第7話 支え合い
アインちゃんの不幸が明らかに。
そしてオタクが動き出すーーー
アインの家はマリーさんの服屋から5分ほどの、商店街の入り口近くにあった。
歴史を感じさせる石造りの3階建て。
ドアの上には木の看板、愛嬌のある犬がベッドに寝転んだマークが描かれている。
多分、宿屋経営の店舗兼住宅ということだろう。
マリーさんに連れられ、背中に背負ったアインと共に趣を感じさせる重厚な木のドアをくぐる。
「邪魔するよ!」
「ごめんくださーい。」
店内は穏やかな空気が流れる心地よい静かな空間だった。
天井が高く広めの室内には、丸テーブルが5つ。
左手には、年月を重ねるもシッカリと磨き上げられた木のカウンターがどっしりと鎮座している。
1階は宿の食堂になっているようだ。
「おう…どうした。」
落ち着いた店内の雰囲気に惚けていると、カウンター奥から野太い声が聞こえてきた。
マリーさんが話していたアインのお父さんだろう。
俺は挨拶しようと視線を向け、そして固まった。
全身を覆う白い体毛。
その下からでも存在を主張している強靭な筋肉。
一度噛みつけばいかなるものでも食い千切るであろう、顎に並ぶ鋭い牙。
狼男が、そこにいた。
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「坊主、本当に助かった。」
そんな言葉とともに、目の前の丸テーブルに煎豆茶が置かれる。
テーブルには俺とマリーさん、そして狼男。
ではなく、アインのお父さんのベルクさん。
奥さんはパートに出ているらしい。
アインは3階の自室に寝かせている。
「アインちゃん、無茶し過ぎだよ。親のアンタが見といてやらなくてどうするんだい。」
マリーさんが責めるように、でも労わるようにベルクさんに注意する。
「すまねぇ…」
ベルクさんは悲しげに俯いている。
…アインはかなり痩せていた。
それに非常に疲れている印象も受けた。
最初は親から虐待でも受けているのではと思ったが、ベルクさんの表情からはそんな負の感情は感じられない。
娘を大切に思っている親の顔だと思う。
だとしたら商売が上手くいかずに貧しいのか?
でもアインを運ぶ時に見かけたが、宿泊客はある程度入っていた。
商店街の入口にある宿だし、立地的にも客が来ない理由はない。
…わからん、素直に聞いてみるか。
「あの、アイン…さんは病気なんですか?」
危ない、初対面の親の前でいきなり娘を呼び捨てにするところだった。
「いや、あいつ自身は全くの健康体だ。病気なのは…妹のレナさ」
「妹さん、ですか?」
写真立ての写真を見せてくれる。
髪は父親譲りで白色だが、アインによく似たロングヘアーの小さな女の子が家族の集合写真の真ん中に写っている。
この子がレナ、歳は5歳だという。
そこからベルクさんはぽつぽつと、愚痴を零すように語り始めた。
彼の一家は4人家族で、家長のベルクさんに奥さんのアイシアさん、その間に娘が2人。
彼の次女ーーーレナは、2か月前から医療院に病気のため入院中で、経過があまり良くないらしい。
〈障魔病〉。
この世界に生きる生物は誰でも少なからず魔力を体内に持っている。(魔人は桁違いだが)
これは通常であれば消費されなくても循環し、少しずつ体外へ放出されるものなのだが、何らかの原因によりその循環に支障が出てしまうのがこの病気だ。
末期症状まで至ると体内で魔力が暴走、あらゆる臓器が機能不全を起こし死んでしまうそうだ。
治療薬は開発されたが原料が希少素材ばかりで、お値段なんと白金貨1枚、銀貨でいえば1000枚。
正直な話、用意するのはかなり厳しい金額だ。
ベルクさん達は家族総出で何とかこのお金を捻出しようと、かなり切り詰めて生活しているらしい。
「食べるのにも困るほどなんですか?」
「食べるお金があるなら妹に使ってって、朝にほんのちょっと食うだけなんだよ。飯を用意すりゃ怒るし、食えって叱っても言うことを聞きゃしねぇ…」
身体を壊しては元も子もないと食事は最低限取っているらしいが、アインはそれすらも妹の治療費に当てろと言って聞かないらしい。
可愛い顔してなかなか強情な子だ。
しかも少しでもお金を稼ごうと毎日市場で働いていて、俺に話しかけてくれた時もその仕事の帰りだったようだ。
子供の手伝いやご飯を抜いたくらいで捻出できるお金なんて、それこそ日に銅貨数枚。
それでも、例え小さなことでも、妹のために何かせずにはいられないのだろう。
馬鹿にすることなんて、絶対にできない。
ベルクさんの稼ぎも平均で月に銀貨5枚ほど。
一般家庭に比べれば稼いでいる方だが、それでも銀貨1000枚にはあまりに遠すぎる。
「俺ゃ情けねえ…小さい娘に無理させて、病気の薬さえ買ってやれねぇ……っ」
「ベルクさん………」
顔を両手で覆いながら自身の至らなさを嘆くベルクさん。
だが、こればかりは仕方がないだろう。
誰がいつ、どんな病気になるのかは分からないし、病気の種類も選べない。
アインが無理をしていることだって、妹を思いやる優しさゆえのものだ。
父さんや母さんも俺が風邪にかかった時、すごく優しく看病してくれた。
家族を思わない家族なんて、いない。
「すまねぇ。子供にするような話じゃなかったな。坊主、家はどこだ?親御さんにお礼を言わなきゃな」
ベルクさんが一度大きな息をついてから、場を仕切り直すように俺に尋ねてくる。
「あ、いや、そんな気にしないで下さい。俺も彼女に助けられましたし」
「それとこれとは別だ。娘が世話になったんだ。」
「えっと…親は…」
突然自分に話を振られ、俺は言い淀んでしまう。
「……すまねぇ。もしかして、失礼な質問だったか?」
直前に離れた家族のことを思い出していたせいか、俺の声色から哀しみの色を感じ取ったらしい。
流石は客商売、心の機微を的確に読んでくる。
「気にしないでください。ちょっと遠くにいて、会えないっていうだけですから」
精一杯笑顔で答えるが、どうやら遠く=あの世の図式が出来上がってしまったようで、ベルクさんもマリーさんも目元を潤ませている。
いや、本当に遠いだけなんです。国とか違ってるし。
ただ、あまり突っ込んで話してボロが出るのは拙いので、敢えて訂正はしなかった。
「今はどうやって暮らしてるんだ?」
「住んでいた村を出てこの街に着いたばかりなんです。りょ…親戚のおじさんを訪ねて。ただ忙しい人なので、今日はどこかで宿を取ろうと思います」
あれからかなり話し込んでしまった。
これから領主様の館を探して顔を合わせるとなると時間的にかなりシビアだ。
訪ねるにしても、日を改めた方が良いだろう。
「だったら家に泊まっていけ。娘の恩人だ、金なんて取りゃしねぇ」
「お世話になります、ただお金はシッカリ払います」
その後ベルクさんとは散々揉めたが、「両親に怒られちゃいます」の一言で納得して頂いた。
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2階の客室。久しぶりのちゃんとしたベッドへ俺はダイブする。
「あふぅん」
超気持ちイイ……!
昨日一昨日と寝床は草の上(血まみれ)と机の上(埃まみれ)だったからなぁ…。
食堂での夕食後、キモイ声を上げながら寝床の柔らかさを堪能する。
さあ、明日は領主様の館へ行って両親について説明、今後のことを相談だ!
………いや、無理だ。
そんな簡単に思考は切り替えられない。
考えるのはこの家の家族のことだ。
娘のために必死になって一人で宿を切り盛りする父親。
寝る間も惜しんでパートに出ている母親。
子供なりに必死に役に立とうと食べる物すら削って手伝いをする姉。
こんな素性の知れない子供に優しくしてくれた、家族のために頑張っているこの人達のために、何かしてあげたいと思った。
べ、別にアインが可愛いからって贔屓してるわけではない。
…少しはあるかもしれないけど。
理由は単純。
「それだけお金に困ってるのに、アインは俺を助けてくれたんだよな」
本当に、優しい子。
本当に、優しい家族。
幸せにならなきゃ、そんなの嘘だ。
村で別れる前に、母さんと約束した。
『人に優しくしなさい』
『あなたの良心に従いなさい』
ここから領主様の館に行って、領主様と会うのは簡単だろう。
仮に門番が通してくれなくても、出待ちして大声で父さんの名前を出し、ネックレスを見せれば良い。
幸い俺には父さんが渡してくれた結構な額のお金がある。
2、3か月は普通に生きられるだろう。
ただ領主様と接触した後、俺がどんな扱いを受けるのか、どこへ行くのか見当もつかない。
父さんが頼れと指示をするくらいだから不当な扱いは受けないだろうけど、気軽に外出というのはできなくなるかもしれない。
だったら領主様に会う前に、出来るだけの事を俺はこの家族にしてあげたい。
「俺に優しくしてくれた人を、俺は助けたい。」
間違ってないよね、父さん、母さん。
『いや~、本当にイイ子だねぇ。』
突然の声に俺は飛び起きる。
だが周囲に人はいない。
結構ゆったりした客室だが、人が隠れられるほどの場所もない。
「誰だ!」
『ここだよ、ここ。』
そういって視線を向けた先には怪しい者……ではなく、怪しい物があった。
ベッド脇の小机の上に、美少女の人形。
『やぁ、言葉を交わすのは初めてだね』
その人形が、男の声で、喋ったーーー
気付いたら更新4日ぶりになっていた。
自身の筆の遅さが憎い…