第六話 魔獣の解き放ちと絶望のTierシステム
自衛隊の特殊ドローンによる干渉を受け、俺は人類の技術力に少しだけ感心した。科学とやらも、捨てたもんじゃない。だが、本物の『神』の力の前では、所詮、小手先の足掻きに過ぎない。
廃校の屋上で、俺は仲間たちに次の計画を告げた。
「次の試練は、物理的な恐怖だ。人類に、本物の『力』の格差を思い知らせてやる」
「ほう、ついに黒炎の出番ですか、レン様!」ゼロが目を輝かせる。
「違う。もっと効率的で、世界中をパニックに陥れる方法だ」
俺はイヴを見た。「イヴ、『幻想具現化』で新たなモンスターを創造しろ。世界の各地に、まんべんなく」
「モンスター……ですか?」イヴが少し戸惑う。
「そうだ。俺がティア(Tier)システムを構築してやる。ティア10が最弱、ティア0が最強の魔神だ」
俺は『神の権能』で、魔獣の概念とティアシステムを世界にインストールする。同時に、遼が事前にリストアップしていた世界中の都市や山間部に、イヴの想像力を通して魔獣を具現化させていく。
まずは下級魔獣(Tier 10)だ。ゴブリンやゾンビといった、集団で行動するが、現代兵器でも十分に駆除可能なレベルの存在。世界中に数万体以上をばら撒く。
「遼、世界の反応は?」
「各地で、正体不明の生物が出現したと大混乱になっています。軍や警察が応戦していますが、数が多すぎます」遼が報告する。
ニュース映像には、街中を徘徊するゾンビや、銃弾を浴びながらも向かってくるゴブリンの群れが映し出されている。人々は悲鳴を上げ、逃げ惑っている。
「次は中級魔獣(Tier 8)。サイクロプスやトロールといった、少し手強いやつらだ。軍隊の特殊部隊レベルなら対抗できるだろう」
さらに数千体の中級魔獣を放つ。混乱は激化する。街は戦場と化し、人間の死傷者が続出する。
「そして上級魔獣(Tier 5)。ワイバーンやリッチといった、対戦車ミサイルが必要なレベルだ。都市部に限定して数百体」
空を飛ぶワイバーンが戦闘機とドッグファイトを繰り広げ、都市のビル群を破壊していく。もはや、人類側の劣勢は明らかだ。
「レン様、次は最上級魔獣(Tier 2)でしょうか!?」ゼロが待ちきれない様子で聞く。
「いや、最上級と魔神はまだだ。まずは、このティア5までの魔獣で、人類がどう対応するか見物しよう」
俺は笑った。人類は「科学」で対抗しようとしたが、物量と未知の敵を前に、なす術がない。
世界は俺たちの作り出した『魔獣』によって分断され、生存競争の時代へと突入した。これは、長く続く人類と神々の戦争の、始まりの鐘の音だった。
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魔獣が放たれてから一週間が経過した。
都市機能は完全に停止し、日本各地には魔獣が跋扈する危険地帯と、自衛隊や生存者が必死に守る安全地帯が形成されていた。
「遼、生存者と政府の対応は?」
廃校の屋上で、俺は缶コーヒーを飲みながら、遼の報告を聞いていた。もはや金銭的な価値は無意味だが、遼の能力でコンビニから拝借したものだ。
「人類は驚異的な適応力を見せています。各地の生存者は協力し、バリケードを築き、武器を手に戦っています。特に、元々軍属だった者や、サバイバル技術を持つ者たちがリーダーシップを発揮し始めています」
テレビ画面には、火炎瓶や即席の爆弾、果ては日本刀を構えてゴブリンと戦う自警団の姿が映し出されている。ティア10の最弱魔獣に対しては、彼らの抵抗も効果的だった。
「ふん、人間もやるではないか。だが、ティア5のワイバーンには勝てまい」ゼロが鼻を鳴らす。
「その通りだ。そろそろ次の段階だ」
俺は空き缶を握りつぶし、立ち上がった。人類は下級・中級魔獣には対処し始めたが、この程度で「神」に抗えると思われては困る。
「イヴ、次の創造だ。今回は最上級魔獣(Tier 2)を数体だけ、主要都市の安全地帯付近に具現化しろ。奴らが必死に守ってきた『希望』を、絶望に変えてやる」
「……分かりました」イヴは少し顔を曇らせたが、すぐに集中する。
イヴの想像力が、『神の権能』でブーストされ、形になる。
東京、新宿。生存者が集まり、自衛隊が守っていた新宿中央公園に、突如として巨大な影が現れた。体長数十メートル、全身が黒い鱗に覆われ、巨大な角を持つ悪魔のような姿――ティア2・バルログだ。
バルログは咆哮と共に口から業火を吐き、瞬く間に公園のバリケードと人々を焼き払っていく。自衛隊の戦車砲弾すら弾き返し、圧倒的な力を見せつける。
同じ頃、ニューヨーク、パリ、上海といった主要都市でも、ティア2の魔獣が次々と出現し、人類が築き上げたささやかな安全地帯を破壊し始めた。
テレビ画面に映し出される、絶望に満ちた人々の顔を見て、俺は満足げに笑った。
「さて、次はどうやって足掻いてくれるかな、人間ども」
人類と神々の戦争は、ここからが本番だ。
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純白の空間。
白いスーツを着たサラリーマン風の男――世界を管理する『神』は、クリアファイルを持ったまま、目の前に浮かぶいくつものモニターを眺めていた。モニターには、レンが解き放った魔獣によって混乱に陥る世界各地の様子が映し出されている。
「ふむ……レン君、なかなか派手にやってくれてるじゃないか」
神は満足げに呟いた。想定していた以上の混沌ぶりだ。
「このままじゃ、人類が一方的に滅びちゃうかな? それも一興だけど、すぐに終わってはつまらない」
神はフッと笑い、一本のモニターに目を留めた。そこには、東京・新宿でティア2のバルログに蹂躙され、絶望に打ちひしがれる生存者たちの姿があった。自衛隊員たちも次々と命を落とし、もはや抵抗する術はないように見える。
「あのバルログ、強すぎたかな。バランス調整が必要だ」
神はクリアファイルから一枚の紙を取り出し、ペンを走らせる。
「よし、ちょっとだけ、ハンデをあげよう。これもゲームの面白さってやつだ」
神はモニターの中の世界に意識を向けた。
新宿中央公園の片隅で、瓦礫の下敷きになった仲間を助けようと、必死にコンクリート片を押しのけている一人の青年がいた。彼は元々、スポーツジムのトレーナーで、普通の一般人だ。
「おい、頑張れ! もう少しだ!」
青年の手は血豆だらけになり、限界を超えていた。
『――フフ、君の頑張り、嫌いじゃないよ』
神の声が、青年の脳内に直接響いた。青年はキョロキョロと辺りを見回すが、誰もいない。
『ちょっとした『能力』をプレゼントしてあげる。感謝して、レン君の足掻きを楽しませてくれ』
神は権能を行使し、青年に『能力付与:怪力』の概念をインストールした。
次の瞬間、青年の中に力が漲る。彼は驚くべき怪力でコンクリート片を軽々と持ち上げ、仲間を救出した。
「な、なんだこの力は……!?」青年は驚きを隠せない。
神は他のモニターにも目を向け、世界各地の生存者たちに、遊び感覚で様々な能力を与え始めた。
ある者には『高速思考』。
ある者には『物質透過』。
ある者には『治癒再生』。
これらの能力は、レンが与えた『神の権能』ほど万能ではない。ティア10からティア5の魔獣と戦うための、ささやかな抵抗手段だ。
「さあ、これで少しは面白くなるだろう。レン君も、一方的な虐殺じゃなくて、歯ごたえのあるゲームの方が楽しいはずだ」
神は満足げに頷き、モニターの中の『ゲーム』を眺め続けた。
人類の反撃の狼煙は、皮肉にも、神の手によって上げられたのだった。




