第3話 悲しい幸せな別れ
人間の中には、古来から他種族を排斥しようと主張する一派があったそうだ。
亜人排斥派は、そういった人間が組織した派閥であり、国を問わず大陸中に根を張っているらしい。
「…亜人排斥派だから、この村が目障りになったっていうこと?」
「それも正解だが、おそらくは今回の襲撃を王国側によるものとして、邪魔な亜人の排除と、帝国内での王国に対する敵対心の醸造の、二つを狙っているのだろう」
父さんの言葉に、鼻の奥がツンとしてくる。
村のみんなが何をした。
俺達が誰に迷惑を掛けた。
俺は国に対して腹の底から湧き出す怒りを覚えた。
「そんな…そんな理由でみんなを殺したのか!!」
「いや、村のみんなは逃げて全員無事、だ」
「絶対許せなっっって、ウソ!?生きてんの!?」
父からの唐突な新事実の暴露。
っていうか、俺さっき村のみんなについて聞いたよね!?黙ってたからてっきり皆殺しコースかと思ってたよ!情報小出しにするのやめてくんないっ!?
口下手な父に対し心の中で文句を言う。なんか一気に力が抜けた…。
「それで……父さん、これからどうするの?副都へ逃げるの?」
父にこれからの行動について聞く。
副都とは、帝国で二番目に大きい都市、アレフガロスフハラムという、舌を噛みそうな長い名前の都市で、みんな略して副都と呼んでいる。
東の森を挟んで存在するフィオーナ王国に睨みを利かせるための城塞都市で、この村から北西へ馬車で二日程の距離だ。
距離で言えば森を挟んだ王国領にあるフォレストサイトという街が一番近いけど、現在あまり仲の良くない国の人間を簡単に受け入れてくれないだろう。
街の入口で追い返されて終わりだ。
なので、最も近い町や都市なら、副都が一番だろう。
一度父さんに連れて行ってもらったことがあるけど、休日でもないのに路上に人が溢れ返ってて、田舎者の俺はあっという間に人に酔ってしまった。
あれだけ人の行き来が盛んな都市だし、紛れ込めると思う。
「いや………お前は、一人で王国に行け」
「えっ!?」
父さんが放った言葉に俺は混乱する。
「王国って…!それに一人でって…」
「それは…」
「あなた……私が話すわ」
「…わかった……」
母さんが父さんから話を引き継ぎ、理由について語り始める。
「理由はね…、私のせいなのよ」
「母さん、の…?」
「帝国はこの村の人間を皆殺しにすることを前提に兵を配置しているわ。副都への道にもおそらく兵が待ち伏せている…。でも、今回の作戦は他国には内密に行われているものよ。帝国も他国に悟られるような行動は取れない。村を囲む兵さえ突破すれば、東の森を経由する各国への道に、兵はいない。」
「だったら、みんなでそっちへ行こうよ…それにいざとなったら母さんの能力で…」
俺がそう返すと母さんは悲しそうに首を振った。
「村のみんなを逃がすために、お母さんちょっと無理して能力を使っちゃってね。おそらく2、3日はまともに体を動かせないし、能力も使えない」
魔人の能力。
それは魔人全員が同じというものではない。
森人は精霊術により精霊から力を借り、水や風といった自然の力を増幅し操作する。魔人は自分の内に存在する魔力で、個人特有の力を行使できる。
混血にもたまに能力を使える人がいるらしいけど、純血の魔人の力はそれ以上に凄いらしい。
母さんの力は〈空間操作〉。
別の空間を造って物を出し入れしたり、空間同士を繋げて遠い距離を移動したりもできる。
その気になれば空から岩を降らせたりも出来る凄い力だけど、消耗する魔力も大きいと言ってた。
村のみんなはもう空間を繋げて帝国内や連邦内に逃がしているらしい。
父さんが続ける。
「…爪牙連邦は獣人や竜人以外の入国が厳しく制限されている。大森林は俺でも手こずる凶悪な魔獣が多く、徘徊している。行けるとしたら王国だけ、だ。」
「じゃあ、みんなで王国に行こうよ!父さんなら母さんくらい背負って行けるだろ!」
「…王国の国境には、過去の大戦で使用された魔族に対する結界が今も現役で作動している。純血種のみに反応するもの、だ。ハーフのお前であれば問題はないだろう。だが、弱っている上に純血のリアが通れば命はないだろう…」
そういって父さんは首に下げていたネックレスと茶色の小袋を俺に渡す。
ネックレスは白金製の獅子の顔の周りに剣や槍といった武器の意匠が施された、かなり厳かな代物だ。
小さな袋は俺の手に丁度乗るくらい。
感触からしておそらく硬貨が入っているのだろう。
「……フォレストサイトまで行ったら領主のベルクリオという男に会い、アグラの息子だと言え。そのネックレスはベルクリオ以外には絶対に見せるな」
「これは何?領主様からの贈り物か何か…?」
「……そんなようなものだ。…街に入る時には、正門から外壁を時計回りに10分ほど行ったところに、周りと比べると小さな石でできた部分がある。そこが抜け道になってるから、そこから入れ。俺はリアを連れて包囲網を突破して、帝国領へ逃げる」
「…………!」
「俺が包囲網を突破したら、隙をついて森へ逃げ込め。いなくなった村の皆を捜索するため包囲の兵達は今のところ離れているが、ここは村の外れ…兵が戻ればいずれ見つかる」
「………っ」
口下手な父が一所懸命に説明する。
俺を連れて行かないということは、俺を連れていく余裕がないんだ。
つまり、連れていけば間違いなく死ぬっていうことだ。
自分達が囮になって俺を逃がそうとしているのかもしれない。
整備された道を利用しないという手もあるけど、食料も装備もない状態ではただ死ぬだけだ。
そして、家族全員が生き延びる可能性が一番高いのが、この方法なんだろう。
俺も連れて行ってーーー
そう泣いて訴えれば、連れて行ってくれるだろう。
だけど、それは父さん、母さんに死ねと言っているのと同じだ。
そんなことは絶対に言えない。
父さんが俺の灰色の髪をガシガシと撫でる。
「アッシュ…お前は俺に似ず、本当に賢い子、だ」
「…っっ」
「…生きてさえいれば、また、会える」
「……はい」
母さんが俺をそっと抱きしめてくれる。
「お母さんと約束して。」
「………」
「絶対に生きなさい」
「…はい」
「身体を大切にしなさい」
「…はい」
「人に優しくしなさい」
「…はい」
「あなたの良心に従いなさい」
「…はい」
「誰にでも礼儀を持って接しなさい」
「…はい」
「あと……あと………ふふっ、言いたいことがありすぎて伝えきれないわね」
「…っっ」
ーーーああ、俺は本当に愛されている。
殺されるかもしれない。
もう会えないかもしれない。
そんな暗い未来しか見えないのにーーー
俺は今、とても悲しくて、とても幸せだ