世界が私に喪女であれと言っている!
「世界が私に喪女であれといっているうぅぅっ!」
「……何いっちゃってんの、お前。」
ある晴れた春の昼下がり。
暑い、やだ、風つよい、意味わからんとわめく義弟をひっぱって屋上までたどり着いた私は、辛抱たまらずそう叫んでしまった。
胸に渦巻く絶望感で、画面がセルフエコノミーだ。目から出る汗で前がみえない。
あまりのことに、それまでしっかり掴んでいた義弟の腕も、もう離してしまいそうだ。
思わずその場にへたりこみそうになってしまいそうなところで、今度は義弟が私の腕をつかみ、ひっぱりあげてくれる。
「おいおい、しっかりしろよ。話きいてやるから、とりあえず立て」
「うぅ、このイケメンめ…元はといえば、お前のせいなんだぞっ」
「はぁ?」
悪態をつかれた弟が眉をあげて、私を睨む。
そんな顔もイケメンだ。ななめ下からみても、正面からみてもイケメンってどういうことだ。ほんとに同じ人間か。2次元に住んでるんじゃねーだろうな。
「いや、ちょっと前までは本当にそうだったんだっけ…」
そう、義弟は17年前までは画面の向こうの人間だった。
2.5次元とかじゃない。本当に1次元違ったのだ。
なぜなら、私は乙女ゲームの世界「ここは貴方が迷う街~ミラクル☆ハイスクール~」に17年前、生まれ変わったのだから。
『世界が私に喪女であれといっている!』
信じられないだろうが、この世界は生前私が夢中になった乙女ゲーム「ここは貴方が迷う街」(略してここ街)の世界だ。
ちなみに、乙女ゲームとは、ぱっというとギャルゲ―の逆バージョンのことで……あ?いい?そこらへんは知っているから、さっさと巻いてけ?……わかった。簡単にいうと、「ここ街」は現代ラブファンタジーだ。主人公があーだこーだ色々して街の七不思議に巻き込まれつつ、勉強に恋に部活に、主に恋をする話だ。
そしてそんな世界で主人公のおこぼれを狙うラブハンターが私だ。OK?
「わかった。どの病院がいい?」
「ちっがーう!これは妄想でも頭のビョーキでもなくて、マジでマジな話なんだっつーの!生まれ変わったの!乙ゲ―の世界にっ」
「ふーん」
購買で買ったパンで頬をふくらませながら、義弟が気のない相槌を打つ。
ああっ、この顔絶対信じてない!信じられないのはわかるけど、無性に悔しい。
「で?今日はそれでここに来たのか?」
「え?あ、うん。今日はここで水無月桂と葉月覚のイベントがあるはずだったんだよね~」
「葉月って、は?俺?」
葉月覚――もとい、義弟は目を大きく見開いて、驚いている。
「うん、そう。あんたも攻略対象なんだよ。それでね、本編では水無月と葉月は犬猿の仲でね、それは二人が人狼と化け狐だからなんだな~」
「化け狐…って、なんだそれ。オカルトか?そもそも桂は俺のダチなんだけど」
「そう、何だよね…そうだ、あんた満月の日に変身したりしない?」
「しない」
「だよねぇ」
ちなみに、「ここ街」の設定では義弟は不良キャラで、淋しがりなツンデレだ。実際のところの義弟は不良どころか夜10時には就寝する良い子で、世話焼きだ。今日の朝ごはんも彼が作ってくれた。オカンか。オカンと恋におちなきゃいけないのかヒロインは。
「……やっぱりあんたのせいだ…あんたがオカンだから、イベントが進行しなくなったんだぁぁぁ!!」
「人のせいにすんなつーの。つーか、何?今日ここにきたってことは、お前はその、イベントっての進みたいって思ってるわけ?」
「あったりまえじゃーん。目指せラ―ブラブ!ですよ」
「ふ、ふーん」
両手でハートマークをつくり、義弟の前に突き出す。
すると義弟はぷいっと顔をそむけてしまった。あら、冷たい反応だこと。
お姉ちゃんは寂しいぞっ
「だって水無月桂のイベントってどれも超胸きゅんなんだよ!メガネだし、クーデレだし!それに横顔美人なんだよね~水無月桂って!みたかった…めっちゃみたかった…」
「………」
「あ~それにしてもこの1カ月どのイベントも空ぶりなんだよね。生徒会長の如月は、生徒会じゃなくて美術部入ってるし、雨の日に会うはずの弥生は、影も形も見つかんないし!その上ラスボスのはずのシキが近所のこども達と草野球やってるんだよ!どういうことなの!?しかも突撃したら彼女持ちだったし……」
「………………」
「あ~ぁ、水無月桂が最後の希望だったのにな…」
私のこれからのラブライフはどうなってしまうんだろうか…
え?普通に彼氏つくればいいだろうって?まってくださいよ、私ですよ?
前世合わせて3×年(=年齢)彼氏いなかった人に、システムのバックアップなしで恋愛できるだろうか、いやできない。
できたとしてもそれはバグだね。すぐデバックされて消えてしまうんだ。うわあああん
「あっそ」
哀しみに沈む私に、義弟の心底どうでもよさそうな返事がのしかかる。
くそぅ、いいよな、イケメン様はよっ。どうせもはやここも3次元なのだ。顔さえよければ全て許される方程式は通用するに違いない。女に困ったことなんてないんだろ、お前なんてっ
「つーかさ、そろそろ次の授業はじまるだろ。行くぞ」
「いい。どうせ体育だから休む」
「はぁ?何いってんの?」
「いーじゃん、今日くらい!」
涙目になって、義弟を睨みつける。
義弟は、しばらくあーだとか、うーだとか、いい淀んだものの、結局は勝手にしろと言って背を向けた。
勝手にしてやるっと思いつつも、なんとなく人寂しい。
「ほら」
「ぶへっ?」
去り際に、義弟からブレザーを投げつけられる。
ぼたんがでこに当たって少々痛かった。なんだぁ?仕返しか?
「まだ肌寒いだろ。それでも着てろ」
「は、はぁ!?必要ないしっ」
「風邪ひいたら誰が世話すると思ってんだよ。バカなこといってないで、次の授業にはちゃんと出るんだぞ。あと昼飯くらいちゃんと食べろ。それに、」
「あ~もうわかった、わかった!オカンはさっさと授業行きなよ」
「オカンじゃねぇし」
そう言って、私の言葉に顔を歪めながらも義弟は素直に屋上から出て行った。
重い鉄の扉がきちんとしまったのを確認してから、私はそっと義弟のブレザーをはおってみる。
かぎなれない、義弟の匂いがした。ツンとした汗の匂い。ちゃんとブレザーもクリーニングにだした方がいいな、あいつ体臭きついほうなんだな、とか下らない思考をめぐらせながらも、勝手に頬が熱くなる。オカンだとか何とか、へらず口でごまかしていた心が暴かれそうになる。
「あのおせっかいめ…」
私に親切にしたって何のイベントも始まらないんだからな。
まず美少女じゃないし、義姉だし、ここ三次元だし。
ゲームみたいに、都合よく努力すればキレイになれるわけでもなければ、周りに祝福されるわけでもない。
そもそもこんな性格の悪いヒロインなんていないのだろう。
義弟にはきっともっとかわいくて、頭がよくて、性格のいいこが似合う。そう、たとえば「ここ街」の主人公のような……
「……早く、彼氏つくろう」
この1カ月、どのイベントを回っても主人公らしき女の子には出逢わなかったが、この先何があるのかわからない。
もしかしたらシナリオの開始時期がずれているのかもしれないし、義弟だって全く違う女の子に恋しちゃうかもしれない。
そうなったとき、一人になるのは私だ。つらくて、みじめな思いはしたくない。
「よし」
前をみすえて立ちあがった私は、何も気づかなかった。
義弟のブレザーからこぼれおちた、長い犬の毛も、その正体も。
妖怪が闊歩するような「ここ街」の世界が、ほのぼのしたものであるはずがないことも。
なにもしらず、ただ義弟に守られ、幸せな日々を過ごしていたことも。