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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

女を捨てた君と女々しい僕

女を捨てた君と女々しい僕

作者: twilight

この作品の2人の主人公は心理描写的には女子と男子なのですが、設定上男子2人になってしまうので、一応BLのタグをつけておきました。

番外編は別として、本編の方には重い描写はないはずです。

「おはよう、翔ちゃん!」

「お、一樹。おはよう。」

翔ちゃんと呼ばれた少年は(顔立ちは少女だが、制服から考えて少年だろうと判断)友達が追いかけてきてることに気づいて止まった。

そこに、1段飛ばしで階段を上がってきた一樹という少年は着いたとたん、いきなり悪態をついた。

「今日も部活あるよなぁ…。面倒だ。」

「まぁね。それでも、運動部に比べればまだマシでしょ。」

「そうでもない気がするぞ。だって、あの運動量だぜ?」

「…うん。それもそうだね。」

「いつも、思うけどおまえそういうところは抜けてるよな。」

「う…気にしてるのに。わざわざ言わなくてもいいじゃん?」

「気にしてると思ったからいったんだよ。いい気分転換になるし。」

「えー。さすがにひどいよ…。」

文面だけみたら、すごくショックを受けているようにも取れるが、実際は軽口の一部である。

もう、からかわれるのは当たり前と思っているようだ。(あきらめているという側面もある…むしろ、そちらがメインかもしれない。)

「いや~おまえいじりがいあるし。その性格が悪いと思うぞ。」

「そんなこと言われても…。傍から見たら一樹の方がいじられそうなんだけど。」

傍から見たら…その言葉は少女のような顔立ちを暗に示していた。

しかし、言葉遣いからは少女のようなおしとやかさは欠片も見えない。

「一樹、155cmをなめちゃいけないよ。というより、小さくて不便なことの方が少ないね。

別に小さいことで一樹にいじられるほど弱くない。」

「小さいなんて一言もいってないのにね。」

「そうやって、揚げ足を取ろうと思っても無駄だぞ。

大大体、性転換している僕が女らしいのはまだいいとしても、生粋の男である一樹が女々しいのはどうかと思うぞ。」

一見聞き逃せない言葉が混じっているが、それは翔ちゃんにとって隠す必要も恥じる必要もないことだった。

「うっ、そんなこといっても…。」

そんなやり取りをしているうちに2人は教室についた。

その後も、たわいのない会話をしているうちに朝のホームルームは始まった。

それを聞きながら、一樹はふと思い出した。

今は男子、昔は女子とだった親友との出会いを。


今でこそ親友のように…いや、親友として行動している2人だが仲良くなったのは去年である高校1年生だ。

しかし、実は2人は同じ中学だった。

そのころと今の大きな違いとして「異性」か「同姓」か。

きっとこれが一番わかりやすいことだろう。

そう。翔ちゃんこと近藤翔也は、中学の頃は近藤亜紀として過ごしていた。

その頃のことについて聞いてみたことがある。

一樹はつらくなかったかどうか聞いてみたら返ってきた答えはこうだ。

「いや、つらくはなかった。実際問題小学生のころから、なんか違和感を感じてたからな。

中学生になって同じ女子に興味を持つようになってから理由が明確にわかってきて、そこからは立ち回りを全て考えて行動してたな。

そのときに性同一性障害についていろいろ調べてみたんだが、どの患者も自分の病状に気づいてから、自分が特別だと思って『馴染もう』としてなかったんだよな。

あれ見てさ、なんでそこまで考えて行動しないんだろうと思ってさ。

いや~、柄にもなく少女漫画とか読み漁って大変だったぞ。

ある程度は女子の気持ちを理解できないと入っていけないし。」

まるで性同一性障害が病気じゃないような振る舞いだ。

というわけで、翔ちゃんの周りにいる人は、近くに性同一性障害の人がいることに気づかなかった。

ただ、いろいろと準備はしていたらしい。

かかりつけの医者を見つけ、高校から性転換したいことを伝え、

春休みの間に性転換手術もやってのけたという。

普通、成人してからしか認められないことが多いというのになんと無茶をしたのだろうか。


そうして、高校に入ってすぐの自己紹介。

これが僕、一樹にとって知り合いが男性になっていたことをはじめて知ったときだった。

やはり、性転換しても女性らしいかわいさは残り、まるで男装しているかのような違和感があった。

それは、翔ちゃんにとっても許容範囲内だったんだろう。

いきなり最初の自己紹介でこういってのけたのだ

「はじめまして。近藤翔也と言います。

これから接していくうちにいづれ気づくと思うので先に言っておきます。

僕は、去年まで女子として過ごしていました。そう、性同一性障害です。

そして、数ヶ月前に性転換の手術を行い、正式に男性として戸籍登録を行いました。

ですが、完全に女性らしさはとれていないので違和感があるとは思います。

こういった事情ですが、何も怖がらず話しかけてくれると嬉しいです。

長々と失礼しました。よろしくお願いします。」

ほかの人が名前と出身中学校と趣味程度で終わるのをほかの人の2倍以上の時間をかけて初対面の人に暴露したのだ。

あまりの暴挙にその後、次の人がしゃべりだすまで時間がかかったことは言うまでもない。

(後々聞いてみると学校にもばらしてなかったらしい。なんてことを…。)

その時は、知り合いがこうなっているとは露知らず、驚きが大きすぎて話かけるどころではなかった。

なのに、なぜ今はここまで仲良くなったのか。

それは、1週間ほど後に行われた音楽部のオリエンテーションにてわかる。


突然だが、僕は小学生のはじめからピアノをやっていた。

ついつい女々しいのも昔からクラシックを弾いていたからだと考えている。

(それを翔ちゃんに話したら、甘えだと一蹴された。)

もっとも、最近は既存曲よりも作曲、即興演奏のほうにはまっているが。

そういった経緯からピアノの経験が生かせるだろうと考えて僕は音楽部に入部した。

ここの音楽部は特殊で『団体』で演奏したり歌ったりはしない。

基本的にペア、つまり2人で演奏などを行う。

この話を聞いたときはあふれた人がいたらどうするつもりだろうと思ったが、なぜか今までそれで困ったことはないという。

それが、単純に都合のよい話であるだけなのか、余った人が気づかれずに退部しているからなのかは未だに謎だ。

閑話休題。

部活の新入生オリエンテーションにて説明が終わり、それぞれのペア探しが始まった。

新入部員はざっと20人程度。

それぞれ、自分の得意な楽器のほうに向かうもの、周りの演奏を聴くもの、周りを見渡してうろうろするもの、多種多様だった。

僕も、備え付けのピアノの方に向かい、鍵盤の前に座る。

しかし、みんな(僕も含めて)緊張しているようでなかなか演奏に踏み切れない。

そんな中で1つのフルートの音が響いた。

しかし、それはフルートで演奏されているとは思えない選曲だった。

超絶技巧練習曲。

クラシックピアノの中で、かなり難しい部類に入る曲で、僕も2年以上の練習を重ねてやっと弾けるようになった曲の1つだ。

クラシックで難しいとされているものをフルートで弾く。

その異常さは、音楽に携わらないものでもわかるであろう。

その音色はとても美しくピアノに負けず劣らない…頭の中でピアノの音色が出てくるような演奏だった。

そのためだろうか、僕は無意識のうちにその曲に合わせて伴奏を弾いた。

いや、伴奏とはいわないかもしれない。フルートの演奏にあわせて原曲そのまま演奏しただけなのだから。

フルートだけでも、周りを支配していた音は、ピアノが加わることで重圧感と完成度を増し、先輩たちですら誰もが目を話せない状況を巻き起こした。

ここまでなら、そこまで注目を集めることはなかったかもしれない。

いや、翔ちゃんはともかく、この時点ではただ単にあわせて演奏をしていた僕が特別視されることはなかっただろう。

この中にも弾ける人はいるだろうし、あるいはもっと難しい曲を弾く生徒もいるかもしれない。

しかし、ここからは僕、いや僕と翔ちゃんにしかできないであろう。

僕が演奏に入ってきたと気づいた途端、信じられない行為に出た。

なんと、『パートを新しくつくった』のだ。

この時のことを本人に聞いたら、なんとなく弾いただけらしい。末恐ろしい。

僕も最初は戸惑った。でも、演奏を聞いていくうちにだんだん彼の意図がわかった。

(彼も、僕と同じオリジナルを欲しているタイプの人間だ。)

そう気づいた途端、僕まで常識ハズレなことをしてしまった。

今考えても、ノリでやったとしかいえない。

ピアノでいう即興伴奏と似たようなこと。つまり、即興でフルートに合うように演奏したのだ。

もちろん、超絶技巧練習曲の爽快感は消さないように。

その行動に初めて翔ちゃんが、驚いた顔を見せた。(その顔がとてもかわいく感じてしまったのは内緒だ。)

だが、演奏はやめない。このあたりは、プロ気質なんだろう。(または、プロの気分なのであろう。僕も一緒だったからきっとそうだ。)

しばらく弾いていると、翔ちゃんから目配せが飛んできた。

曲の流れ的にあと8小説ほどで区切りがつく。

僕は、それを終わらせるという合図だと受けとった。

もともと、転調まで行ってしまい、選択肢がそれしかないということが幸いしたのだろう。

僕の予想は外れることなく、ぴったり同じタイミングで演奏を終えた。

20秒ほどの空白時間。

それから、ぽつぽつと生まれた拍手は、中にいる人のほとんどの拍手へと成長した。


僕たちの演奏にあっけに取られた人は多かったが、その中でもマイペースに演奏をする人が何人かいたおかげか、そのあとのパートナー選びは滞りなく進んだ。

そのとき僕はというと…。

(指一本動かせない…。)

イスの上に座りながら、指を痙攣させていた。

本来、超絶技巧練習曲はいつもなら万全な状態で弾いてぎりぎり弾き終えることのできるレベル。

それをテンションが上がっていたとはいえ、思いつくままに同じような難易度で引き続けたのだ。

まともにストレッチもしてない状態で弾いたのだから、ある意味自業自得である。

「さっきの演奏すごかったですね。」

そんな状態でうずくまっていた僕に話しかけてきたのはもちろん、翔ちゃんだった。

「あ、近藤さ…いや、近藤くんでいいかな?」

僕は、その顔を見てついつい近藤さんと読んでしまいそうになるのを寸でのところで言い換える。

そんな僕の反応に翔ちゃんは、違和感を感じたらしい。

「あれ?僕のこと知ってますよね?…もしかして、小森さんって昇華中出身ですか?」

この理科の用語に出てきそうな名称は、僕の母校以外にはない。(正式名称は昇竜栄華中学校。公立中学の癖に無駄に立派な名前だ。)

ばれてしまったなと思う反面、いつかばれるのだからどうせ問題ないとも思いながら返事をする。

「はい、中3のころ同じクラスだった小森一樹です。

あなたは、近藤亜紀さんでよかったですよね?」

僕の自己紹介で、完全に気づいたようで翔ちゃんは納得顔でうなづく。

「あ、でも今は翔也と読んでくれるとありがたいんだけど…なれない?」

「…うん。やっぱり女子だった頃の感覚があるからすぐには…。」

僕の言葉に少しだけ悩んだ末、翔ちゃんはこう言った。

「じゃあ、間をとってちゃん付けはどうかな?

これからパートナーとして練習してくんだから、変に萎縮されたら困るんだけど。」

その言葉には、疑問点が満載だった。

でも一番気になったのは、やはり最後の言葉だった。

「…僕のパートナーになってくれるの?」

冷静に考えれば、あれだけのセッションをしたあとだ。

互いにパートナーが決まっていないのだから、その言葉は良く考えれば当たり前のことだだった。

「当たり前じゃないか。って、嫌?」

不安そうな顔をする翔ちゃん。僕は慌てて否定する。

「いやいや、こちらこそお願いします。翔…ちゃん。」

「こちらこそ。そして、自然に出てきたけど翔ちゃんか。

それなら、互いに許容範囲だね。こっちも名前で呼んでいいかな?」

僕にとって翔也と言おうとして、ちゃん付けをしてって言われたなと思って途中で替えたある意味で偶然のニックネームではあるのだが、予想外に気に入ってくれたようだ。

「うん。よろしく。」

「というわけで、一樹。君のあの音楽センスはどうしてできたのかから、聞かせてもらおうか。」

その挑発的な言葉に(といっても、からかいの域だ)僕も返答を返す。

「その前に、翔ちゃんの演奏技術の方が気になるね。」

「じゃあ、順番に説明といこうぜ。」

この後、互いに今までの経歴を突っ込み付きで(といっても、突っ込まれたのは僕だけだが)話し合っているうちに1日目の部活は終わった。


(うん、今思うけどすごい出会いだったよな。)

今までの出会いを総括して思い出しているうちにホームルームは終わったようだ。

先生の号令の下、礼をおこなって事実上の解散となった。

この学校は、普通科学校ではない。

数年前から開設されたと言われる総合学科と呼ばれる学校に分類される。

内容としては普通科と大差ないと言えるかもしれないが、大きな差として決まった時間割がないことがあげられる。

この学校では、最低単位を3年間で60単位(さらに、教科ごとに最低取得数が決まっている)と定め、その数の単位が収められれば高校卒業資格がもらえる。

そして、その単位は生徒側が選べる。これが、総合学科の売りだった。

この制度によって、1,2年に単位を詰め込み、3年の単位を極力少なくした中で勉強に充てる、逆に1,2年の単位数を減らして遊びや部活に費やし、引退後や3年生から単位数を増やすといったような設計ができる。

また、自分の取りたい科目を多く取り、専門学校のようなレベルまで勉強するといったことまでできる。

どちらかというと、翔也も一樹も最後のタイプに近い取り方をしていた。

「次、音楽理論だよな?さっさと行こうぜ。」

ホームルームが終わったと見るや、一樹のところに来る翔也。

「うん、行こうか。

でも、翔ちゃん音楽理論苦手じゃなかったっけ?」

「うん、苦手だな。

だからといって、サボるわけにも行かないし。何より自分でとった教科だからな。

必要だと思って取ったわけだし、そこまで否定的じゃねぇぞ。」

「すごいねぇ。僕の場合は、単純に知識を増やしたいからってだけで取ったのに。」

「…現在の知識だけで十分だっての。」

一樹の言葉にちょっとげんなりしたような顔でつぶやく翔也。

そのとき、授業の5分前を告げるチャイムが鳴った。

「もう、5分前か。行こうぜ。」

もともと、そのまま行く気だったのだろう。すでに用意を持っている翔也は再度声をかける。

そのまま一樹が荷物を準備している間に先に歩き出した。

「あ、ちょっとぐらい待ってくれてもいいじゃん~!」

荷物を取り出してから、先にいかれたことに気づいて慌てて追いかける一樹。

このあたりも、日常といっても御幣ではないであろう。


音楽理論と言って、すぐに内容が理解できるのは音楽系の仕事や学校に関わっている人だけであろう。

大まかに言うと、和音やメロディ、ベースラインといった構成について理論的に考える学問だ。

専門用語では、カデンツといったような言葉も出てくるが、その言葉が自然に使われるのはこの授業だけであろう。

ここまでいえるほどこの授業はマニアックであるのだ。

「今日は、前回勉強した1度、3度、5度で構成された和音についてとそれと相性のよい音、及び和音について説明します。

まずは、前回の勉強のおさらいからですが、例としてハ長調で作ってみると…」

先生の言葉を右から左に流しながら、一樹はほかごとを考えていた。

そもそも、ある程度のレベルをピアノで勉強した彼にとってこの程度の授業は簡単すぎた。

先生も専門的であることがわかっているのか、テストで落としたりほかの生徒の邪魔をしなければ何も言わない。

格好のサボる授業といえた。(といっても、理解できてないものがサボるとテストが悲惨なことになり、授業の何倍もの補習が待っている。)

隣にいる翔也は、真面目に先生の話を聞いている。

この姿勢は、生真面目なのか、負けず嫌いであるのか…きっと両方であろう。

翔也は一樹をからかうことを生きがいとしている。(これを本人から聞いた一樹は少々悲しくなったが。)

そのため、一樹よりも知識がないことを嫌う。この授業の姿勢の理由もそんなものであろう。


「ふぅ…理解だけで限界だ。」

授業が終わり、疲れきった表情で翔也は言った。

「お疲れ。」

そういって、1枚の紙を渡す一樹。

「これ何?」

「楽譜だよ。新しい曲のね。」

「まさか…さっきの授業で書いたやつ?」

翔也にしては珍しくおそろおそろというような聞き方で話す。

「うん。ただ、頭の中で流しただけだからまだしっくりこないところあるかも。

所詮1分ぐらいだから今日弾いてみて悪かったら没にして。」

「…まったく、一樹のこういう点については突っ込みを放棄したくなるね…。

本気で今の時間で書いてしまったのかよ。」

「だから、暇つぶしに書いただけだって。完成度は期待しないでよ…。」

だが、からかい抜きで翔也はこう返した。

「いや、毎回新作を聞くたびに9割以上がレパートリーに入ってるんだから、期待するなって方が無茶だ。」

その裏表のない賞賛に一樹の頬が赤くなる。

そこで、やっとからかおうという気持ちがでてきた。

「男なら、誇れよ。気持ち悪いぞ?」

「うっ…。翔ちゃんはいいよね、同じことやってもかわいらしいから。」

その言葉を聴いて翔也のギアはさらにもう1段階あがる。

わざと表情を変えて、上目遣いでつぶやく。

「一樹くん…本当にそう思う…?」

その豹変と愛らしさに見ていた一樹のほうが耐えられなくなった。

「可愛すぎる…!」

「…一樹?」

その反応は、翔也ですら戸惑うものだった。

なぜなら、急に抱きしめたのだから。

「なんて翔ちゃんは可愛いのだろうか。

やっぱり、僕なんかがやると見るに耐えないものがあると翔ちゃんがやると見ていて耐えられないよ!」

だんだん一樹の言動もおかしくなってきている。

だが、その顔は赤く染まってきていることから、どこかに理性は残してあるのだろう。役にはたってないが。

「一樹…さすがにそろそろ…離して?」

離してと抗議する翔也もいつもの口調が戻っておらず、それがさらに愛しさを感じさせて余計悪化させていることに気づいてない。

だが、さすがに自分の行動の異常さに気づいたのであろう。一樹が手を離した。

それも、急にではなく人形を丁寧におくようにゆっくりと。

「ごめん。翔ちゃん…。」

この時、翔也の心の中は、一樹に負けず劣らず動揺していた。

(え…ちょっと…そんなことされたの初めてだから…。)

だが、出てくる言葉は心の中と真逆であるところは、さすがというべきか。

取り様によってはツンデレともとれそうな状況である。

「そ…そうだよ、一樹。急に何なのさ。

いくら僕が可愛いからってあれじゃ一樹は変態だよ。

何回、110番しようと思ったことか。」

「うぅ…返す言葉がない。」

運良くというべきか、たまたまというべきか音楽室の中には2人以外誰もおらず、この姿を他の人に見られることはなかった。

「じゃあ、ここにいても仕方ないし教室にいこうぜ…。」

いつもの口調で話そうとするものの高揚が収まっておらず、歯切れが悪くなってしまう。

その後、教室まで歩いていった2人だったが、顔を真っ赤にして一言もしゃべらずに歩いていった。


あるうわさによると、まるでたった今告白を行って付き合うことになった2人のように見えたという。

このうわさを否定するために、2人が釈明を繰り返した話はまた別の機会にすることにしよう。


「翔ちゃん、お昼食べようよ。」

「うん、そうだな。」

今は、昼休み。

1時間目のあとの出来事も、3時間もたてば何事もなかったかのように接する2人。

そもそも、そんなことで過ごしにくくなるような間柄ではなかった。

(とはいえ、まったく心理的に影響がなかったというわけではない。ここではあえて語らないが。)

「それにしても、さっきはごめんね。つい動揺しちゃって。」

「いや、もうそれはいいって。動揺したのはこっちも同じだしさ。」

だが、気にしないが故にこのような会話がうわさの元になっているということにもまた気づいていなかった。

「元はといえば、翔ちゃんが可愛いのが問題だと思うんだけど…。」

「そんな責任転嫁初めて聞くな。それを言ったらアイドルのグッズをファンが買いあさったりするのは、アイドル自身が悪いことになるぞ。」

「翔ちゃんは例外だよ。」

「そんな例外にしなくていい。まあ、ある意味で例外かもしれないけど。」

「ん?」

「ここで気づいてくれたら、会話としてはすごく楽なんだけどね。

僕が元女だからってことだよ。」

「あ…ごめんね。そんなつもりは…。」

「そんなことを僕が気にすると思うか?心配しなくていいって。

まあ、そういったボケもいろいろ含めて一樹だよな。」

「褒められてる気がしないんだけど。」

「うん、褒めてないし。」

「…そういや、今日の部活何する?」

「おお!自分が不利だと思って、話題を替えるようになったよ!すごい成長だね。

まあいいや。部活か。とりあえずは、一樹が書いた楽譜を弾いてみるのが1つ目にやることだろ。」

「うん。あとは、来週開催の部内オーディションに向けてだね。」

部内オーディション。

この音楽部には、現2年生だけでも10組弱いるように、全体で30組越えするような大所帯である。

よって、校外の大会に出るには(たとえ、1組しかオーディションに出なくても)部活の幹部と先生たちのオーディションを受けなくてはならない。

これは、名目上レベルの維持などと銘打っているが、実際は部員にメリハリをつけるためだと思っている。

もちろん、そちらだからといって何か問題があるわけではないが。

今回のオーディションは来月、6月の半ばに行われる芸術地区予選会のものである。

この予選会を36位以内で突破すれば、8月にある県大会に出場できる。(この大会は県大会までしか開かれない。)

ただ、出場グループは200チーム弱。生半可な努力では上れない道だった。

にもかかわらず、翔也、一樹ペアは1年生にして去年ベスト8まで残っているから、その実力ははかり知れない。

もっとも、1度実力を知られたら、いくらトップレベルのペアでも前回の演技を超えていると判断しない限り、顧問の先生は出場を認めないので気が抜けるわけではない。

「部活オーディションか…俺、あまりあれ好きじゃないな。」

「そういえば、翔ちゃんオーディション嫌いだったね。」

「一樹は大丈夫なのか?あの空気かなりつらく感じると思うんだが。」

「いや、僕はピアノの発表会とかで人に見られるのは慣れてるんだよ。」

「なるほど。一樹に負けてるところがあるとどうしても、悔しく感じる…。」

「そんなに意識しなくてもいいのに…。人間完璧すぎると面白くないよ?」

「いや、男らしさの欠片も見えない一樹に言われたくないね。」

そんな会話を交わしている間に、昼休みは終わってしまった。

互いに満足して席に戻っていった。



「さて。」

その言葉を翔也が言うとき、それは大体弾きはじめを表す。

ここは、第2音楽室で周りには他にも5組ほどが練習に励んでいる。

「とりあえず、一樹が作ったやつを弾いて見る?」

「うん。やってみよう。…って、もう覚えたの?」

「いや、覚えてないね。でも、これぐらいなら即興でいけるさ。」

「それもそうだね。じゃあいくよ。」

その曲は30小説ほどで終わる掛け合いの曲だった。

波のようにせわしく2小節ごとにメロディが入れ替わる。

その疾走感は消えることなく最後の小節へ。

そして、急に消えてしまう。そんな曲だった。

「どうも、微妙だな。」

だが、翔也はこの曲がきにいらなかったようだ。

それは、一樹も一緒だった。

「うん。まず、3箇所ほど和音がずれてたね。

あとは、最後の虚無感か。どうすればいいと思う?」

「そうだな。フェードアウトだと、疾走感が消えるから、ラストだけ同時にメロディを引くってのはどうだ?」

「それいいね。じゃあ、最後は3音ずらしてはハモリにして…ちょっとまってね、今書き直す。」

「OK。」

ここで行われていることは作曲したものをその場で書き換えるという手法。

だが、周りにこれを注目する人はいなかった。

1年もやっていてもうなれたという人もいるし、自分達の世界に浸っている人もいるだろう。

だが、もう1つの大きな理由として「自作だから強い」わけではないというのがあった。

自作というのは確かにすごい。だが、発表の時に聞かれるのは1つのセッションとしての曲。

つまり、自作という目で見てはもらえるものの、周りは何百年と残っているクラシックであったり、今でもたくさんの人に愛されている曲であったりすると、やはり眼劣りしてしまう。(競うのは、セッションであり、曲ではないからだ。)

こういった理由から、わざわざ自作曲を取り入れるグループは少ない。

よって、自作をしているからといって周りがあせるということはまずないだろう。(だが、単純な技術の面であせっている人はたくさんいるが。)

「じゃあ、弾きなおそうぜ。」

やっと、書き直して試しに弾いてみようと思った時、その声は響いた。

「部活をやめたい?その上、学校までやめるだろ!いい加減にしろ!!」

低い声が響く。あの声は、部長の武山さんだろう。

2人が(むしろ、部室にいた全員が)その声のした方を見ると、一人の男子生徒(…たしか、2年生の森山という生徒だ。)が自分のフルートを片手に持ちながら入り口がある翔也、一樹ペアの方に走ってきていた。

森山も、運が悪かったというべきか、良かったというべきか。きっと前が見えてなかったのだろう。

彼は、弾く姿勢で構えていた翔也を弾き飛ばしながら出て行った。

「痛っ…。」

その衝撃で、愛用のフルートを床に落としてしまう。

その時、部長から救助を求めるの叫びが聞こえた。

「みんな、あいつは屋上から飛び降りる気だ。みんなでとめてやってくれ!」

その言葉を聞くや否や、翔也は落としたフルートを拾って追いかけていった。

一樹もワンテンポ遅れて追いかける。

この時点で周りの生徒は翔也が正義感の強い子だったんだなと感心していると思う。

だが、さすがに長年一緒にいる故に、翔也が先陣を切って挙がっていった理由を一樹はこう考えていた。

「愛用のフルートを落とさなきゃいけないほど、突き飛ばされてイラついたのだな。」と。

これが、まさしく正解であるから人がいいかどうかは悩みどころであった。


翔也が、屋上に上った時点で森山は柵の外にいた。そして、片手にフルートを持ちながら、虚空を見つめていた。

きっとこのまま自殺する気なのだろう。

「森山!」

翔也の甲高い声が屋上に響く。その声に驚いて森山は振り向いた。

「こ、近藤じゃねぇかよ。何の用だよ。」

ここで、自殺するなとかそういうレベルの言葉が来ると予想していたのだろうが、翔也の言葉は違った。

個人的な恨みだったのだから。

「おまえ、さっき俺ごとふっ飛ばしたよな?

おかげで、愛用のフルートが傷づいたんだが、どうしてくれるんだよ!?」

もはや、ヤクザクラスの言葉遣いだった。だが、死という盾がある森山はその程度ではひるまなかった。

「何を言ってるんだよ。所詮楽器じゃねぇかよ。文句うるせぇぞ、オカマの分際で!」

厳密に言うなら、翔也の立場はオカマとは逆だったがそんなことを指摘するのは空気が読めてないといえよう。

だが、死っての通りこの程度でひるまないのが翔也であった。

「はぁ?何言ってるんだてめぇ。おまえも音楽が好きでこの部活にはいったんじゃねぇのかよ。

楽器の1つも大事にできないやつが、何が演奏だ!」

「おまえに何がわかる!?このオーディション1週間前にパートナーが交通事故に会って、演奏できないんだぞ。

県大会に出れるのは今年が最後なのに!その気持ちがおまえにわかるのかよ!」

その言葉で、翔也の言葉が一旦止まる。だが、それは相手の事情におされたわけではなかった。

「そんなことで、自殺とかいってるのかよ。バカかおまえ。

言葉は悪いけどな、俺はパートナーの一樹がたとえ死んだって音楽はやめないぞ。

ましてや、パートナーは生きてるんだろ?今、いないだけなんだろ!なんで、音楽をやめようとするんだ。なんで、命を絶とうなんて考えるんだよ!どうして、帰ってきたら一緒に弾くために努力するとか考えられないんだよ!おまえらだって、1年間一緒にペアを組んできたんだろ?どうして…どうしてそんなことがわからないんだ!」

「…くっ…うるさい!黙れ!おまえに言われる筋合いなんてない!実際にあってない過程の話で同情されても目障りなんだよ!」

その言葉で、翔也の眼が冷める。だが、謎の威圧感を誇っていた。

「暇つぶしにちょっと聞いてくれよ。確かに俺はオカマなんていわれるような中途半端な存在かもしれない。

確かにそれで中学の頃は悩んださ。どうして俺はいきてるんだろう。どうして男子の心を持ってるんだろうってな。

でもな、俺はその時音楽を頼った。だから、精神的に維持できたんだ。

そうして、俺は高校に入ってこの部活に入って、パートナーを見つけて、競うべき仲間を手に入れた。

それを得たのは全て音楽なんだよ。だから、俺は音楽に頼る。

おまえが、これから死ぬって言うならそんな音楽にどっぷり漬かってきた俺に少しだけ付き合ってくれよ。さっき突き飛ばしたお詫びだと思ってさ。

俺も最初は1人で音楽なんてやって楽しいかとバカにしてたさ。でもな、仮に一人だって楽しいんだよ。おまえも演奏者ならわかるだろ?

だから、おまえが信用していない音楽で楽しさをもう1回味あわせてやる。俺は、音楽をやってきたはずなのに音楽を否定するやつが大嫌いだ。だから、おまえとセッションしてやる。

これで楽しさがわからなかったら、自殺なり自由にするがいいさ。別に自殺幇助と言われたってかまわない。それは俺の力不足だからな。さあ、持てよ。なんでもいい、弾けよ。俺があわせてやる。」

その言葉は、森山にとって予想外の言葉の羅列だった。

自殺するって言っても今1つ勇気がもてない。この世を去るはずだったのにどうしてもフルートが手放せない。

そんな彼の気持ちを知っていっているようだった。

「わかったよ。弾いてやるよ!」

素直になれずに暴言を吐きながらフルートを取り出して弾き始める。

その曲は、去年の先輩が県大会で優勝した曲「coulomb」だった。

もともとは、管楽器と鍵盤楽器の組み合わせで弾く曲だが、森山たちのペアはこれをフルートとトランペットという移植の組み合わせで弾いていた。

森山の演奏に合わせて、翔也がフルートを重ねる。

「coulomb」初のフルート2重層の演奏だった。

(きれいなハモリ…楽しい…。)

森山の眼から涙が流れる。

今まで、ハモリというのはずれないように神経を張ってするものだった森山にとって好き勝手弾いていいのにきれいには持ってもらえるこの演奏は初めてだった。

「う…うぅ…。」

つい、涙腺が緩み演奏が止まってしまう。だが、翔也は演奏を止めない。

まるでそれは彼を慰めているような演奏だった。

しかし、情熱はすべて成功に導くわけではない。運命とはむごいいたずらをするものである。

「あっ…。」

「!?」

あまりの感動に眼をつぶって涙を流していた森山の体が傾く。方向的に自分では立ち上がることはできない。

(まずい!?)

すぐに、演奏をやめて助けようとするも、もともと運動神経が良いわけでもなくさらに今まで演奏していたのだ。間に合うわけがなかった。

しかし、そこにつかむ手があった。

一樹だった。

翔也と森山の演奏を隣で聞いていた彼は、森山がバランスをくずしたと気づいた途端走り出した。

そして、翔也がそれに気づく頃には一樹は森山の手をつかんでいた。

だが、森山を支えるには勢いがありすぎる。それは、一樹もわかっていたのだろう。

最初から支えるつもりではなく、投げ飛ばすつもりで体を動かす。

そして…

「一樹!!」

森山を間一髪で助けた一樹は3階の屋上から転落した。



左肩亜脱臼、左上腕粉砕骨折。及び、擦り傷多数。全治一ヶ月。

これが、今回の怪我の診断結果だった。

「うーん、3階から落ちてこの程度ですんだというのは、不幸中の幸いというべきか。」

「それでも、音楽に関わるものとしては致命的だけどな。」

あの後、一樹はもちろん、救急車で病院へ搬送された。

ただ、一樹の運動神経がよかったのか、たまたま木の生い茂るところで下が腐葉土だったおかげか、左肩と左腕を負傷する程度で命に別状はなかった。

医者にも、今日は安全のために泊まって行くべきだが、明日には退院しても良いと言われていた。

病室に最初にきたのは、やはりというべきか翔也だった。

それ以降、彼が帰るまで一樹のそばを離れることはなかった。

それは、見舞いの人が多数来ても変わらない。さすがに、一時退室する程度の空気は読んでいたいが。

そして、5時頃。ついに元凶となった森山が見舞いに来た。

「本当にすいませんでした…。」

彼の第1声は、深々と頭を下げた謝罪だった。

その姿勢に一樹が慌てて釈明する。

「いやいや…そんなに謝ってもらわなくてもいいんだよ。あの場で僕が森山くんを助けたのも、翔也が助けた命を無駄にするのはおかしいな…って自然に思ったからなんだよ。だから、完全に僕の自己満足。気にしないで。」

「でも…左手が…。」

そう、ある意味で彼が一番気にしていたのはそこだった。

先程も軽く触れていたが、音楽に携わる者にとって手は楽器と同義である。

楽器によっては指にケガをするだけで一切弾けなくなるものもあるほど手は大事なものだった。

ましてや、彼らも来週のオーディションに向けて練習していた最中。

このような形で…無関係な彼らを巻き込んでおいて自分だけが助かっているというその状況がとても歯がゆかった。

だが、一樹の声はそんな絶望にまみれた成分が全く感じなかった。

「大丈夫だよ。僕の楽器は、ピアノだからね。右手だけでも演奏できるから。

だれも、命を失わなかったし、僕も1ヶ月で治るというのだから心配しないで。」

その言葉を聞いて、森山は言葉を発せなかった。

自分勝手な苛立ちによって傷つけてしまったのにそれに対する怒りが全くない。それこそ、怒鳴られても殴られても仕方がないと思っていた。

だが、彼の言葉からはただ無事だったという安心感しか感じなかった。

その無言を感じ取ってか、一樹は言葉を続ける。

「丁度いい機会だから、森山くんも翔ちゃんも聞いてくれるかな。

僕ね…オーディション出るつもりだよ。」

「え!?」「どういうこと!?」

その爆弾発言に翔也と森山のどちらからかも驚きの声が出た。

だが、それは予想済みだったのだろう。一樹は淀みなく続きの言葉を発した。

「片手が使えないから、オーディションに出ないなんておかしいと思うんだ。

確かに、両手が使えないのは最善とはいえないかもしれない。でも、僕達は1人で演奏するんじゃない。

2人で演奏するんだ。僕は、片手しか使えないかもしれないけど、それをパートナーはカバーしてくれると信じてる。そうだよね?翔ちゃん。」

「あ、ああ。もちろんだ。」

さすがの翔也ですらも、全く動揺せずにはいられなかった。何故なら、一樹はオーディションのことを一切話していなかったからだ。

「もし、それで落とされてしまっても仕方はないと思う。でも、チャンスを捨てることはしたくない。

森山くん言ったよね?僕達には最後のオーディションだって。だから、僕は出るよ。どんな努力をしても。」

そこには、よどみない決意が確かにあった。

「…ありがとう。君の言葉で救われた…。何度も助けてもらってごめん、そしてありがとう。」

下を向いて涙を隠していた森山が涙を拭き、前を向いて宣言する。

「僕、いや、僕達も諦めない。今からでも挑戦してみる。

オーディションは間に合わないかもしれない。でも、どんな形でも発表する機会はあるはずだから。

パートナーが怪我をした時に、最善じゃないからって諦めてた。でも、君の言葉でまだできるかもしれないって気づけたんだ。

君たちみたいな技術もないし、演奏だって平凡だと思う。でも、努力するよ。ありがとう。」

そう言って、深々と頭を下げる森山。

「うん、互いにがんばろうね。」

その言葉で、謝罪と宣誓は幕を閉じた。


「ふぅ…。」

森山のお見舞いから1時間弱、もう6時を過ぎようかとしていた。

さすがに、昼からずっと身の回りの世話をしていたのだ。翔也もかなり疲れが溜まっていた。

「翔ちゃん、お疲れ様。そしてありがとう。」

「いや、元はといえば俺が原因だからさ。そうじゃなくたって、おまえが怪我をしたなら1日中だって一緒にいてやるさ。

それにしても、さっきの言葉はびっくりしたよ。まさか、出るとは思わなかった。」

「だと思うよ。僕も勇気が必要だったけどね。」

「オーディションについての案はあるんだろ?」

「うん。退院したら話すね。」

「わかった。」

それから生まれる沈黙。だが、言わずもがな、この沈黙がこの2人にとって心地よくないはずがなかった。

しばらくしてから、翔也がベットの端に座りながら、話し始めた。

「本当にごめんな。俺が、怒りに任せてやったことに巻き込んでしまって。」

「いや、さっきもいったけど自然に体が動いちゃったんだよ。仕方が無いって。」

「…一樹らしいな。

なぁ、ちょっと相談があるんだけどいいか?」

「うん。何?」

「今だけさ…甘えてもいいかな…。翔也じゃ恥ずかしいから…亜紀で…。」

「うん、いいよ。」

そう言って、翔也を正面から見れるように体の向きを変える一樹。

そこに小さな体を預けた翔也…いや、亜紀。

「怖かった…私にとって一樹は唯一の親友なの…それを自分勝手な行動で失ってしまいそうで本当に怖かったの…。

私ね…中学の頃にフルートにはまっていたのは事実だけどそれは現実逃避だったの…。

学校に心から話せる友達もいなくて、この気持ちすらも相談できる人はいない…だから、私はフルートに…音楽に逃げたの。

それからね…一樹と出会えた。初めてだよ…本心からすべて話せる友達は。

そんな…そんな大事な友達を自分勝手な言動で失ってしまうところだった。

怖くて怖くて仕方がなかった。森山くんの言葉じゃないけど、死んでしまいたいというのはなんとなくわかった気がするんだ。

本当にごめんね…こんな私で…。」

そう言って、すすり泣く亜紀。

それを優しく抱きしめる一樹。

「翔ちゃん、ありがとう。」

2人にとってその一言で十分だった。長々と慰めの言葉は要らない。無言で背中をなでるその暖かさが何よりの慰めとなっていたのだから。

「翔ちゃん。あんまり泣いていると…顔腫れちゃうよ。」

「…うん。」

「1人で歩かせるの怖いから、まだ病室にいていいよ。ほら、おいで。」

そう言って、自分が寝ている布団を開ける一樹。

いつもの翔也なら顔を真赤にして拒否するだろうが、今の彼にとってそこは温かい居場所だった。


なお、2人が同じベットで寝てる風景は、何人もの看護婦や医師が見ていたが、それを咎めた人はだれもいなかった。

ある看護婦の話では、一樹が翔也を腕枕している姿を見て「可愛い妹を守る兄」のように見えてとても微笑ましかったという。

あらすじにも書きましたが、この作品は実は10万字程度の長編を予定していました。

ただ、思ったよりも最後の切りがいいところで終わってしまい、先を書くタイミングを逃してしまった気分です。

実は、まだ短編のなる部分が1つあります。

ただそちらのほうは本編よりも恋愛要素がかなり強いので、悶えるような要素が好きな方によんでもらえたらと思います。

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