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明日、僕は君を忘れるらしい  作者: les.
1週目

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15/19

14話 デジャブ

自分のメンタルと相談して20話予定を急遽早めることになりそうです

一気に飛びましたがご了承ください

その日、二人は病院の外をゆっくり歩いていた。


 特別なことは、何もしていない。


 どこかへ出かけたわけでもないし、映画を観たわけでも、店に入ったわけでもなかった。


 ただ、並んで歩いていた。


 それだけだった。


 でも、その“それだけ”が、今の二人には何より大事だった。


 病院の敷地を出て、桜並木の続く歩道を進む。


 風は少し冷たい。それでも春の匂いがした。


 白雪澪は、陽斗の半歩隣を歩いている。


 前みたいに無理に距離を詰めることもなく、かといって離れすぎることもない、曖昧で、でも居心地の悪くない距離だった。


「……静かだね」


 澪がぽつりと言う。


「お前が大人しいだけだろ」


 陽斗が返す。


 澪は少しだけ口を尖らせた。


「なにそれ。私いつもうるさい人みたいじゃん」


「実際そうだろ」


「ひど」


 でも、その声は少しだけ嬉しそうだった。


 こんなふうに軽口を言い合えるだけで、少しずつ戻ってきている気がした。前とは違う。前のようにはもう戻れない。それでも、前よりちゃんと、“今の二人”として歩けている気がした。


 澪がふと空を見上げる。


「今日、風強いね」


「そうだな」


「髪ぼさぼさになってない?」


「なってる」


「即答やめて」


 陽斗は少しだけ笑った。


 澪がその横顔を見て、ほんの少しだけ目を細める。


 そんな小さなやり取りを重ねるたびに、まだ完全じゃないにしても、壊れたものが少しずつ繋がり直していく音がする気がした。


「ね、陽斗」


「ん?」


「今度さ」


 澪が言いかけて、少しだけ迷う。


「……またゲームセンター、行かない?」


 陽斗は一瞬だけ目を向ける。


「またあの取れないやつやるのか」


「今度は取れるし」


「前も同じこと言ってたろ」


「今回は本気だから」


「前が本気じゃなかったみたいに言うな」


 澪は小さく笑った。


「じゃあ、次は陽斗が本気見せてよ」


「なんで俺なんだよ」


「だって上手かったし」


「一回だけだろ」


「でも取ったじゃん」


 その会話が終わるころには、病院から少し離れた交差点の近くまで来ていた。


 人通りはそこまで多くない。車の音が遠くから聞こえる。


 信号が変わるのを待ちながら、二人は足を止める。


 少しだけ沈黙が落ちる。


 でも、気まずさはなかった。


「……今日はありがと」


 澪が小さな声で言った。


「まだ何もしてねえよ」


「してるよ。こうやって一緒に歩いてくれてる」


 陽斗は返事をしなかった。


 でも否定もしなかった。


 澪は、それだけで少しだけ救われたように笑う。


「じゃあ、ここで」


 病院へ戻るには、そろそろ引き返さなければならない場所だった。陽斗も家の方向は逆だ。


 だから、自然と“ここで別れる”空気になる。


 澪が一歩、後ろへ下がる。


「またね」


 その言葉に、陽斗は軽く頷いた。


「ああ」


 澪が踵を返す。


 その瞬間だった。


 強い風が吹いた。


 澪の手に持っていた薄い紙がふわりと舞う。病院の外出許可証だった。白い紙は風に煽られて、歩道の先、車道のすぐ手前まで飛んでいく。


「……あ」


 澪が反射的にそちらへ足を踏み出す。


 陽斗が「待て」と言うより早かった。


 彼女は紙を取ろうとして、半歩、車道へ足を出した。


 そのとき、耳を裂くようなクラクションが鳴った。


 視界の端で、車が迫ってくる。


 一瞬だった。


 本当に、一瞬だった。


 けれど陽斗の中では、その瞬間だけ時間が引き伸ばされたみたいに長かった。


 白い服。


 交差点。


 ブレーキ音。


 昔と同じ光景が、頭の奥で弾ける。


 考えるより先に、体が動いていた。


「澪ッ!」


 叫ぶ。


 駆け出す。


 右手で澪の腕を掴み、力任せに歩道側へ引き戻す。


 澪の体がよろける。


 その代わりに、陽斗の体が車道側へ流れる。


 避け切れない。


 そう理解したときには、もう遅かった。


 鈍い衝撃が、横から全身を貫いた。


 音が、消える。


 何かがぶつかる感覚と、一瞬遅れてやってくる激痛。


 視界がぐらりと揺れて、地面が近づく。


 気づけば、陽斗はアスファルトに倒れていた。


 痛い。


 どこが、じゃない。


 全身が一気に熱くなって、それからすぐに冷たくなる。


 耳鳴りがする。


 遠くで誰かが叫んでいる。


「陽斗……?」


 澪の声だった。


 震えている。


 信じられないものを見るような声。


 陽斗は薄く目を開ける。


 視界が滲んで、うまく焦点が合わない。


 でも、澪がすぐ近くにしゃがみ込んでいるのは分かった。顔色が真っ白で、今にも壊れそうな顔をしている。


「……無事、か」


 掠れた声で、それだけ言う。


 澪の目が大きく見開かれる。


「なに言って……」


 その声が、途中で切れる。


 澪の視線が、陽斗の体へ落ちる。


 陽斗も遅れて、自分の腕を見る。


 赤かった。


 服の袖も、手も、地面に触れている部分も、みるみる赤く染まっていく。


 血だった。


 どこからこんなに出ているのか分からない。ただ、自分のものだということだけは分かる。


 澪の唇が、震える。


「……やだ」


 小さな声。


「やだ、やだ……」


 首を振る。


 涙が一気に溢れて、頬を伝って落ちる。


「なんで、なんで……」


 その言葉が何に向けられているのか、陽斗には分かった。


 どうしてまた。


 どうして今度は陽斗が。


 どうして同じ春に、同じみたいなことが起きるのか。


 澪は陽斗の肩に触れようとして、でも血に気づいて手を止める。触れたら壊れてしまう気がしているみたいだった。


「誰か……っ」


 澪が周りへ向かって叫ぶ。


「誰か、救急車……! お願い、早く……!」


 声が、裂けるみたいだった。


 陽斗はその声を聞きながら、少しだけ目を閉じた。


 昔、助けられなかった。


 目の前で失った。


 その記憶が、まだ胸の奥で焼けたままだった。


 だから今、体が勝手に動いた。


 後悔したくなかった。


 もう二度と。


「……澪」


 呼ぶ。


 澪がすぐに顔を上げる。


「しゃべらないで……! お願い、しゃべらないで……!」


 泣きながら、何度も首を振る。


 陽斗は、少しだけ息を吸った。


 痛い。


 でも、不思議と後悔はなかった。


「今度は……間に合った」


 それだけ言って、薄く笑う。


 澪の目から、また大きな涙が落ちる。


「そんなのいらない……!」


 声が震える。


「そんなの、いらないから……!」


 もう泣くことしかできないみたいに、澪はその場で崩れそうになっていた。


 陽斗の血が、アスファルトに広がっていく。


 赤はどんどん濃くなっていくのに、陽斗の意識は逆に少しずつ遠ざかっていく。


 周囲が騒がしい。


 人が集まる音。


 遠くから近づいてくるサイレン。


 誰かが「動かさないで」と言っている。


 でも、その全部が遠い。


 近くにあるのは、泣いている澪の顔だけだった。


 澪はもう隠さなかった。


 取り繕いも、嘘も、強がりも何もないまま、ただ泣いていた。


「陽斗……っ」


 名前を呼ばれる。


 その声が、ひどく苦しそうで。


 それでも、少しだけ嬉しかった。


 陽斗はかすむ視界の中で、なんとか澪を見る。


「……泣くな」


 そう言おうとして、うまく声にならなかった。


 口元がわずかに動いただけだった。


 澪は何度も首を振る。


「やだ……」


 その声だけが、はっきり聞こえた。


「やだよ……お願いだから……」


 春の風が吹く。


 どこかで桜が散っている。


 その景色は、ひどく綺麗だった。


 こんな瞬間に、似合わないくらいに。


 陽斗のまぶたが、少しずつ重くなる。


 意識が沈む。


 それでも最後に見たのは、血に染まった自分じゃなかった。


 泣きながら自分の名前を呼び続ける、澪の顔だった。


 その顔だけを残して、世界の音が少しずつ遠くなっていった。


 桜の最後の花びらがアスファルトに落ちた

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