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第1話 雨

 駈ける。駈ける。駈ける。ただひたすら、降り注ぐ雨から逃げるように私は走った。当然、足元を見て水溜りを回避しながら進むことも忘れない。

 左の肩には旅行とかに持ってくようなでかいバッグ、右にはショルダーバッグ。それで頭にはバスタオルだ。

 ああ、むかつく。

 雨。一発一発のダメージは小さくとも、それを数十回毎秒で全身に受けるわけだ。ちなみにひたすら顔に水滴を垂らし続けるってのは非常にきつい拷問らしい。

 ……いや、まぁ腹が立ってくるのはそれだけの事じゃなくて。

 一昨日から四泊三日の水泳部の合宿に行ってて、今その帰り道をダッシュで突き進んでいるわけなんだけれども。

 ……ええと、一昨日から四泊三日の合宿っていうのは誤植とかそういうのじゃなくて。

 台風が来るらしい。今でもこんな鞄の中が心配になってくるような大雨だけど、もうじき更に酷くなるからさっさと帰れだって。

 かくして我が部の四泊三日の夏合宿は三日目にして中断されたというわけだ。

 別に水泳の練習ができなかったのが嫌だったなんてことはない。そんなキャラだと思われてしまうのは心外だし。

 この辺は運動部をやってる人間なら誰しも共感できることだとは思うけど、私たちにとって合宿ってのは練習うんぬんってのとはほぼ関係ないと言っていい。合宿とはあくまで合同宿泊であって、部屋とかで色々友人とかと普段できないような話をしたりー、とか持ってきたゲームをしたりー、とか。ああなんと素晴らしいことか。こういったゆるい時間こそ価値があるように思う。あらためていうけど水泳なんて二の次なんですよ。だって女の子だもの。

 がしかしっ!

 …………。

 ……ごめん、なんかごめん。

 ただ本当、思わずバカヤロー!と叫びたくなるような忌々しい台風がやってきたせいでわくわくイベントは打ち切りになってしまった。当然だけど本当に叫ぶようなことはしない。この深くも狭い怒りをあらぬ場所にぶつけたところでどうにもならないし、そんな事をやってしまえば私の外聞は無駄な犠牲となって消えてしまうだろう。

 だからただ家を目指し走り、出来るだけ雨をよけながら、そして家を目指し走る。それだけの単純な作業だ。

 ちなみに両親はというと、せっかく合宿だからと可愛い一人娘である私を置いて今旅行に行ってしまっている。三重とかいう何ともここから近いのか遠いのか分からない場所だとか。まぁいい、帰ってきたらたっぷりとお土産の赤福をいただくことにしよう。

 そんなことを考えながら走っていると、ふと視界に奇妙なものが入った。

 道路の端、小学校高学年くらいの見た目の女の子が、なぜか段ボールの中で体操座りをしていた。

 さぁ……厄介な場面に出くわしたものだ。

 その女の子はこんな雨の中で白の半袖に青の半ズボンという非常に薄着な恰好だった。そしてオレンジ色の地面に届くほど長い髪、そして真っ白な肌と、とても日本人とは思えない風貌だ。捨て子かと思うがそれにしては表情に暗さが見えない。単なるアホなのか、泣く事すら許されない過酷な状況なのか、それとも非常に手の込んだ悪戯なのか──三つ目は一つ目に含まれるのかな?

 まぁ考えている余裕はない。先人の言葉である、考えるより先にやれというはよく言ったもので、その言葉に従って私は、


 彼女の横を、駆け抜けた。


 結局無難な結論に落ち着いた。これでいいのかという思いが頭がよぎったが、これでいいのだ。これは私に頼らなかったあいつが悪いということで……

 と思ったら突然頭が軽くなったような気がした。頭に直接雨が降り注ぐ。どうやらタオルを取られてしまったみたいだ。そして私からバスタオルを奪い取った彼女はそれを不器用ながら自分の頭に乗せ、「ふーん」などと言いながらまた手に取った。そしてこちらを見上げてその純粋そうな瞳をこっちに向け、彼女はこう叫んだ。

「おまえ、変な格好してるなっ!」

 そしてその言葉に、私も心の底から応える。

「あんたが言えたことかっ!!」

 そんな彼女との、とてもシュールなファーストコンタクトだった。

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