第2話 シャワー
ショルダーバッグの外側にあるポケットから家の鍵を取り出す。さっきから我が家を見上げて「おお! ここがなゆたの家なのだな!」と無駄にテンション高く跳ねているのが約一名いるが、蹴っても蹴っても大したダメージになっていないようなので諦めた。一応手加減(足加減?)をしてはいるが、それにしてもおかしい。なにしろあいつの見た目はせいぜい小学校高学年くらいなのだ。……もしかすると、家庭の事情か何かで蹴られるのに感覚がマヒしまったのだろうか? そう考えると私は悪いことをしたのかもしれない。
鍵を開けて家の中に入る。それに気づいた彼女は私をのけて真っ先にドアを開けた。
「おお! ここがなゆたの家なのだな!」
それさっきも聞いたよ。
「って勝手に上がるな! タオル持ってくるから玄関で待て! 裸足なんだから床が汚れる!」
「むー、ほんとに……」
「それはこっちのセリフだよ……」
なぜか二人ともため息をつきながら、私は玄関を上がって脱衣所へと向かった。
……まぁ、結果から言えばそういうこと。結局あのままグダグダな流れで彼女を我が家に連れてくことになった。
そもそもあそこで雨の中置いていくなんて真似は、倫理的にも社会的にもできるはずがなかった。それらを無視できる程度の悟りを高校一年生に求めるのは酷だというものだ。
一応あいつの身元について聞いてみたが、
「実は何にも分からないのだ。名前も何も」
なんていう斜め上の答えだった。俗にいう記憶喪失なんだろうけれど勿論実際に見るのは初めてだ。
雨の中でどう見ても日本人とは思えない記憶喪失の少女と出会って、これから何かの物語が始まる……なんてね。いくら私の名前が主人公っぽいって言ってもそんなことがあるわけない。
ともかく、このままじゃ彼女のことをなんて呼べばいいのかわからない。便宜的にも呼び名は必要だろうからちょっと考えてみようかななんて思いつつ。
「なゆたー! 一緒にお風呂に入るぞ!」
さてそんなわけで、この生意気な少女はまるで我が家だとでもいうようなふてぶてしさで私を誘ってきていた。
「ん? どうしたのだ?」
「あのさぁ……まぁいいや。とりあえず風呂なんて入れてないからな。シャワー浴びるだけになるぞ。あと私は後で一人で浴びるから先にお前一人で浴びてて」
「むー……」
何故か彼女は頬を膨らませているが、まぁ知ったこっちゃない。風呂場の広さから言って二人で入るのも窮屈ではないだろうけど、私は一人で浴びていたい。服の上からタオルで体拭くぐらいの事はしたし、とりあえず自分の部屋に……。
「むーっ! む-っ!」
「っておい!」
言葉にならない言葉を発しながらそいつは私の手首を引っ張ってきた。いやそれはいいものの、やけに力が強い。私は水泳部員で体力は同学年の中だとそれなりにある方だと思ってたのに、そんなのはお構いなしというくらいに引きずられていき、
風呂場に連れてかれた。
途中で壁とかを頑張って掴んでいたんだが、それさえも無意味だったという。
「シャワーだシャワーだ!」
「おい待て! 私もお前も服着て──」
──ぶわっ! 冷たっ!
私の制止も聞かず、無情にも蛇口はひねられ、さっき体を拭いたのもすべて無駄だったといわんばかりに私たちは濡れ鼠になってしまった。