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第0話 布団

 暑い。

 朝起きて最初に思ったのは、そんな事だった。

 昨夜は確かに涼しかったし、掛け布団を一枚羽織っておいたのだが、朝起きたらそれは毛布にジョブチェンジしてしまっていた。

 今は夏休みの最中なのだから、間違ってもクローゼットから毛布を引っ張り出してくることなどあるまい。

 ジョブチェンジとは言ったが、まさか本当に掛け布団が羽毛布団に変質してしまったわけではないだろう。

 まぁなんにせよ、これをずっと掛けている道理などないのだから、さっさとこの布団を引っぺがせばいいのだが。

 いいのだが……いかんせん離れてくれない。

 背中に腕まで回され、今の私はさながらこいつの抱き枕だ。あべこべにもほどがある。

「…………ふむ」

 私はもう一度、その毛布を見回した。

 まるで外に出ていると思えない真っ白な肌。

 着ているというよりは着られていると言ったほうが正しいであろう、ジャージにくるまれた腕。

 思わず羽毛布団と見間違えてしまうような長く淡い髪。

 そしてその髪の中に紛れている異質な物──触手。

「…………」

 とりあえず私はそれを、引っ張ってみることにした。

「────ッ!」

 文字通り声にならない叫びが上がった。


「寒かったのだ」

 朝から私にしがみつき、眠りながらにして私を蒸し焼きにして殺そうとした少女──菜摘は、ベッドの上に体操座りしその薄い胸に枕を抱えながら、見た目十二歳ほどの幼い顔を膨らませながら弁明を始めた。

「夏だからきっと夜も暖かいんだろうと思ったらそうでもなかった。となるともうなゆたの布団にもぐりこむしかないじゃないか」

「……どーしてそーなる」

 半眼で睨みつけると、菜摘は更に膨れっ面になった。

 ちなみになゆたというのは私の事で、草壁那由多という名前なのだが、まぁ家系がどうだのとかそんな設定もない、極めて普通の名前負けした女子高生だ。

 ただ、両親がいない間にこんな正体不明の触手生物を連れ込んでしまっていたりはするのだが。

「うるさい、なゆたが悪いんだぞ! 自分だけ暖かいベッドで寝てさ、布団に寝かされるわたしの身にもなれ!」

「黙れ居候。本来なら段ボール箱で野宿しているであろう所をわざわざ拾ってやったんだからな」

「うー……」

 それで菜摘は押し黙った。理解は出来ても納得はいかないらしく、触手をピクピクと動かしてはいるが。

「……ねえ」

「ん?」

 ふと気になったことがあって、私はそれを聞いてみた。

「その触手、どうなってんの?」

「触手は触手だ。なゆたにはないだろう?」

 それもそうか。確かにそれを言葉にして説明するのは難しいだろう。

「じゃあそれ、千切っていい?」

「やめろ! どうしてそうなるのだ!」

「いや……千切れるの?」

「まあな。けど痛いのだ」

「ふーん」

 千切れるのはないわけじゃないのか、などと思いつつ、彼女の髪を撫でてみる。本当にこういう時正直だなぁ。仮に私が本当に好奇心旺盛な人間だったら、いつあんたの触手を引っこ抜こうとするかわかったもんじゃないのに。

『プチッ』

 プチッ……?

「うわーん! もげた────!」

 どうやらそれは、触手がもげた音だったようだ──って、そんな冷静に観察してる場合じゃないか!

「なゆた──っ!」

「私じゃない! 私何もしてないから!」

「なゆた──っ! もげた──っ!」

「そんな私の名前を動詞みたいに使われても困るから! 静かにしろ!」

 ちなみにこの後、菜摘をあやすのに大変長い時を要したのは言うまでもない。


 まあ、とにかく。

 これはそんな正体不明との触手生物との、なんともない交流を描いた話だ。

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