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薔薇子、危険につき

作者: 山藍摺




 何でだろう、といつも思う。


「ちょっと、あんたうざいんですけどー」

「眼鏡の地味子がちょーしのってんじゃねーよ」


 何で、わたしが絡まれる。

 わたしは私立の女子高校に通う十八、受験生だ。

 だから放課後は図書館に通って勉学に励む日々だ。今日も図書館に向かう道すがら、他校生に絡まれる羽目になった。何故だ。


「…………」


 無視して道を進もうなら、阻まれる。あなたらは分身の術が使える忍者か何かか。邪魔なんだが。受験生にとって時間は無駄に出来ないんだが。


「――……」


 右に進む、阻まれる。左に進む、阻まれる。後退する、阻まれる。二人しかいないのに、何でそんなに阻めるんだ。この道、そんなに狭くないんだが。それとも阻めの王者とでもいうのか。そんな王者いらない。


「無視してんじゃねぇよ」


 無視するさ、喧嘩と文句は買わない主義だ。

 こんなときに限って、住宅街だというのに人がいない。何でだ。わたしも運が悪すぎる。

 ああ、時間がもったいない。いい加減ロスが増加しすぎた。志望校が遠ざかるじゃないか。落ちたらどうしてくれるのか。


「て、逃げるなよ!」


 来た道を戻り始めた私の背中に、怒声が投げられる。誰が振り向くか。いい迷惑だ。だいたい逃げるなといわれても、逃げるだろうこの状況。


「――この野郎!」


 む、何か投げてきた。あれか、右前方の電柱にぶつかって転がってるやつ。ビー玉、おはじき? そもそも高校に通う年齢になって恥ずかしくないのか、人様に物を投げつけるなんざ最低だな。学校で習わなかったか。


「むかつくんだよ、ブスの癖に!」

「アキラくんから離れろよ!」


 む、アキラだと?

 誤解も甚だしい。

 甚だしすぎる誤解でわたしは絡まれていたのか。何と無意味なんだ。こちらは勉学は阻まれるし、あちらは違う相手を阻んでいたとは、なんと間抜けな相手方だろうか。絡んだり阻んだりするまえに、きちんと対象者を確認してほしいものだ。

 ならばひとつ、振り向いて優しく教えてやろうではないか。人違いだと。わたしは君たちが阻みたい、絡みたいと希望する人物ではないのだと。


「なあ、間違ってはいないか? わたしは木原薔薇子ではないのだが。よく似ているのだが、わたしは伊原薔薇子だ」


 む、振り向いて顔をあわせるなり、固まってしまった。間違いに気付いたのだろうか。

 まあとにかく、訂正はきちんと続けよう。間違われるこちらとしては、きっちり説明して間違いを理解していただかないと困るものでな。


「ちなみに木原薔薇子はおさげが腰までであって、わたしは胸までだ。眼鏡だって木原薔薇子は黒縁だし、わたしは銀縁だ。ちなみに木原薔薇子は一年であってわたしは三年だ、きちんと下調べをしてから絡んでくれ」


 わたしは、彼女らが絡みたいと希望する木原薔薇子ではく、伊原薔薇子なのだ。

 わたしには、“木”か“伊”といった、たった一文字違いという、当事者からすれば非常にややこしくかつはた迷惑な名前のそっくりさんがいる。

 彼女らは勘違いをしているのだ、わたしが木原薔薇子だと。

 我が校始まって以来の性別問わずの人たらし、ついたあだ名が“人ハーレムの製作者”。

 他校のイケメンやら美女やらを虜にする、性別を越えて周囲の人間を魅了していく、天然ハーレム製作者、イケメンファンクラブの敵。

 木原薔薇子は目をあわせれば人をたらす、木原薔薇子が振り向けばハーレムがいる、木原薔薇子が笑えばもう戻れぬ別の世界へご招待。

 繰り返す。わたし、伊原薔薇子は名前だけやっこさんにそっくりだ。決してわたしは人たらしではない。誰もたらされてはくれないのだ。

 わたし、伊原薔薇子と目があえば相手は石化する、わたしが振り向けば腰を抜かす、わたしが声をかければ――。

 わたしは、親切に訂正してあげようと振り向いたとき、とても大切なことを失念してしまっていた。まあ、それだけ彼女らに苛立たされていた証拠でもあるのだが。


「ひいっ!」

「すみませんでしたああ!」


 人違いだと微笑んで声をかければ……何で土下座してひれ伏すんだ。ああ、やっちまったではないか。


「これで怒りをお納めを!」

「ひらにご容赦を!」


 ……そこで何で、何でお菓子を差し出すんだ。お菓子を出す場面だったか? まあお菓子は好きだし、お菓子に罪はないから頂くとしよう。

 それに、容赦も何も、誰も脅してはいないだろうに。少し怒ってもいなくはないのだが。


「伊原さま、もし田山地区にて不自由がありましたらアリーナの名前を出してください、さすれば我がグループがお力になりましょう」


 すまないが、田山地区ってどこだ。わたしはこの高校に通うためにアパートに一人住まいなので、このあたりのことはさっぱりなんだが。地元ではないから。


「伊原さま、もし絡まれたら鈴木エリザベスの名前をお出しくださいまし、さすればあなたに危害を加えるものはいなくなるでしょう」


 ……あなたは絡んできているが。

 ――ああ、どうしてわたしが振り向けば舎弟が増えるんだ。

 あれか、素で笑う子を泣かすこの顔か。顔か。木原薔薇子とパーツは似たり寄ったりなんだが、何でだ。


☆☆☆☆☆☆



 伊原薔薇子、本日も歩けば誤解を招き、本日も振り向けば舎弟を作り、本日もいらぬ伝説を達成した。

 般若もびびる氷の冷たき無表情、それが標準装備の彼女は知らない。

 伊原薔薇子の声は麻薬である。

 聞いてしまえば、恐れたくなり、謝りたくなり、緊張から固まり、威圧感から腰を抜かす、そんな――百獣の王の声なのだと。

 そして、今日もこうして伊原薔薇子の舎弟が増えた。

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