう答えた。手元はそれでも絶えず動き、食材の仕込みをしている。シュタタタタと小気味よい包丁の音が響く。


「まぁ、私がここにこうして出向して来られたのも、王都が平和だからですよ。」


「ちがいないね。しかし、まぁ平和なのも考えモノさ、騎士さまがお屋敷で執事長だなんて一昔前では考えられない話だろうに。」


「いえ、伯爵様の御傍にお仕えできるのも、出向という形であるからですし。私としてはむしろ光栄に思ってるくらいです。、いろいろと皆さんには勉強させていただいてますし。」


「まぁ、おかげで、戦争したい奴だけが、戦争に行くだけで良くなったのだから、王家の方には、みんな感謝してるんだけどな。」と、からからと 料理長(カール)は笑う。


「総力戦ともなれば、農民も徴兵されるのは、変わりないようですが……。」


「そうなったら世も末ってことだろうなぁ。収穫期に男手を取られたら、どんなに豊作になっても刈り取れねぇだろ? 実りが無駄になる。無駄になった分を国は保証してくれん、まぁそういうことさ。 ところで執事長殿?、お嬢様のお目覚めの時間はまだですかな?」


 すこし、からかうように 料理長(カール)は話題を変える。執事長としては少しばかり若すぎる、まだ少年と言ってよい年頃のこの男だけが、この伯爵家の一人娘であるお嬢様をたたき(・・・)起こすことのできる、唯一の人間である。そのことが、この家では微笑ましい朝の日常光景として、使用人たちには認識されていた。


「セシリアお嬢様の起床時間は7時ですから、まだ、少々、余裕がありますね。今日はどんな方法で起きていただくか、毎日頭が痛い話ですよ。」


「まぁ、昔から眠り姫を起こすのは、王子様のキスに限ると相場は決まってるんだが、そこんところ、騎士殿はどうですかな? 案外、もうすでに、試されている……とか?」


少し、下品な笑みに顔をゆがめた 料理長(カール)がブライアンの顔を面白そうに覗き込みそのブライアンの顎を右手でしゃくり、左腕で肩を組んでくる。右手に包丁を持ったままなのはご愛嬌と言えるのかは微妙な状況だ。殺気がまったく感じられなかったので、体がまったく反応しなかった。


「まさか! そそ、そそそ、そ、そんなこと! お嬢様に? ととと、とんでもない!カールさん!え、えええ、え、エッチなのは、そ、その、イケナイと思います!」

 ブライアンは真っ赤になってムキになりながら、その 料理長(カール)の卑猥な軽口を否定する。


「そりゃぁ、時と場合にもよるだろうさ、なぁ? おわかりかな? お若いの?」


 中年の域に達した料理長(カール)にとって、こうした年下の少年を性的にからかうことは大好物の一つなのだ。そして、ブライアンの純な反応も、この中年の男には好ましいものと映っていた。だからこそ、伯爵もこの若い騎士を信頼できるのだろうと、彼は思うのだった。


 料理長(カール)は一度調理場の奥にこもると、すぐになにやら包みを片手に戻ってきた。彼は油紙に包んだそれをブライアンに渡す。


「これは?」


「ああ、昨日のパ―ティーの残りもんだ。ローストビーフってやつだ。 おまえさん、まだ何も食ってないだろう? 何枚か包んでおいたから、少しつまんどけよ。 さすがにお嬢様まで、朝飯前につまみ食いというわけにもいかんだろうからな。かかかかか。」


「もう、そんなことしませんって! でも、ありがとうございます。トレーニング前なので助かります。」


 ローストビーフの包みを受け取ると、ブライアンは厨房を離れる。

2階に行くには玄関ホール――かなり広い場所だが――にある大階段を使う必要がある。 2階から左右に分かれて猫の足のように優美なS字のカーブを描き1階まで伸びている。――つまり、1階から見ると2本の階段が2階の突き出した凸型の踊り場先端の左右の側面で合流する形だ。


 ブライアンは階段を階段に向かって右側の階段から登る。踊り場の左右の壁に廊下がある。 この廊下の奥にはこの屋敷に生活する伯爵の寝室や書斎、伯爵の家族の部屋やお客が宿泊するための客間、小さめの図書室などが数部屋用意されている。


 その入り口には一人の女性が微笑を浮かべながら、ブライアンを待ち構えていた。

メイド長のブリジット夫人だ。年のころ50歳くらいだろうか?上品なプラチナブロンドのおかっぱのようなセミショートヘア、時々薄菫色のつやが見え隠れしては光彩を放っている。

 背丈は女性としてはやや高めだろうか?ピンと背筋を伸ばして、少しクラシックな雰囲気の黒を基調としたメイド服を着て、胸元にはエメラルドグリーンの長球形の石がはまったブローチを飾った赤みがかった黄色のネッカー・ジャボットを掛けている。

もしかしたら、このブローチの石は何らかの宝石なのかもしれない。


「おはようございます。ブライアン様。今日もお元気そうで何よりです。」


ブリジット夫人がブライアンに挨拶をしてくる。声の調子は至極やわらかで、優しげである。きりっとした表情は初対面なら、睨まれているように感じていたかもしれない。


「おはようございます。ブリジット夫人。夫人こそお早いんですね。」


「恐れ入ります。明日は旦那様が王都で定例会合だとか? そう言えば、ブライアン様もご一緒にご出席なさるとか……」


 定例の会合であるので、ブリジット夫人が知っていても、なんら不思議なことではない。むしろ、ダイリュート伯爵の家臣として、ブライアンは護衛の任にも就かなければならないので、"ご一緒"なのはちょっと考えればわかることだ。


「ええ、そうです。いつも異動の話が出ないか。びくびくしてますよ。このダイリュート家に末代まで、ずっとお仕えしていたいと思っておりますから。」


 ブリジット夫人は柔らかく微笑む。


「それはうれしいことを……でも、それは大丈夫でしょう。当家としてもブライアン様がいないと、お嬢様をまともにお起こしできる方がいませんので、困りますもの。こまったお方ですよ、お嬢様は。」


「な…なぜ、なんでしょうね?」


「さぁ、わかりません。」


「本来なら殿方である、あなたにお嬢様のしどけない寝起き姿をお見せするのは、何かと思うところもあるのですが……お嬢様のことについては頼りにさせていただいております。」


「やはり、そこはよくないのでしょうね。」


「当然です!そもそも淑女(レディ)たる者……」と苦笑交じりにお嬢様についての愚痴を垂れながし始める。正直、たまらないなと思いながらも、ブライアンとしては言葉を遮る術もなく、そのまま、ブリジット夫人の愚痴に延々と付き合うこととなるのであった。それは毎朝のことでもあるのでブライアンにとっては慣れたものだ。 

 その後、ブライアンがブリジット夫人の"うっぷん晴らし"から解放されたのは、きっかり時間を測ったかのように、ぴったり40分後であった。


 その間に彼が発した言葉は、「なるほど。」「あなたは悪くない。」「流石です。」の3つの言葉だけであった。奇跡と言えよう。それだけで会話が成立してしまっていたのだ。

この間にどのような会話があったかの記憶はほとんど残っていない。なにか、とんでもない決め事でも提案されていたら何も考えずに同意してしまって、取り返しのつかない被害をこうむっていたかもしれない。

それこそ、ブラジャー(女性用下着)をカチューシャのようにかぶって生活する、という話もあり得る危険な状況だ。ブリジット夫人に限っては、そんなことにはならないと断言できることが、ブライアンにとっての大きな救いだった。


「……そろそろ、お嬢様のご起床のお時間ですね。長話をしてしまいました。では、ブライアン様、お嬢様にスッキリとお目覚めいただけますよう、今日もお願いいたします。」

……というブリジット夫人の言葉とともにブライアンはその場を離れる。

 離れ際にふいにブリジット夫人に呼び止められた


「ところで、旦那様のご出発の御時間は決まってますか?」


「王都まではほぼ1日がかりですから、本日の10時です。料理長には早めにお食事の支度をと申しつけてあります。ご帰宅は明日以降になるかと。」と答えると、ブライアンは一家の生活スぺ―スである部屋が面している廊下へと消えていったのであった。


「お早い、お帰りをお待ちしております。」と言われたような気もしたが、ブライアンはその言葉をほとんど聞いていなかった。



――――

「ふう。」ここはお嬢様のお部屋のドアの前。


 俺はここのお嬢様だという幼馴染には頭を悩まされていた。たった2歳上でしかないくせに、やたらお姉さんぶってくるのもそうなのだが、何より俺を男としてまったく考えてないらしいところが度し難い。

 しかし、どういうわけか、俺以外にはこの幼馴染を機嫌よく起こすことができないのもまた事実である。

 また、その事実がこの家の中で俺に、存在意義を与えてくれているものの一つであることも確かなのだ。聞く話では、俺が留守の時のお嬢様の"目覚まし当番"はメイドたちが行っていたのだが、どうにも、機嫌よく目覚めたためしがない。

 メイドの間ではその任に当たるのは新人メイドの通過儀礼として認識されているらしい。新人のメイドにとってお嬢様の"目覚まし当番"は罰ゲームの一種となっていて、その役を俺に頼みこめるようになるところまでが試用期間なのだと、誠しやかに囁かれたこともあったらしい……。

 もうそんな生活が子供のころから続いているのである。俺が王都にいた2年間を除いてではあるが……。


――コンコン。

 ドアをノックする。この程度で起きるようなお嬢様ではないのは分かってはいるが、それでも最初は礼儀を無視していきなり部屋に入るようなことはしない。

 相手は20歳で独身という年頃の伯爵令嬢である。失礼があって、お嬢様から伯爵への口添え一つでお手打ちということがあっても驚くには値しない。

場合によっては苦労して手に入れた騎士の称号も、執事長という役職も一瞬で失ってしまうかもしれない。……というのは冗談にちかい建前でしかないが、あえて虎の尾を踏むこともない、というのが本当の理由だった。



――コンコン

 さらにドアをノックする。寝坊助お嬢様はまだ、ヒュプノスの胸枕に抱かれているようだ。

「お嬢様、そろそろ、お目覚めのお時間ですよぉ~~。お目覚めでしょうか?」

小声で一声かけてからドアのノブに手を掛け、ドアを開ける。


「お嬢さまぁ~?」


 室内は普通の民家の4部屋分ほどもの広さがあり、室内には大きな三面鏡の付いた化粧台や、洗面台が設えてあり、王族のように天蓋付とはいかないものの、分厚い木材から削り出された板を組み合わせて作られた高級そうなベッドもある。

今はそのベッドにはこんもりとした山のような盛り上がりができている。ベッドと反対側に視線を移すと、そこにはピアノ――最近の淑女のたしなみとされている――も置かれている。


 そのピアノには一種の郷愁を誘われる。甘い思い出。今でこそ、王家の騎士団に所属する騎士という立場ではあるが、もともと騎士としての育成を受けたのは、このダイリュート家であり、その下積み生活があってこその話だ。

その時に騎士の教養の一つとして、音楽の歴史や理論、ピアノや弦楽器の演奏技術を叩き込まれたのだ。もっとも、弦楽器の方は今も苦手なままだ。


――ピアノ。そう、それこそが、このダイリュート家での自分とお嬢様との思い出を、いや、自分の人生の半分近くを形作るパズルのピースの一つであった。


「……んーーーー。……おはよう……ブライ……。ね? 何か一曲弾いてよ。そうじゃなきゃ、おとなしく起きてなんてあげませんからね。」


 これこそ(ピアノ)が俺が唯一お嬢様を機嫌よくお目覚めに導ける理由の一つだ。ピアノはお嬢様と俺との思い出と絆を結ぶものの一つでもある。


「毎朝のことですが、よく飽きませんね?」


「えへへ、だってブライのピアノ、好きだもの……。うにゃ……。」


「それは、光栄です。セシ姉……いや、セシリアお嬢様もお上手になられたと聞いてますよ?」


 ふと、俺は子供のころの呼び方が口から出そうになり、あわてて訂正する。幸い、お嬢様は意に介した様子はない。心なし寂しそうではあるというのはうぬぼれすぎか?


「……ブライには敵わないわ。いつだってブライは先生の課題を全部、わたくしよりも先にクリアしていたもの。2年くらいのブランクじゃ、どんなに頑張ったって差は縮まるわけないわ。あなたはもっと、ふわぁ……自分に自信を持つべきですよぉ。むにゅむにゅ……。」


ベッドのこんもり(・・・・)の中から、こもったような声が聞こえる。まだ少し寝ぼけているようだ。


 このピアノは確かに思い出が深く染みついたものだ。

 その当時、お嬢様は十三歳、俺は十一歳だった。このころのお嬢様は、俺を実の弟のように扱ってた。

伯爵の忠実な家臣として育成したい、という伯爵は俺の教育には特に厳しかった。そして、騎士となる俺のためにと、このピアノを職人に作らせたのだ。しかし、それがお嬢様の部屋にあるのには理由があった。


「――ブライアン、騎士たる者、芸術が、とりわけ音楽が分からねばならん。わたしはお前にピアノの家庭教師をつけるつもりなのだが、どうかね?やってみるかね?」


「はい、伯爵様、あなたの騎士になるためならば、どのようなことにも努力は惜しみません。」


 あるとき、伯爵様が俺にそう聞いてきたとき、俺はそう即答した。

 そこにセシリアが割り込んだのだ。


「まって!お父様。わたくしもブライアンとともに、ピアノのお稽古をしとうございます。」


「何?セシリア、お前がか?どうせ長くは続かんだろうが、本気なのか?」


 誰もがそれは3日坊主になると思っていたが、現実は今もなお、セシリアは一日2時間の練習を欠かしてない。いや、正確には"概ね"と前置きした方がよいのだろうが……。


「はい、お父様、なので、ピアノはわたくしのお部屋に置いてくださいまし。」


しばらく考えると、伯爵は相好を崩した。


「いいだろう、ブライアンすまないが、ピアノの授業と練習はセシリアの部屋でやってくれぬか?大きなものなので、置き場所をどうしようか、思案していたのも事実だしな。」


 そういって、大きな手がブライアンの頭をくしゃくしゃと撫でる。それはブライアンにとって一番のご褒美だった。大好きな武骨な手、暖かい手、一生この手のそばにいたい、守れるようになりたい、支えられるようになりたい、剣を持って隣に立ちたいと思ったのだ。


「はい、伯爵様。非才の身ながら、全力を尽くして、ご満足のいく結果を出してご覧に入れます。」


「ああ、ずるいブライ!わたくしも、わたくしにも、お父様!」


 伯爵はお嬢様の頭と俺の頭を同時にくしゃくしゃと撫でてくれた。

 十一歳とは思えない大人びた言葉遣いだった、と我ながら思わなくもない。男爵家の3男坊である不遇を強く意識していた当時の俺は伯爵様にふさわしい騎士になる、という夢を叶えるために、伯爵様の意に沿えるように全神経を集中し、他のことは何も考えず、ひたすらに努力していたのだ。それは今でも変わらない。


「そうか、頼りにしてるぞ、私のかわいい未来の騎士殿よ。ははははは。」


 何かあるたびに、いつも伯爵はそういって豪快に笑ってくれた。頭をくしゃくしゃに撫でてくれた。まるで実の我が子のように……。子供だから許される根拠のない大言壮語だったのだろうと、今ではブライアンも理解していた。この土地を離れた王都での2年間で得た結論の一つだった。



――――

「――――ライ!――ブライ?どうしたの?ぼうっとして?早く弾いてくれないと、今日はわたくし、このままずっと寝ていなくてはならないのかしら?それとも、おはようのキスでもしてくれるのかしら?」


 セシリアの言葉でブライの意識が引き戻される。


「さっさと、起きれば良いじゃないですか!!」


「ね、ね!はやくぅうう。セシリア、もぅ、ガ・マ・ンできなぁい~。」


 こそばゆい感じのクスクス笑い交じりに、かぶっていた毛布から顔を出して上体を起こしながら唇を突き出し、両手を中空に差し伸べるようなジェスチャーをしながら、セシリアがじたばたと暴れる。言葉だけなら何やら妖艶な色気のある言葉のはずなのに、このお嬢様がそう演じてみても、そういった色気を全然感じないのは、どういうわけか? と俺は思った。


「仕方ないですね、お嬢様は……。では、今日はキトゥンブルー組曲から、第7楽章。"目覚める子猫"をお聞かせしましょう。」


「うん、やったぁ。だから、ブライは好きよ!。」


 まるで、親からおやつをねだり倒した、幼児のように喜ぶセシリア。こういうお嬢様には俺はとことん弱い。

 俺はピアノの前にある2人掛けの椅子の中央に座ると、位置と高さを調整し、――昔はここで、よくお嬢様と二人で連弾したな……と懐かしさがブライアンの脳裏に揺らめく―― ピアノの蓋をあけ、ピアノを演奏し始める。


ゆったりとした、甘いメロディから曲が始まり、次第に熱を帯び、転調や変調を繰り返し、そして情熱的な激しい盛り上がりを見せてから、やがて軽快な、少し間の抜けたコミカルなメロディで終わる。

 曲が終わるころには、セシリアもベッドから抜け出して、部屋の中央にある丸テーブルとセットの椅子に腰かけ、そのきれいなウェーブのかかった金髪をゆったりと揺らして、本来なら青緑色に輝くエメラルドのような深みのある瞳を隠すように目を閉じて、両手で頬杖をつき、曲の余韻に浸っていた。


 さすがにブライアンが毎朝来ることを見越してか、露出の大きなものではなく、生地が厚めの体の線があまり露骨に露出しないような、淡いピンク色の清楚なワンーピースの寝間着を着ている。

 それでも少し乱れて、ボタンが外れ、V字にパラリと開いた胸元の隙間からチラチラ覗く、ほどよく膨らんだ双丘が作る谷間とそれらが作り出す肉感的な陰影は、若いブライアンにとって、とてつもなく目の毒だった。

ブライアンの視線が不自然にセシリアの胸元を上下に2往復ほど泳いだことは、セシリアも敏感に察していた。ブライアンは急いで目をそらしたりもしたが、いまさら遅かった。


 しかたないじゃないか、騎士としての規律を自らに課しているとは言っても、俺だってれっきとした"男"なのだ。そういうこと(・・・・・・)に、興味がないと言えば、それはどう言いつくろっても大嘘になる。大体、上からの見下ろす目線なのだから、どうしたってその谷間の奥とかはみえてしまうものだし、そのふくよかな双丘の先っぽにあるべきもの(・・・・・・)とかを目線で探ってしまうのは、逆らい難い"男"の悲しい性なのだ。それがお嬢様(セシリア)のモチモノだったとて、誰が責められようか?



「お、お目覚めになられたようで、何よりです……。」


 セシリアは、弾けるようにガバッと立ち上がり、腰をくねらせて、背をこちらに向け、そして両腕で抱え込むように胸元を隠す。背筋の描く女性らしい柔らかなラインを強調するように、寝間着の布が引っ張られ貼りつく。その様が俺の頭をくらくらとしびれさせる。

 先ほどのような意図してエロチックさを演出する様な、言葉や声色よりも、よほど危険だと俺は思った。


「か……かわいい……」ふと俺の口からそんな言葉が漏れたのに、俺は気が付いてなかった。


「ば!……バカ。はい!わたくし、もう目も覚めましてよ? ブライはさっさと出て行ってくださらない?それとも、わたくしのお着替えも、そ、そのままずっと見ている気なのかしら?」


 お嬢様もなんだか妙にあわてているようで、妙なことを口走ってる。


「あ、いや、それには……興味はない……といえば、そ、その、失礼になってしまうような、ならないような……あれ?」


 俺も相当に妙なことを口走ってる。


「はいはい、興味なくても、失礼にはならないから、さっさと出ていってくださる?ブライアン=セルカーレクス執事長殿?」


 セシリアは機嫌悪そうに俺の背中を押して、部屋から追い出した。



 部屋から追い出されると同時に、すぐ後ろで勢いよくドアが閉ざされた音を俺は聞いた。

 セシリアの部屋から追い出された俺の心臓は早鐘のようにドキドキと脈打っていた。最近、毎朝のようにこの種の奇妙な気分を味わうことはあるのだが……その正体を俺はつかみかねて、戸惑っていた。今回はその中でも最大級の衝撃だった。衝動だった。


 ふと、我に返って深呼吸してから、周囲を確認する。

 そんな俺の様子を廊下で待機していた――恐らくは聞き耳もたてていたに違いない――メイドたちが微笑ましそうに噂し合っていた。おまけに、何やら「わかってないわねぇ。」とか「まぁ、若いから。」とか「でも、そこが見てて面白いのよね。」というような声も聞こえたような気がする。それもまた俺の心境を複雑なものにしていた。


 すでにメイドたちがお嬢様(セシリア)の着替えのために待機しているなら。メイド長への報告は必要ないだろう。……そう判断すると、俺は精一杯の虚勢で表情を引き締めた。


「お嬢様が、お目覚めになられましたので、お着替えを始めてください。」とメイドたちに作り笑顔で声を掛けると、ようやく頭は冷静さを取り戻した。

 俺は日課になってるトレーニングの準備をしようと自室に戻ることにした。



 自室に戻る途中の廊下で、ブライアンは寝室から出てくる伯爵に気がついた。すぐさまに駆けつけ、姿勢を正し、廊下の隅へとより、伯爵に道を譲る。


「おはようございます。伯爵様。明日の定例会合への出席のため、本日、10時にこちらを出立する予定となっております。王都への到着は18時の予定です。すでに朝食の準備と馬車の用意をさせております。」


 ダリウス=ダイリュート伯爵。この年、47歳。この世界では初老と言ってよい年齢でありながら、長身のその肉体は頑強さを隠しきれない。この年になれば、腹もたるみそうなものであるのに、無駄な脂肪など一つもついてない。くっきりと浮かぶ腹筋の凹凸はまさに筋肉の鎧と形容するべき、まさに芸術品であった。

真っ白な頭髪とおそろいの頬ひげと鼻ひげが老武将の風格をも漂わせている。それまでの戦歴はブライアンなどとは比較にならない。……にも拘らず、その青緑の瞳と目元の柔らかさは、その娘のセシリアに酷似していた。二人が確かに親子であることをこの瞳が誇らしげに静かに物語っていた。


「うむ。いつもすまないな。ブライアン。」


「いえ、当然のことです。」


 そういって、伯爵は俺の頭に手をのせて、髪をかきまわす。


「ははは、では、私は朝食をとるつもりなのだが、お前はどうする?」


「伯爵様の御食事の前に鍛錬をと思っていましたが、そうも言ってられなくなりました。私の本分は騎士でありますから、付き従わせていただきます。」


「いや、今日は私の方が少し早く起き過ぎてしまっただけだ。そう、固くなるな。食事をしっかりとるのも騎士たる者の務め。よい、たまには騎士同志、ともに食事をどうだ? なに、執事長というのは、この家の中で働いてもらうための口実に過ぎない。そう、生真面目に考えるものではないぞ。」口元に微笑みをたたえて、伯爵はそう話しかけてくる。


「いえ。私は……。」


「まぁ、いいから来い。腹減ってんるんだろう? お前は私の腹心でもあるのだ。わしと一緒に飯を食うくらいは仕事の内だ。」


そういって、伯爵はブライアンの左手をムンズとつかむとそのまま引き攣るように食堂へと連れて行くのだった。


「ちょ、ちょっと、伯爵様!腕!腕が!関節が!逆に!!わかりましたから離してください!」


「はははははは。」


 こうして、ブライアンは伯爵と同じテーブルで食事を摂ることとなるのである。こうしたやり取りは、毎日というわけではないが、伯爵はブライアンを家内雑事の取りまとめ役としての執事長としてはあまり扱おうとしない。


 もちろん、執事長の仕事として、領土の運営や経理事務や、資産運用の相談などを徐々にブライアンに任せつつあり、いまや、ダイリュート領の領土管理やダイリュート家の経理、資産管理のほとんどをブライアンが掌握するに至っている。


 家内雑事の取りまとめとしてはむしろ、メイド長にこそ権限が強く、執事長とメイド長の仕事の領分はほぼ完全に独立しており、ブライアンがメイドたちを顎で使うといったことはまずありえない。

 もちろん、ブライアンの権限がメイド長のそれを凌駕することが、万事、皆無というわけではない。たとえば、お嬢様の"目覚まし係"などがそれにあたる。


 ブライアンは自分が若輩者であること、自分が伯爵に望まれている役割を共にわきまえていたので、メイド長との関係は非常に良好を保っていた。



まだ主人公の誕生秘話の構想から言えば半分くらいです。セシリアは主人公の母になるのだろうか?まだまだ未定です。

ちょっと息切れしたので暫定公開してます。

ところでですよ?エロ表現って奥深いと思いませんか?なんかこう、記号化された単語で直接書いちゃうのもいいんですがw 

ホラー小説で「ゾンビが現れた」とか「ファントムが現れた」とか「ゴーストがいた」とかってなんか興ざめしません?

なんかそんな感じで、わざと「あるべきもの」とかさ、「そういうこと」とか「モチモノ」ってなんか、逆にエロいと思ませんか?僕だけかな?^^;




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