第6話 指ぬきグローブと犬耳
やっとヒロイン登場。
獣耳は、お好きですか?
ゴォーーン……ゴォーーン……
街中に大きな、それでいて優しい鐘の音が響き渡り、その音が俺の意識を浮上させる。
寝ぼけながら寝返りを打つと、硬い寝床が俺の二度寝の邪魔をした。
「…あたたたた………フカフカまでいかなくても、そろそろ普通のベッドで眠りたいな…」
どうやら朝になったようだ。安いよ安いよ~、見てってお客さ~んーーー
そんな声が街の喧騒と共に時折外から聞こえてくる。夜には気付かなかったが、どうやらこの物置は市場か商店街の近くにあるらしい。
眠い目を擦りながら机を降り身体をほぐしていると、突如爆音が鳴り響いた。
ぐぎゅるるるぅぅぅ~~~~~
「………………」
そういえば、俺って一昨日から何も食べてないんだよな。
森の小川で水は確保できたけど、流石に食料調達までは無理だったし。
命の危機でスッカリ忘れてたけど、9歳の子供にこれはキツイ。
謎の身体能力向上がなければ、おそらく動けなくなっていただろう。違う意味で命の危機だ。
とりあえず父さんから持たされたお金もあるし、まずは腹ごしらえをしよう。
領主様に会うのはそれからだ。
俺は身だしなみを整え持ち物を確認した後、慎重に物置を出た。
~~~~~
物置は人通りの多い道から外れた小道に面していた。
本当に表通りのすぐ脇といったところで、子供の俺が一人でいたとしても不審に思われることはないだろう。
物置の鍵を閉め表通りへ出ると、そこには活気に溢れる出店や屋台の数々。
食べ物はもちろんお土産や装飾品、武器や防具といったものまでジャンルも様々。
どうやら商店街のようだ。
「色々見たいけど、まずは食べ物だ。」
父さんから渡された小袋の中には銅貨が20枚、銀貨が5枚入っていた。
貨幣は大陸全土で共通、銀貨2枚が平均的な家庭の月収なので、今の俺はかなりリッチマンだ。
ちなみに貨幣のレートは
銅貨1000枚=銀貨1枚
銀貨100枚=金貨1枚
金貨10枚=白金貨1枚
といった具合だ。
一般的な生活で使われる貨幣はほぼ銅貨で事足りるので、銀貨以上は普通に生活していればまず見ることも使うこともない。
高い買い物をする時や給料の支払いで銀貨を使うくらいだろう。
露店の食べ物なら銅貨1、2枚で充分買える。
さて、何を食べようかーーーいざ行かんというところで、出店のおじさんから声を掛けられた。
年は父さんより少し上といったところで、頭に白いタオルを巻いている。
「おう少年、串焼き食ってかねぇか、串焼き!!1本銅貨1枚だ!!」
真っ黒に焼けた肌と、それとは正反対の真っ白な歯を見せて俺に串焼きを勧めてくる。父さんと同じような強面で。
おじさんの前には大きめのサイコロ大の塊が3つ刺さった木の串が数本、炭火で炙られていた。
「これは、何の串焼きですか?」
「おう、見たことねぇか?これは短足牛っつう家畜の肉でな。柔らかくて肉自体の旨みが強いのが特徴だ!」
ほっほう、お肉ですか。
野生の獣の肉なら一応村でも食べられたけど、ほとんどが角兎みたいな小型の獣で、村人全員で分け合ってたから満足な量を食べたことがあまりない。
何かタレを付けて焼いているのだろう、ほんのり焦げた甘辛い匂いが食欲をそそる。
「それでは1本下さい。」
「おう、毎度!」
俺は我慢できず、おじさんから串焼きを購入する。
ああ、久しぶりの食事、しかも肉だよ!肉!!肉ぅぅぅ!!!
「いただきます。」
「言葉遣いもそうだが、随分礼儀正しいなぁ…」
おじさんが感心したようにつぶやくが、それは違う。
脳内の俺は今、血肉を欲する狼だ。餓狼だ。
たまらず串にかぶりつくとーーーそこには楽園が広がっていた。
噛めばほんの少しの弾力を残してアッサリと歯を通す柔らかな肉、舌の上で肉の旨みとタレの甘辛さがコサックダンスを踊っている。
空腹が満たされていく幸福と串焼きのあまりの美味しさに、俺は嗚咽を抑えられない。
「くっーーーうううぅぅ~~~」
「ど、どうした少年!?急に泣き出して!?」
「ず、ずみばせん、あまりに美味しくて…」
「いや、そこまで喜んでくれるなら作った甲斐があるってもんだが…」
「俺が死んだら是非とも棺桶に入れてください。」
「そんなにか…」
おじさんの屋台の前で、俺は号泣しながら食事を続けた。
~~~~~
商店街ではあれから大変だった。
串焼き屋のおじさんーーーオードさんが子供の俺を泣かせたと周囲から誤解を受け、メチャクチャ吊し上げを食らったのだ。
最後に誤解は解けたが、気を使ってくれた周りの店の人達から焼菓子やら果実水やら、沢山頂いてしまった。
結果、串焼きの銅貨1枚でお腹一杯だ。
最近大変な目に遭ってばかりなせいか、本当に人の善意が身に染みる。
いつか一杯買い物して、みんなに恩返しをしよう。
さて、そんな出来事から2時間、俺はオードさんに教えてもらった服屋に来ていた。
フォレストサイトは俺が住んでいた村(そういえば村の名前知らないな)と違って大きい街なので、移動するのも結構時間が掛かってしまった。
…ごめんなさい、ただ迷っただけです。本当はすごく近かったです。
さて、何故服屋かというと、領主に会おうというのに薄汚れた穴の開いたシャツでは拙いだろうと思ったからだ。
森の中を強行軍で進んできたのでズボンも靴もボロボロだ。
この際、全て変えてしまおう。
俺は服屋〈エンゼルマリー〉(名前が恥ずかしいって言った奴、前へ出ろ)のドアを開いた。
俺は鏡を覗き込む。
身長はこの年代の子であれば平均的な130センチくらい。
灰色の髪に紫色の瞳と、母さんの血の影響か少々冷たい印象の配色だ。
顔の造形は悪くないと思う、母さん似だし。
そして、そんな俺が今着ている服はこの服屋の看板娘(マリーさん45歳、身長は母さんと同じくらい、幅は母さんの3倍くらい。オードさんの幼馴染)に選んでもらった物だ。
上は白いワイシャツに黒のシンプルなジャケットを合わせている。
下はベージュ色の厚手のジーンズに黒革のブーツだ。
…うん、結構、いや、かなり気に入った。シンプルイズベストだ。
パンツや靴下も新しく替え、心機一転。これぐらいの格好なら領主様に会うのに問題ない…はず。会ったことないから分からんけど。
お代はしめて銅貨200枚。
端数をおまけしてくれた上にベルト代わりにもなる、小物が入れられるウェストバッグまで付けてくれた。
マリーさん、マジ天使。あと30歳若かったら口説いてたね。
マリーさんにお礼を言い、店を出ようとしたところでーーー店先に陳列されているある商品に、俺の目は釘づけになった。
「こ、これは………」
そこには、黒革製の指ぬきグローブが鎮座していた。
~~~~~
「買って……しまった………」
俺の両手には、若干大きめの指ぬきグローブが装着されていた。
このグローブ、子供用がなく、一番小さいサイズでもこれしかなかったのだ。本来なら自分の着る服や持ち物にあまり執着はしないのだが、どういう理由か、これを見た瞬間、手に入れなければならないと思ってしまったのだ。
まるで自分の中の誰かが、そう叫んでいるかのように。
「…あっ、あの……」
しかし、何故だ。
指ぬきグローブを装着している自分の手を見ていると、気分が高揚してくる…!
「えっと、聞こえてる……?」
何か、こう、自分にしか使えない、新たな力が目覚めそうというか…何か手から出せそうというか…
「うぅっ、無視しないでぇ……」
よ、よし。やってみるか。
コォォォーーーーーーーーーーーー
「あっ、あの!!!」
「はもんっ!?」
び、びっくりした…!ていうか超危なかった…。
もう少しでドヤ顔でポーズ決めながら奇声を発するところだったよ。
……いや、発してないですよ、普通ですよ、驚いたら言いますよ、はもん。
自分に苦しすぎる言い訳しながら声がした方を振り向くと、そこには俺と同い年くらいの女の子が立っていた。
背丈は俺より少し低い程度、可愛らしい白のワンピースを着ている。
髪は赤茶色の肩にかかるくらいの長さで、同じ色の大きな瞳をこっちに向けている。
色白で将来美人になるであろう愛らしい顔立ちをしているが、それより何より目を引くのが、その頭とおしりだ。
ピョコンと生えた犬の耳と、フッサフサのシッポだ。つまりは獣人。
王国はオープンな国で種族差別はないって聞いてはいたけど、こうして直接目にすると安心する。
俺も見た目は人間だけど、半分魔人だからなぁ…
まあ、とりあえず俺に用事があるみたいだし、はもんの恥ずかしさを乗り越えて声を掛けてみるか。
「俺に、何か用かな?」
「う、うん。あの、これ、落としたよ?」
そう言って俺に両手で差し出してきたのは、見覚えのある茶色い小袋。
「あ、あれ!?」
急いで腰のウェストバッグを開いてみると、確かにそこに入れたはずの小袋が無かった。
「え、えっとね、手袋を着けながらこれ、バッグに入れる時にね、入れ口からポロッて落っこちてた。」
な、何たる不覚…!全財産が入った小袋より、指ぬきグローブに気を取られるとは…!
このグローブは封印しよう……。
俺はグローブを外しバッグに突っ込んだ。
いや、そんなことより、まずこの子にお礼を言わなければ。
「ありがとう。この中には俺の全財産が入ってたから、もし無くしたら大変なことになってたよ。」
「うん…良…かったね。」
ふんわりと少女は微笑むが、俺は彼女の身体が前後に揺れていることに気付く。
「だ、大丈夫…?」
よく見れば顔色が悪い。
それにユッタリとしたワンピースのせいで気付かなかったが、少し痩せすぎのような気がする。
その今にも消えてしまいそうな雰囲気が、山小屋で別れる前の母さんと重なる。
心配になり俺が近付こうとした次の瞬間、彼女はそのまま気を失ってしまった。
俺は間一髪、地面に倒れ込む前に受け止める。
「ちょっと、大丈夫!?誰か!誰か!そ、そうだ、マリーさーん!!!」
ここはマリーさんの服屋の真ん前だ。
俺は急いで45歳の天使を呼ぶ。
「何だい、大きな声で……アインちゃん!?」
「知り合いですか?」
「ああ。この子また…」
「また?持病か何かですか?」
「…この子の家はすぐ近くなんだ。あたしゃ腰が悪くってね。案内するから、悪いけどそのまま運んでくれるかい?」
「わかりました。」
「事情はそこで話すよ。今の時間ならこの子の父親がいるはずだ。」
そう言って、マリーさんは歩き始める。
悲しそうな顔で、少女を見つめながらーーー