第1話 朱い屋根の家
初投稿です。
生暖かい目で見ていただけると幸いです。
『神は皆に対し平等である』
何時か見た本に書いてあった。だけど、それは嘘だ。もしそうなら、こんな風に泥に塗れ、森の中を駆けずり回っているはずがない。
「ガキはどこだーーー」
「今そっちで何か動いたぞーーー」
近くからガチャガチャという金属を擦り合わせた音と、男達の野太い怒号が聞こえてくる。村から飛び出し、この森に入ってからどれだけの時間が過ぎたのだろう。もう時間の感覚すら曖昧だ。
今は草むらに身を隠してやり過ごしているが、包囲は少しづつ確実に狭まってきている。
「ごめん。約束、守れないかもしれない…」
アシュレー・シーグラムはグズグズと鼻をすすりながら、もうおそらく会えないであろう家族に、つぶやくように謝罪した。
そしてーーーー
「こんなところにいやがった。」
胸から剣が生え、嵐のような今日という日が走馬灯のように過ぎ去り、……命を失った。
小さな村だった。村民全員が顔見知り。すべての人間を合わせても、20人にも満たないような小さな村。そんな小さな村が、子供である俺には世界の全てだった。
だが、俺の世界は唐突に終わりを告げた。
~~~~~
隣に住むティムが家の種蒔きの手伝いで遊べず、俺は一人村の東にある森で遊んでいた。
この森には、千年程前に異世界から来た『オオイズミ』という神様が眠っているそうで、村の人間は聖なる森と呼んでいて、大陸の中央に位置している。
実際この森では、人間の居住区域外であれば見かけるような危険な魔物の類はおらず、野生動物も積極的に人間を襲ったりはしないので、何か不思議な力が作用しているのは間違いないのかもしれない。
「すっかり遅くなっちゃったな…」
俺は村への帰路を急いでいた。夕日は既に遠くに見える山々に沈みかけている。
遊び疲れて原っぱに寝転がったところまでは覚えているが、それ以降の記憶はない。いわゆる寝落ち、というやつだ。
普通の森であれば危険この上ない行為だが、この森であれば安全だ。それに睡眠は重要だ。だって俺は9歳だから!育ち盛りだから!
…誰に言い訳するでもなく、脳内でそんなバカなことを考えていた。こんなバカなことを考えていられるくらい、平和だった。
ーーーしばらく歩いていると、俺は違和感を覚えた。
森は村からすると東に位置する。村に帰るにはおおよそではあるが、沈む夕日を目印に進めば良い。
だが、しかし、だいぶ前に沈みかけていたはずの夕日が、
「沈まない……?」
いや、明確には違う。普段は山々を染めているはずの朱が、村があるはずの場所を直接染めている。
しかも村に近付けば近付くほど、それは明るさを増していく。周囲はすでに暗くなってきているにも関わらず。
それにーーー
「焦げ臭い…まさか火事!?」
嫌な予感に背中を押され、走って、走って、走った先に見えたのは、そんな想像をはるかに超える異常な光景だった。
松明のように激しく燃える見慣れた家々。その間を縫うように蠢く銀の甲冑達。
顔を背けたくなるような熱い空気が肌を焼く。
鼻の奥に纏わりつくような、何かが焦げた匂い。
煤が口の中に入ったのだろうか、舌に苦味が走る。
目の前に広がる非現実に俺は硬直するだけだった。
「(と、父さんや母さんは……、村のみんなは!!)」
「逃げろ、アッシュ!!!」
「えっ……」
大きな声で名前を呼ばれ振り向くと、銀の甲冑の一人が、俺に向けて剣を振り下ろそうとしていた。
俺は反応できず、どこか他人事のようにそれを見つめる。体は凍り付いたように動かない。
俺の体に刃が届く、その一瞬前、俺と甲冑の間に見慣れた巌のような背中が割って入り、銀の甲冑は吹き飛んでいった。
ーーーおとぎ話であったなら、ピンチを救ってくれるのは白馬の王子か男装の令嬢なのだろうが、その人は違った。
キラリと光るスキンヘッドに燃えるような赤い瞳、一見肥満体系に見えるが鎧のように鍛え上げられた2メートルを超える日焼けした肉体。
身の丈程もある戦斧を担ぐ姿は、知らない人が見れば声を揃えて叫ぶだろう、「さっ、山賊!」と。
だが、俺はその男にこう叫ぶ。
「とっ、父さん!」
美人で若い母さんをどうやってゲットしたのか、常々疑問に思うビジュアルの父アグラが、そこに立っていた。
「…無事、か?」
「うっ、うん。ありがとう。」
本当に間一髪だった。
常日頃、父さんから戦い方は習っていたけど、いざ命の危機という時、全く役に立っていなかった。
いやまあ、俺が固まって動けなかっただけなんだけどね。
こんな危機的状況でも父さんがいれば大丈夫だ、見た目は山賊でも。
父さんは村で一番強い。
以前、森で狩りをした時、片手でイノシシの突進をピタッと止めたのを見た時は若干引いた程だ。
だが、この口下手で不器用だけど優しく強い父を、俺は心の底から尊敬している。恥ずかしくって本人に伝えたことはないけれど。
何が起こっているのかは分からないが、これであんし…
「一緒に来い。」
ガシっ
「へっ?」
直後、父さんは俺の首根っこを掴みながら、凄まじい勢いで走り出す。
「ちょっ、待っ、うそっ、ウッーーーーーー」
前方からの風圧とシャツの襟を掴まれたことによる首元の絞まりで息が苦しい。もうちょっと丁寧に扱ってよ!
必死に気道を確保しながら俺は村を襲っていた甲冑集団について問う。
「うぅぇぇっほっ、と、父さん、あいつ等一体何なの!?それに村のみんなは!?」
村にみんなの気配は無かった。逃げたのか、もしくは、もう……
「…奴等は、帝国兵、だろう……」
「帝国兵?………父さん、怒らないから正直に言って。何したの?」
「…とりあえず説明は後、だ。スピードを上げる、舌噛むなよ。」
そう言って更に加速する。場を和ませるための俺の冗談は見事に滑った。村のみんなについての答えは、無かった。