清めたまえ
この世界には、不死体というものが存在している。
読んで字の如く「死んでいるのに生物のような挙動を取る」もので、
具体的にはスケルトンやリビングコープスが該当している。
現在確認されているものでは、人間、亜人種、敵対種族は勿論、
陸水空の各種害獣や魔獣で目撃、討伐記録が残されている。
いずれも記録上にかなり苦戦した跡が見られる。
何せ「死んでいる」のだ。手足を失おうと構わず立ち向かってくる。
夜間など最悪である。昼間鈍かった動きも常人程度まで早くなる。
神聖魔術の使い手が《聖者の救済》で不死体を強制的に解魂するか、
《聖者の武勇》で武器へ解魂の力をまとわせて攻撃したならば、
不死体は動きを止めて元の骸へと戻る。
あるいは神殿より、安くない額を支払って買った聖水を振りまくか。
まあ聖水を作れるのは有能な神官なのだ。高額にならざるを得ない。
逆に言えばそれ以外の方法、特に物理的攻撃での撃退は困難である。
鈍器などの一撃で頭部を修復不可能な状態まで破壊する必要がある。
金、銀、銅などの貴金属製武器は有効だが、不死体以外に使えない。
これらは硬いものに当ててしまえば、即座に使い物にならなくなる。
そもそも武器としては鉄と比較にならない程高価になってしまう。
攻撃魔術も然り、弱めのものではさしたる撃退効果が見込めない。
表面を焦がした程度、凍てつかせた程度、削ぎ落した程度では、
痛みなどを生前へ置き忘れてきた相手には意味などないのである。
虫の類や軟体動物に不死体は確認されないのが救いではあろうか。
殺虫香で殺してなお羽ばたいてくる虫など、たまったものではない。
◆
不死体がどうやって誕生…いや生きてはいないので、発生するのか。
神聖魔術では禁忌の研究とされており、理由は判明していない。
予防策として、害獣や魔獣の場合は「首を必ず落とす事」があるが、
中には腕だけで動いたりするものもあって、絶対の策ではない。
実は神聖魔術の根源である魂魄魔術では解明されているのだが、
教国中央大神殿が秘匿してしまった為に今では知る者が存在しない。
探せば見つかるかもしれないが、少なくとも表向きにはいないのだ。
判っている事と言えば、生者に対して敵対心を持つものが多い事、
知能は大半が生前より劣るものの、魔術を使うものすら存在する事、
肉体は朽ちているのに、中には再生能力を持つものがいる事。
おそらくは体内魔素だけでなく環境魔素をも利用出来ると思われる。
それを支えるのは死者の魂魄と、生者に害を成す、身に纏った瘴気。
推定は出来ても、どちらかを切り崩すのは一般人には難しい。
結局不死体討伐には神殿か、神聖魔術の使い手が不可欠であった。
実に不謹慎、破廉恥と言えるが、彼らにとっては稼ぎ時なのである。
◆
とある地方の町で、不死体が森より大量発生したという連絡が入り、
近場の町より《聖者の救済》を使用可能な神官が三名派遣された。
神官を護衛する冒険者も複数同行し、問題の森へ侵入する。
森の中にはいるわいるわ、どうやらゴブリンの集団が不死体となり、
それに襲われた害獣やら魔獣やらがさらに不死体となったせいで、
後に数えたところ合計で二百五十以上の大集団が出来ていた。
しかもひとところにではなく、森全体に散らばっている。
神官は三名、冒険者を合わせても十名ちょっと。さすがに多すぎる。
放っておけば不死体は増えていく一方、どうやって対応すべきか。
しらみつぶしにあたるとしても、撃ち漏らしが確実に出てしまう。
散らばった不死体を、せめて一か所にまとめる事が出来たなら。
討伐隊責任者が悩んでいる所に、一番若い女性神官が手を上げる。
「あのお、時間稼ぎにしかならないかもしれませんが…」
彼女の発案を聞いて、一同は判断に悩むが最終的に採用する。
どうせ自分達ではこの場は解決し切れない、賭けてみようかと。
◆
翌日。
森の中より、不死体の集団がぞろぞろと出てくる。行列を成して。
前日町へ戻った討伐隊一同は、町中の家を回って塩を集めていた。
それを手分けして、夜間のうちに森の周囲に撒いたのである。
発案した女性神官の出身地は岩塩の生産で有名な場所であった。
子供の頃、今回ほどではないが彼女の出身地でも不死体が発生し、
住民は岩塩坑へと逃げ込んだのだが不死体は入ろうとしなかった。
坑道の中は日光が届かないにもかかわらず、である。
その時「不死体はもしや塩を嫌うのではないか」と彼女は思い、
当時の出身地での出来事を討伐隊へ伝えたのである。
正直半信半疑だったが、わざと塩を撒かなかった箇所以外からは、
不死体は一体たりとも確認されなかった。
出現経路が限られているのならば、その対処もしやすい。
討伐隊一行は《聖者の救済》と《聖者の武勇》を併用して奮闘し、
不死体二百五十余りの完全討伐に成功した。
女性神官の一連の話は各地の神殿や冒険者組合へも伝えられ、
各地では不死体対策の一環として塩の備蓄がなされる事となる。
「塩乙女」と異名がついた女性神官には苦笑しかわかなかったが。
船幽霊みたいな塩水まみれのにも効果があるのかは不明。




