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明日、僕は君を忘れるらしい  作者: les.
ストーリー
10/12

10話 壁越しに

病院の廊下は、静かだった。


 白い床に、足音だけが響く。


 神崎陽斗は、少しだけ足早に歩いていた。


 手には、小さな紙袋。


 さっきまで病室に置いていたものだ。


 忘れ物。


 それだけ。


 本当は、理由なんてどうでもよかった。


 ただ、もう一度だけ顔を見ようと思った。


 それだけだった。


 病室の前で、足が止まる。


 ノックをしようとして。


 手が、止まる。


 中から、声が聞こえた。


「……ほんとに大丈夫なのか?」


 男の声だった。


 聞いたことがある。


 担当医の声。


 思わず、手を下ろす。


 カーテン越し。


 少しだけ、隙間が開いている。


「大丈夫だよ」


 澪の声。


 いつも通りの、落ち着いた声。


 でも。


 少しだけ、違う。


 陽斗に向けるものとは違う。


「記憶のことも」


 医者が、少し低く言う。


「全部、嘘なんだろ」


 一瞬、呼吸が止まる。


「……うん」


 あっさりと。


 迷いもなく。


 肯定された。


 頭の中が、真っ白になる。


「でもさ」


 澪が、少しだけ笑う。


「仕方ないじゃん」


 軽い声だった。


「だって、あのままだとさ」


 少しだけ、間があって。


「離れられなかったし」


 胸が、強く締め付けられる。


「……だからって」


 医者の声が、少しだけ強くなる。


「騙す必要あったのか」


「必要だったよ」


 即答だった。


「優しいからさ、あの人」


 その言葉が、刺さる。


「ちゃんと終わらせないと」


 静かな声だった。


「……前に進めないでしょ」


 沈黙が落ちる。


 何も聞こえなくなる。


 でも、耳だけは勝手に拾う。


「で」


 医者が、少しだけ息を吐く。


「俺と付き合うのも、その延長か?」


 冗談みたいな言い方。


 でも。


「……違うよ」


 澪が、少しだけ笑う。


「それは普通に、好きだから」


 完全に、止まる。


 思考も、呼吸も。


「……ほんとに?」


「うん」


 迷いのない声。


「ちゃんと、選んだ」


 その言葉で。


 全部が、終わった気がした。


 足が、勝手に後ろに下がる。


 音を立てないように。


 気づかれないように。


 ゆっくりと。


 でも、確実に。


 そこから離れる。


 廊下に出る。


 足が、震えている。


 うまく歩けない。


 でも、止まれない。


 止まったら、全部崩れる気がした。


 頭の中が、真っ白だった。


 何も考えられない。


 ただ。


 言葉だけが、残っている。


 「嘘」


 「騙す」


 「離れられなかった」


 「好きだから」


 意味は分かる。


 でも。


 理解したくない。


 エレベーターのボタンを押す。


 何度も。


 来るのが、遅い。


 イライラする。


 でも、それすら遠い。


 ドアが開く。


 中に入る。


 閉まる。


 その瞬間。


 力が抜ける。


 壁に、もたれる。


 息が、うまくできない。


 苦しい。


 理由は分かってる。


 でも。


 認めたくない。


 笑った顔。


 名前を呼ぶ声。


 一緒に歩いた時間。


 全部。


 頭の中で、バラバラになる。


「……は」


 声にならない声が出る。


 情けない。


 でも、止まらない。


 目の奥が、熱い。


 でも、涙は出ない。


 出たら、終わる気がした。


 エレベーターが開く。


 気づけば、外に出ていた。


 走る。


 理由もなく。


 ただ、その場から離れたくて。


 風が当たる。


 息が切れる。


 それでも止まらない。


 やっと、足が止まる。


 人気のない場所。


 壁に手をついて、下を向く。


 肩が、震える。


 そこでようやく。


 理解した。


 心の中で


 『プツリ』と


 全部。


 ちゃんと。


 分かってしまった。


 騙されていたことも。


 選ばれなかったことも。


 全部。


 現実だった。


 空を見上げる。


 桜は、もうほとんど残っていない。


 風が吹く。


 花びらが、一枚だけ舞う。


 それを見て。


 ようやく、涙がこぼれた。


「……はは」


 乾いた笑いが出る。


 何も面白くないのに。


 それでも。


 笑うしかなかった。


 春は、まだ終わっていなかった。


 でも。


 何かは、確実に終わった。


書いててやだったけど書きました、

次必読です

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