第4話 優しい神様
『いつの時代も、人間というのは愚かだねぇ…』
『うむ、惨いことをする…』
後ろから剣で心臓を一突き。
少年の身体から大量の血が大地に染み込んでゆく。
そんな少年の傍で引き揚げていく兵達を見つめながら、男と女が忌々しげに呟く。
二人は身を隠したりすることもなく堂々と会話しているが、その存在に気付く者はいない。
『それで、この子の両親は?』
『包囲を突破した。この子の父君は中々の強者のようだのう。』
軽い口調で話す男。
赤いチェックのシャツをジーンズにタックインしている。黒い革製の指ぬきグローブに真っ赤なバンダナと、この世界では珍しい眼鏡。
パンパンに物の詰まったリュックサックを背負った男の年の頃は10代後半。
黒髪のロンゲ、顔はある程度整っているがーーーその格好と手に持つ美少女フィギュアが全てを台無しにしている。
とある世界では、男のような格好をした者はこう呼ばれるーーーオタクと。
そして、まるで老人のような言葉頭遣いの女。
純白の左右を合わせる形のガウンのような上着と、真紅のスカートーーー否、とある世界では袴と呼ばれるそれを着る。
見た目の年齢はこちらも10代後半くらい。
肌は雪のように白く、腰まで伸ばした黒髪は空に浮かぶ月の光でしっとりと輝いている。十人の男がいたら十人全員が振り返る容姿だろう。
ただし、その右手にはそんな美少女が持つにはあまりに不釣り合いなーーー狂戦士が持っていれば違和感のないような、彼女の身長を優に超える禍々しい漆黒の大剣が握られている。
彼女の格好も、とある世界でこう呼ばれるーーー巫女装束と。
そんな、この世界では見られない異様な格好をしたアンバランスな二人が、地面に倒れる子供に視線を戻す。
『この子供の記憶、見た?僕、涙腺が崩壊しかけたよ』
『うむ…魔人の合いの子というのは些か引っかかるが、この子の母君は我々が過去に戦った奴等とは違うようだ』
『うん、この子のことを本当に大切に思ってる。しかも村人を助けるために自分が倒れちゃうほどのお人よしっていうのもプラスだね』
『父君も祠にいつも供え物をしてくれる御仁であったな。顔は怖いが』
『そうそう、きちんと掃除もしてくれるよ。顔は怖いけど』
『この子自身も近くに来た際には必ず手を合わせてゆく』
『そうか…だったらこの命ーーーこのまま散らしてしまったら、僕達の沽券に係わる、ね』
『『我等は人の身でありながら神となったモノ』』
『心優しき人の子よ。汝に約束を守る機会を与えよう』
『可哀想な人の子よ、君に新しい命と加護を与えよう』
『我からは戦う術と力を』
『僕からは生き抜くための知恵と知識を』
『『新たなる命に祝福を』』
少年の体がうっすらとした光に包まれ、胸の傷が………………治らなかった。
『…………治ってない、ね』
『う、うむ……治っておらん、な』
この二人、もとい二柱、確かに人から神へと至った存在ではあるのだが、長き歳月により忘れられ、その力を落としていたのだ。
神の力は信仰により成り立つ。
過去には創造神に迫るほどの信仰を集めた二柱であったが、今ではその名前すら正確に伝わっていなかった。
知恵の男神〈オオイ〉ーーー
戦の女神〈イズミ〉ーーー
いつの間にか一柱にまとめられ、〈オオイズミ〉という神になってしまっていた。
例え神でも名前すら正しく覚えられていない、そんな神が人を生き返らせるほどの力を持つわけがない。
加護については問題なく与えることができたようだが、死んでいては意味もない。
『ど、どどどどどどどどどどどどどうしよう!このままじゃこの男の子、死んじゃうよーーー!!』
『落ち着いて…機関銃じゃないんだから。…さて、どうするか。』
ちなみにメチャクチャ動揺しているのはイズミであり、意外と冷静なのはオオイである。
イズミは神になってから威厳を持とうと精一杯それらしい態度を取っているのだが、結構簡単に仮面が外れる。
すでに涙目の相方を苦笑いしながらオオイが見つめる。
そしてオオイは考える。
ーーー自分はもう充分にこの世界を謳歌した。
一旦休むのも良いかもしれない。
それに、この少年には約束を守らせてあげたい。
生き抜いてほしい。
そして、両親と再会してほしい。
自分には、出来なかった事だから。
『…僕がこの子の命になるよ』
『………!!!………本気なの…?』
『うん。…それに僕は死ぬ訳じゃない。クサい言い方になっちゃうけど、この子の中で生き続ける』
一体化する以上、この子の精神への影響は避けられないだろうけど、主導権はあくまでも本人だ。
自分が表に出てしまってはそれは乗っ取りと一緒だ。
『本当に、ごめん』
『…こっちのセリフよ。私には、そこまでする勇気はない』
『ははっ、僕が男っていうのもあると思うよ。流石に女の子があまり知らない男の子の中に入るのは抵抗あるでしょ』
『…また、会える?』
『この子が天寿を全うしたら帰ってくるよ。千年に比べたらすぐさ』
そう言ってオオイは静かに目を閉じる。
オオイの輪郭がぼやけ、暖かな光になると、そのままアッシュの胸元へと吸い込まれていく。
こうしてアッシュの二度目の生が始まった。